日韓比較(13):医療保険制度-その6 医療費はなぜ増加しているのか? ―高齢化の進展や医療の進歩、所得水準の向上などが主な原因、医師の養成及び確保のための対策の徹底を―

2016年01月14日

(金 明中) 社会保障全般・財源

4――おわりに

本稿では、日韓における医療費の現状や医療費増加の決定要因に対する分析を試みた。制限されたデータであるので、本稿の分析結果から両国における医療費増加要因をすべて解釈することは出来ないものの、高齢化率の増加が医療費増加の主因であることは明確であった。またその影響は少子高齢化が日本より早いペースで進んでいる韓国でより大きいという結果が出た。今後韓国では更なる少子高齢化が進むことが予想されており、それは韓国の健康保険財政を圧迫する要因として作用する恐れがある。さらに、最近韓国政府は他の国に比べて患者の本人負担率が高いという韓国の現実を考慮し、患者の医療費負担を減らす目的で、医療保険が適用されない選択診療費、差額室料(上級病室料)、看病費用という「医療保険の 3 大非給付」5に対する改善作業を推進している。しかしながら増え続ける国の財政負担を解決するための対策はあまり考慮されていない。韓国政府は、韓国より先に少子高齢化を経験している日本の事例を参考に、日本政府が行った医療費抑制や財源確保政策などを緻密に検討し、今後の医療費増加に対して対応すべきであるだろう。

一方、最近日本は診療報酬の引き上げを最大限抑制することや後発医薬品を奨励するなどの医療費抑制政策を実施するとともに、混合診療を拡大する方向に政策の舵を切ろうとしている。医療保険の財政に与える影響が相反するとも言える多様な政策の実施が今後日本の医療保険財政にどのような影響を与えるのか関心が高まっているところである。

また、分析から医師数の増加は医療費の減少に繋がるという結果が出た。この結果は日本と韓国では「医師誘発需要仮説」より規模や競争の原理がより働いていることを意味する。今回の分析結果のみならず、近時の研究では医師数の増加と医療費増加との相関関係は小さいという分析結果が出ている。つまり、今回の分析からも分かるように医療費の増加は医師数の増加より、高齢化の進展や医療の進歩(人口百万人当たりMRI装置保有台数)、所得水準の向上などがより関与していることが分かる。

日本は現在、医師の地域偏在により地方を中心に医師不足が続いている。また、夜間・休日に対応できる産科医や救急専従医も不足している。他の先進国と比べても日本の人口当たり医師数は低い水準である。例えば、2013年における日本の人口千人当たり医師数は2.3人で、OECD平均3.3人を大きく下回り、OECD34カ国の中で29番目(韓国31番目)である。

2000 年代前半まで医学科の入学定員の抑制政策を進んでいた日本政府は、医師不足の深刻性に気づき、2000 年代中頃からは、抑制から養成数増員へと政策を切り替えるなど、医師数を増やすための政策を実施しているが、医師不足の問題はすぐには解決されないだろう。さらに今後高齢化が進むと、医療サービスに対する需要は増え、医師不足の問題はより深刻な局面を迎えることが考えられる。このような状況は韓国も同じである。そこで日本と韓国政府は医師数が増加すると医療費が増加するという仮説はあるものの、医師数の増加 ≠ 医療費増加という事実を踏まえて、今回の分析結果等を参考に今後の医師の需給バランスを考えながら医師の養成及び確保のための対策を展開することを望むところである。
 
5 韓国における最近の「医療保険の 3 大非給付」政策に関しては、金明中(2015)「日韓比較(12):医療保険制度-その5 混合診療―なぜ韓国は混合診療を導入したのか、日本へのインプリケーションは?―」基礎研レポート、2015年12月29日が詳しい。

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中(きむ みょんじゅん)

研究領域:社会保障制度

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴

プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
       東アジア経済経営学会理事
・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)

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