早いものでもう師走が目前、12月2日からは年末の選挙戦が始まる。今回の解散を決めた安倍首相によると、この選挙の争点はアベノミクスだという。これに対し民主党を始めとする野党も経済政策を中心に対抗する模様だ。しかし、遠くない将来に備えて議論すべき問題は他にもたくさんある。その中の一つが毎年1兆円ずつ増える社会保障費の抑制だ。だが、このテーマはわが国の政治家にとって永遠に鬼門のようだ。そこで今回の選挙を前に、今後の世代別人口動態とこれまでの投票行動から、何が読み取れるかを確認してみた。
少子高齢化とともに多党化が進むという説
一般に人は年齢とともに保守的になると言われているが、少子高齢化の進む過程ではそのことが政党の多数化(多党化)に拍車をかけると考えられている。経済学者の松谷明彦氏らによると、その理由は以下のとおりだ。まず、政党がより多くの票を獲得しようとすれば、数の上で最も中間的な意見を持つ有権者(中位投票者)の意見に合わせた主張をする必要がある。さらに年齢が有権者の考えに大きく影響する要素の一つだとすると、中位投票者の意見は有権者の年齢の中央値(中位年齢)の動きと密接な関係を持つことになる。この結果、政党にとっては中位年齢前後の世代の意見を重視することが合理的な選挙戦略となる。ところが、この中位年齢が50歳代に達し退職が視野に入る頃から、それまで比較的同じ方向を向いていた有権者の考えが世代ごとに多様化し、政党として整合性のある主張が難しくなる。そのため政策提案にあたってどの年齢階層や所得階層に照準をあわせるのかを明確にすることが必要になり、結果として政党の多党化が進むと言うものだ1。
これからも確実に進む中位年齢の上昇
図1は2000年から2010年までの世代別有権者割合とその中位年齢の変化を示したものだ。ほぼ相似形で有権者割合が右へ移動している。この間に中位年齢も49.2歳から52.2歳へと上昇している。この時期には民主党が政権につくなど、以前とは異なる展開があったことは記憶に新しい。では、今後はどのようになるのであろうか。それを示したのが図2だ。これは2010年の国勢調査のデータから作成された推定値を加工したものだ。2020年過ぎまでは二つの山を持つ形だが、その後は山が一つになって少しずつ右へ移動してゆく様子が窺える。同時に中位年齢は2000年の49.2歳から2060年の62.2 歳へと13年も増える結果となっている。こうした変化は冒頭に引用したように多党化へとつながるのだろうか。
投票行動が社会保障制度の議論をさらに阻む恐れ
この議論を複雑にする可能性があるのは、選挙における実際の投票行動である。図3は2005年の総選挙、いわゆる郵政解散と呼ばれた時の世代別有権者割合のグラフに、実際の投票割合(有権者割合と実際の投票率
2を掛け合わせた数字)を重ねたものである。世代別有権者割合が二つの山を持っているのに対して、実際の世代別投票割合は55歳~59歳の世代をピークにした一つの山になっていることがわかる。その周辺世代を含めると50歳以上の世代がかなり大きな影響力を持つ形になっているわけだ。同様のことはその後の2009年(民主党が政権獲得)、2012年(自民党・公明党が政権復帰)の選挙においても当てはまる。こうした構造の元で、50歳以上の世代に不利になるような制度の変更議論、その典型である社会保障制度の議論を自ら選挙の争点にできる政党はどれほどあるだろうか。安倍首相が今回の争点をアベノミクスだと断言する理由の中には、こうした世代の問題を回避する狙いがあると考えることもできる。それは多くの野党にとっても同様だろう。
今回の選挙は60歳代後半が主役
では、今回の選挙においては、これまで見てきたような中位年齢の変化はどのような形で現れるのであろうか。図4は2015年の世代別有権者割合(推定値)に過去三回の総選挙の世代別投票率を掛けたものを示している
3。各回で争点も投票率も異なる過去の選挙だが、そのどのパターンが今回の選挙に示現したとしても結果は同じだった。つまり今回の選挙では65歳~69歳の年代が最も大きな影響力を持つということになる。この世代は2005年の選挙時には55歳~59歳、2009年や2012年の選挙時には60~64歳であった世代だ。この層を前にして、わざわざその機嫌を損なうような材料を争点にする戦略をとることは誰も薦めないであろう。この点からすると、今回の選挙で、もしアベノミクス以外に重要な争点が出てこなければ、多党化の流れは陰を潜めるかもしれない。尚、今回の選挙では低い投票率になるとの観測があるが、仮に1995年の参議院選挙なみの低い投票率(44.5%)に終わったとしても、65歳~69歳の年代が強い影響力を持つという結果に変化はない。より正確にいえばこの世代の影響力は更に高まる可能性が高い。
このままでは臭いものには蓋の状態が続く恐れ
では、今後も与野党がともに社会保障制度改革といった問題を避ける戦略をとり続けるとどうなるだろうか。単純に言えば、制度の維持が困難であることが誰の眼にも明らかになるまで、問題の解決が先延ばしになると言うことではないか。まさに臭いものには蓋の状態だ。1990年代に年金制度の大改革に取り組んだスウェーデンでは、年金制度を政治の駆け引き材料とはしないという約束の元で議論を進めたと聞いている。今回の解散により、2012年の自・公・民による三党合意「税と社会保障の一体改革」は崩壊したようだが、そうした状態を放置しておいてよいとは言えまい。改めて当時に立ち戻って、わが国の将来に関する真摯な議論が選挙後に進むことを期待したい。
取締役
前田 俊之(まえだ としゆき)
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