上記の考察を踏まえて、クオック・グループの強みや競争優位をより深く理解する目的から、経営戦略論における資源ベース論(リソース・ベースト・ビュー)の観点からの考察を行うこととする。
資源ベース論は、経営戦略論においてポジショニング・スクールに対する有力な理論であり、ウエルナーフェルト(Wernerfelt)やコリス=モンゴメリー(Collis and Montgomery)、バーニー(Barney)らがその代表的な論者である。同理論では企業を資源と能力の束であるとみなし、それ以前の戦略論においては同一業界内の企業間の異なる成果を説明するうえで、戦略の実行過程の重要性への視点が十分ではなかった旨を指摘し、経営資源のうち環境適用にとって価値のある、他の企業にはない独自性を持ち、代替不可能な、他からは模倣することが難しい経営資源(物的・人的・組織的な資源のみならずブランドや知的財産等の無形資産を含む)と組織能力を重視している。バーニーによれば、戦略上有効な資源とは、経済価値(Value)の創出につながり、希少性(Rarity)、模倣困難性(In-imitability)や代替移転の不可能性、資源を有効活用する組織構造(Organization)を特徴とするとしている。バーニーは過去の研究を踏まえたうえで経営資源(組織能力を含む)を、 (1)財務資本(戦略を構想し実行する上で企業が利用できるさまざまな資金でその源泉には企業家自身、出資者(投資家)、債権者、銀行などがある)、 (2)物的資本(企業内で用いられる技術、企業が有する工場や設備、企業の地理的な位置、原材料へのアクセスなど)、 (3)人的資本(役職員に蓄積された訓練や経験、それらが保有する判断力、知性、人間関係、洞察力など)、 (4)組織資本(企業内部の公式な報告ルートを含む組織構造、公式と非公式の計画・管理・調整のシステム、企業内部のグループ(集団)間の関係、自社と他企業の関係など)の4つに分類している。
このように企業にとっての重要な経営資源や組織能力を重視する観点は、本論文で対象とする華人系企業グループの競争優位を考える上でより精緻で深みのある分析を進めるために有用であると考えられる。そこで、上記のバーニーの経営資源の4分類を切り口にして、強みの源泉となる競争優位に関し、他社と差別化し、模倣困難で、持続的な競争優位を生み出しているものについて、以下にまとめを行った。
・財務資本:初期は、砂糖など農業関連の事業で蓄積した利益をホテルなど他の事業に活用するなど内部留保資金の利用がメインであったが、その後、ロバートクォック氏自身、クォック一族と、その企業グループの信用力増や人脈の強化により、バンコク銀行・中国銀行などアジア地域を代表とする有力銀行からの融資や、グループ内有力企業の上場などによる資本調達による財務力の強化が図られ、企業グループの拡充を図ることが可能になっている。
・物的資本:各地に保有する不動産、シャングリ・ラホテルグループの約100か所のホテルと強力なブランド力、小麦・パーム油等農業関連の作業場・工場、海運・物流関連施設など。アジアを代表する国・地域である香港・マレーシア・シンガポールに大きな拠点を有すること、巨大市場である中国本土に数多くの拠点を有することは大きな強みといえる。特に、国際的な金融センターである香港・シンガポールの大拠点は、上記の財務資本の強みを生む資金調達面において重要な役割を果たしている。
・人的資本:先ず、総帥たるロバート・クォック氏自身、およびクォック一族の経営者が父祖から受け継ぎ自らも学んだ企業経営に関する理念・哲学、ファミリービジネスへの忠誠心、ビジネスチャンスにはリスクをとって果敢に挑む企業家精神が挙げられる。ロバート・クォック氏に代表される優れた言語コミュニケーション能力(中国語(福建語・普通話(標準語))、英語、マレー語)は、中国の歴代首脳を含む各国の政財界人との豊富な人脈を築く上での大きな強みであると考えられる。さらに、若い世代は、欧米の一流校で学んでおり、近代経営のあり方を学ぶとともに、高いレベルの英語力、よりグローバルな視点や人脈を有していると考えられる。加えて、各事業分野で経営の実務をリードする人物は、豊富な経験・知識・人脈を有する専門経営者である。
・組織資本:香港・マレーシア・シンガポールをそれぞれ本拠とする3つの主たる持株会社を要とした、グループ会社の所有・経営構造であり、上記3つの持株会社は詳細は公表されていないがクォック一族のコントロール化にあり、経営方針・理念の統一や徹底が行われる体制にあると考えられる。また有力な華人系企業グループとしてのネットワークの強みを活かして、(中国における父祖の出身地のルーツも異なる)他の華人系企業グループや、中国本土の企業グループとも深い関係を築いている。さらに、事業の拡大と信用力の増大化により、欧米日本などの企業グループとも関係を強化している。
5――おわりに