(4) EQ-5D-5Lスコアリング法(EuroQol - 5 Dimension - 5 Level)
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現在の健康状態に対して、移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込み、という5つの観点について、それぞれ5段階で、所定の回答用紙に記入してもらう。回答は、5の5乗、即ち3,125通りとなる。そのそれぞれに対して、あらかじめ健康状態の数値(スコア)を割り振っておく。そして、回答内容に応じて、現在の健康状態の数値を定める。
現在、この方法が、世界で標準的に用いられつつある。質問内容は、1987年設立のEuroQolグループ
8が開発した項目となっており、102の言語で提供されている。日本語版は、2015年に開発された。質問の内容は標準化されており、独自に、追加したり、削除したりすることは許されていない。ただし、回答をスコアに換算する換算表については、各国で、独自の調査に基づいて設定している。
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このような、複数の観点の回答を換算してQALYを評価する方法では、欧米の研究が進んでいる
10。
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回答者を誰にするか
回答を誰が行うかは、重要なポイントとなる。回答者の主観により、回答内容が異なることもある。
(1) 回答者を、患者とする場合
患者は、実際よりも良好な健康状態を回答しやすい。一般に、患者は、現在の自分の健康状態を、よく理解しており、不必要に低く評価したくないと考えることが多い、とされている。
(2) 回答者を、患者を診ている医師などの医療関係者とする場合
医療関係者は、他の複数の患者の事例との比較などを踏まえながら、患者の健康状態を回答できる。ただし、自らの専門分野と、そうでない分野との間で、回答の精度が異なる可能性もある。
(3) 回答者を、一般の健常者(第三者)とする場合
健常者は、患者の健康状態を仮想して回答する。自らの良好な健康状態と対比するため、患者の状態を低く評価することが多い。特に、患者に対する偏見や差別意識があると、回答が歪む恐れがある。
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高齢の患者や、障がい者にとって差別的ではないか、との指摘もある
そもそもQALYを使用すること自体が差別的、との指摘もある。一般に、高齢者や、障がい者は、治療や投薬を行ってもQALYは改善しにくい。一方、若年者や、健常者は、治療等で完治し、QALYが大きく改善することが多い。このため、QALYでは、健常者に対する治療の方が効率的、との結果が出やすい。この点は、アメリカの医学誌
11で、 QALYの罠(QALY trap)として、指摘されている。
この考え方は、医療を効率性だけで評価していいのか、という問題につながる。例えば、虫歯患者の治療と、末期がん患者の治療を、比較してみよう。QALYでは、虫歯治療の方が効率的、との結果になったとする。しかし、通常、虫歯治療を、がん治療に優先させることは、受け入れ難いだろう。即ち、医療は、効率性だけで評価すべきではなく、患者間などの公平性の視点も必要と考えられる
12。
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QALYは、個人の健康の価値の違いを、表現できない
QALYは、自然科学における、絶対量ではない。個人の、健康に対する価値感を表している。例えば、同性・同年齢の同じ病気の患者が2人いたとする。この2人が、家族構成、収入、生活環境が全て等しかったとしても、自分の健康に対する評価までが同じとは、限らない。QALYは、評価を個人に委ねるものであり、個人の健康の価値を、絶対的に表すことはできない、という限界を抱えている
13。
7 EQ-5Dは、EuroQol Research Foundation の登録商標。
8 設立時の構成研究機関等は、York大学、Brunel大学、Middlesex病院(以上英国)、Erasmus大学(オランダ)、フィンランド国立公衆衛生研究所、Helsinki大学(フィンランド)、スウェーデン医療経済研究所、ノルウェー国立公衆衛生研究所。
9 「費用対効果評価の試行的導入について(その2)【参考資料】」p16 (中医協 費-1-1参考, 平成27年7月22日) による。
10 他にも、HUI(Health Utilities Index)、SF-6D(Short Form 6 Dimension)といった方法が、QALY評価に用いられている。
11 "Improving value measurement in cost-effectiveness analysis." Ubel PA, Nord E, Gold M, Menzel P, Prades JL and Richardson J. (Med Care. 2000 ;38(9), pp892-901)
12 イギリスでは、通常、QALYを用いて、医療の効率化が図られている。医療技術の評価について定めた「技術評価ガイダンス」上、QALYを1年増加させるのに、3万ポンド(約460万円( 1ポンド=154円で換算))以上かかる医薬品や医療器具等は、「推奨しない」と判定され、費用償還が行われない(高額な患者自己負担が生じる)。ただし、余命6ヵ月以下の患者に対しては、QALYではなく、余命が伸びるかどうかで、医療技術の評価が行われている。
13 「医療介護の一体改革と財政 再分配政策の政治経済学Ⅵ」権丈善一(慶應義塾大学出版会, 2015年)を、参考にしている。
5――おわりに(私見)