iDeCoは個人型の確定拠出年金制度(個人型DC)の新しい愛称だ。同制度は来年1月より専業主婦や公務員等の加入が可能になり、その普及が期待されている。iDeCoはその先導役を務めるわけだ。
同じような役割を担ったものにNISAがある。NISAの正式名は少額投資非課税制度だが、この正式名を知っている人は少ないのではないだろうか。少額投資非課税制度がスタートしたのは2014年1月だが、それよりも早い2013年5月に愛称が決まり、証券会社や銀行がキャッシュバックなどのキャンペーンを張ったことは記憶に新しい。その結果、2014年1月以来の口座数は1,000万を超え、資産額は8兆円に迫っている
1。
これに対して個人型DCは2001年10月にスタートして以来ほぼ15年が経過する。しかし、その加入者数は27万人に留まり、現在の制度下における個人型DCの利用可能者(3,750万人)の1%にも達していない。また、その資産額も1兆円を超えた程度にすぎない
2。加入者数や資産の伸びには兎と亀ほどの開きがある。
このような結果になったのは何故であろうか。しばしば指摘されてきたのが個人型DCに対する金融機関の消極的な姿勢だ。確かに、これまで個人型DCに関して目を引くようなキャンペーンに接した記憶はない。また、取組み姿勢の違いは窓口となる金融機関の数にも如実に表れている。NISA取扱金融機関が700に迫るのに対して、個人型DCの運営管理機関は200にも及ばない
3。
勿論、金融機関の立場からすれば、消極的にならざるを得ない理由がある。それは両制度の収益性の差である。NISAは活動歴のある口座一口あたり毎年70万円程度の資金が集まり、それが投資信託(買い付け額の62%)などに投資されてきた。金融機関にはかなりの額に上る販売手数料収入が生れてきた計算になる。これに対して、個人型DCでは毎月の掛け金は平均で17,700円(年間で約21万円)に留まり、掛け金が投資信託などに投資されたとしても販売手数料収入には原則としてつながらない。運営管理手数料と信託報酬の一部は収入として期待できるが、販売手数料とは比べ物にならない。収益性という点からすれば、個人型DCは国が運営管理機関を果たすべき性格のものなのだ。
では今後はどうなるのであろうか。金融機関にとって個人型DCの低収益性は今後も変わるまい。そんな状態のままでiDeCoに活躍の機会が訪れるのか気になるところだ。しかし、制度改正を踏まえて行なわれた市場調査によると、個人型DCの将来性には多少の光が差し始めているらしい。その変化の契機は制度改正に伴う新たな加入者層の出現だ。専業主婦や公務員などの加入が新たに可能となることによって、10年後の個人型DCの資産規模は5~7兆円との予測が発表されている
4。しかも60歳までは引き出せないという資金の性格を考えれば、この資産残高は更に拡大してゆく可能性が高い。こうした予測が正しいとすれば、金融機関にとっても顧客囲い込みの視点から個人型DCを放置しておくわけにはゆくまい。
この数ヶ月の間に様々なメディアによって個人型DCの税制メリットが説明されてきた。そうした税制面のメリットを最大限に享受することが出来るのは若い世代だ。掛け金の所得控除、運用益の非課税、年金支給時の優遇という三つの税制メリットのうち、その享受が最も困難かつ不確実なものが運用益の非課税であろう。資産運用で確実に収益を上げることが難しいかはGPIFなどのニュースでも耳にする通りだ。しかし、若い世代には「時間分散」という強い味方がある。毎月少額でもいいから、長期的に資産価値の成長性が期待できる対象への投資を続けることによって、運用の不確実性を減らすことができるはずだ。こんな亀のような歩みを支援できるのも個人型DCの魅力である。
愛称としてiDeCoを選んだ確定拠出年金普及・推進協議会(事務局は国民年金基金連合会)によれば、今後、金融機関等の商品広報媒体、報道の機会での利用を促し、個人型確定拠出年金制度の認知度向上を図っていきたいと考えているとのこと。関係者の発言にはNISAの時と同じような成果を挙げなければならないと言うプレッシャーが感じられなくもないが、ここは肩肘張らずに「地道な」普及活動を期待したい。亀には亀の魅力があるはずだ。
1 2016年3月現在の金融庁発表資料より
2 加入者数は2016年6月末現在、資産額は推定値
3 受付業務のみの金融機関を除く
4 フィデリティー退職・投資教育研究所によると2026年末までに4.7~7.3兆円の範囲になるとのこと。また、野村総合研究所によると毎年最大で4,800億円の新たな資金流入があるとしており、既存分と合わせると7兆円程度になる可能性がある。