以上の議論から、金融政策が、平時における伝統から非常時における非伝統に移行した現在、中央銀行の直面する政策空間は大きく変化したことがわかる。フィリップス曲線のフラット化に見られるように、マクロ経済構造はインフレ率を高めるために失業率の大幅な低下が必要とされる高圧経済に陥っている。それに呼応して、統合された政府の予算制約式を構成する財政政策は、物価水準の引き上げを意図した非リカーディアン型のルールに転換し、インフレ期待とリスクテイクに働き掛ける金融政策は、中央銀行のバランスシートを拡大し、国債管理政策に転化しつつある。
こうした非伝統的金融政策の先に何があるのか。予期しないインフレの世代間の所得移転のリスクの高まり、技能間の賃金格差の拡がり、文化的・経済的ポピュリズムの蔓延という、政策空間を左右する社会・政治的撹乱要因の中で、金融政策の手段・目的の政策割当の「ベクトル」をどう張るか。政策協調の必要性・科学的知見の不確実性を前提としながら、本稿の結びとして、新たな平時における金融政策のニューノーマルについて予測したい。
第一は、FBのリブラ等の暗号資産が跋扈する事態における法定通貨への信認の動揺である。早晩、国際的な法定通貨の暗号資産化は避けがたい
8。むしろ、ゼロ金利下限をもたらしてきた紙幣を廃止し、マイナス金利の誘導を容易にする意味でも、国際的な政策協調が望まれる。
第二に、これまでの非常時におけるインフレを指向する通貨膨張は、中央銀行の資産縮小への反発を催すであろう。既に拡大した中央銀行のバランスシートを活用する「コリドー・システム」を新たな手段とするべきである
9。まず、政策金利の下限として、超過準備に対する付利金利を設定する。そのために、預金通貨金融機関以外のいわゆる「シャドーバンキング」にも、準備預金制度を拡充する必要がある。次に、政策金利の上限として、リバース・レポ金利を設定する。リバース・レポとは、中央銀行が保有国債を資金借り入れのための担保として民間金融機関に貸し出す現先取引である。中央銀行の拡大したバランスシートを活用しながら、資金供給する手段を提供する。この点は、次なる金融危機への予防的対応としても適切であろう。
8 ケネス・S・ロゴフ『現金の呪い:紙幣をいつ廃止するか?』(村井章子訳,日経BP,2017年)
9 Yosuke Takeda, Yuki Fukumoto and Yasuhide Yajima. "A Note on the ‘New Normal’ of Central Bank’s Balance Sheet" presented at APEA 2018, USC, August 4 2018.