金融政策は、政策委員の議決による集合的意思決定である。多くの中央銀行において成文化された議決方法は、政策決定会合で投票権を有する委員の過半数による採決による。しかしながら、実際の政策決定過程では、満場一致を含む大多数の委員による賛成(コンセンサス)を目指す議論運営がなされていると考えられる
5。コンセンサスを得るためには、委員の意見がどれくらいばらついているかが問題となるが、金融政策以外の集合的意思決定においてそうであるように、声の大きい人の意見が通り易い一方、多くの参加者は、強い意見をもつ人の判断を鵜呑みにし、自前の情報を獲得し、合理的な判断を行うために必要なコストを節約しようとする。こうした傾向を、集団思考と呼ぶ。かつて日本銀行の消極的な金融緩和を強く否定していたベン・バーナンキ氏が、自らがFRB議長となったのち、FRBの量的緩和策に消極的な態度をとった経緯として、FRB内部の意思決定における集団思考の弊害が指摘された
6。合議による集合的意思決定が集団思考に陥り易い状況は、団結力のある集団において、メンバーに発言の機会を平等に与える公平なリーダーシップが欠如し、構成員の社会的背景が均一化するなど構造的な組織上の欠陥が見られ、また集団外部からの強い脅威に晒される状況に置かれる場合である
7。
中央銀行における集合的意思決定である金融政策は、政策決定会合における投票により決定されるため、中央銀行総裁の考えや分析にのみ左右されることはない。しかしながら、集団思考に基づく意思決定が、政策決定による結果に対する無責任、結果倫理の欠如を生む可能性があるならば、欧州中央銀行の合議での満場一致原則に近づき、集団思考を排除するべく、中央銀行総裁の公平なリーダーシップがもとめられる
8。
5 以下の論文は、カナダ中央銀行、イングランド銀行、欧州中央銀行、スウェーデン中央銀行、米国FRBの五つの中央銀行の票決結果を精査し、委員会制の下での集合的意思決定に関する四つのタイプのモデルのうち、どれが当て嵌まるかについて理論的、実証的に分析し、コンセンサスを目指す委員運営モデルを支持した。四つのタイプとは、賛成大多数をもとめるコンセンサス・モデル、議長が恣意的に議題を選択、設定するアジェンダ設定モデル、議長の提案がそのまま通る独裁者モデル、そして中位者の選好が議決を左右する過半数決定モデルである。Riboni, A., and F. J. Ruge-Murcia. "Monetary Policy by Committee: Consensus, Chairman Dominance, or Simple Majority?" Quarterly Journal of Economics 125(1), 2010, pp. 363-416.
6 Ball, L. "Ben Bernanke and the Zero Bound." Contemporary Economic Policy 34, 2016, pp. 7–20.
7 真珠湾攻撃などの誤った政治的政策決定につながる集団の心理的傾向をモデル化した以下の研究が嚆矢である。Janis, I. Groupthink: Psychological Studies of Policy Decisions and Fiascoes, 2nd edition, Houghton Mifflin Company, 1982.
8 "Everyday Economics"(Speech at Nishkam High School, Birmingham, 27 November 2017)などに見られるように、金融市場のみならず、公衆との対話を推し進めるイングランド銀行のチーフ・エコノミストが、以下の講演で中央銀行の陥り易い四つの心理的バイアス(Preference bias, Myopia bias, Hubris bias, Groupthink bias)の一つとして集団思考を挙げている。Haldane, A. G. "Central Bank Psychology." Speech at Leadership: Stress and Hubris Conference hosted by the Royal Society of Medicine, London 17 November 2014.
3――デジタル通貨とデジタル・プライバシー