上掲の年金、医療に関する財政問題に加えて、今後の財政問題としては介護保険制度、少子化対策がある。
介護保険制度は2025年の全国導入を目指して、現在試行段階にある。全国的な試行は2016年から開始され、対象都市は49まで拡大している。2023年末時点で加入者数は1億8,331万人、受給者数は134万人となった
7。2023年末時点での高齢者数(65歳以上)は2億1,676万人で、このうち、自立した生活ができない者は4,400万人以上とされている。更に、全国老齢工作委員会弁公室は自立した生活ができない者の数が2030年には6,168万人、2050年には9,750万人まで増加するとしている。今後、高齢化の進展に伴って、介護保険制度はその重要度が高くなっていくであろう。
その一方で、介護保険制度を支える財源の調達についてはまだ模索が続けられている。当初、公的医療保険制度の積立金を援用しながら試行を行う地域が多かった。しかし、試行がある程度進んだ地域では医療保険基金以外に、個人や企業、地方政府の補助金などをそれぞれの地域の事情に応じて組み合わせることで財源を確保している。ただし、既存の社会保険料だけでも負担が重い状況の中で、介護保険料の追加は企業の反発を招きやすく、最終的な保険料は低額にならざるを得ないようだ。制度の設計上、給付を要介護度が高い対象者に絞り、給付も基礎的な部分にとどめられているが、今後、介護保険制度が本格的に施行された場合、財源の確保は大きな課題となり得る。2023年はまだ試行段階であるためか、財政決算では中央政府から地方政府への財政移転などは計上されていないが、今後、中央政府が財政的にどのように関与していくのかが注目される
8。なお、2023年時点での介護保険基金(全国)の収入は243億元、支出は119億元と小規模にとどまっている。
加えて懸念されるのが、開始されたばかりの子育て支援・少子化対策である。中国では第3子の出生容認をした2021年あたりから出産奨励を軸とした子育て支援・少子化対策に舵を切っている。中国における2023年の合計特殊出生率は1.00で、日本の1.20を大きく下回っている状況だ。しかし、政策が転換されてからまだ時間がそれほど経過しておらず、地方政府財政に頼った子育て支援の拠出、産休・育休制度の整備、企業の福利厚生に多くの期待が寄せられている現状は変わらない。
出生率の低下の背景には婚姻数の減少が大きく影響しており、2024年は1~9月までの婚姻数は475万組で、前年同期比から94万組も減少している。2023年は婚姻数が10年ぶりに増加に転じたが、その背景にはゼロコロナ政策が終了したことや、縁起がよいとされる翌年(2024年)の辰年の出産を目指した結婚が増加したと考えられる。2024年9月までの状況を考えると、婚姻数増加の勢いは一時的なものにとどまりそうだ。10月に国務院が新たに発表した指針
9では、こういった状況を受けてか、これまで提唱してきた出産・養育保険の給付強化、産休・育休制度の整備、子育て支援制度の設立、不妊治療の拡充、多子家庭の住宅購入の優遇措置などに加えて、産休後の女性の職場復帰支援や研修の強化、積極的な恋愛・結婚・出産・家庭形成に関する考え方の提唱などもう一歩踏み込んだ内容を提起している。重要なのは女性が若年で結婚、出産したとしても安心して仕事を続けられ、キャリアの形成への影響を可能な限り小さくする点にあろう。今後の注目点としてはこういった施策に中央政府がどれほど関与し、地方政府に対して財政移転などでサポートをするかにある。就業、教育、医療、生育といった多方面からの財政サポートが必要になると考えられる。
7 国家医療保障局「2023年全国医療保障事業発展統計公報」。
8 介護保険を目的とした財政支出はないが、医療保険の積立金を援用している点からも、医療保険への財政支出を通じて一定の財政的なサポートは考えられる。
9 国務院弁公庁印発「関于加快完善生育支持政策体系推動建設生育友好型社会的若干措置」的通知、2024年10月19日。