経済研究部 主任研究員
高山 武士(たかやま たけし)
研究領域:経済
研究・専門分野
欧州経済、世界経済
先月、安倍政権が掲げる3本の矢の3本目となる成長戦略(日本再興戦略)の改訂版が閣議決定された。法人税減税に言及したほか、農業や医療分野での規制改革が示された。
筆者は成長戦略に対して、漠然とした違和感を覚えてきた。これは政策メニューに対する批判ではない。はじめのうち、それは「成長」という言葉から受ける距離感のようなものだと思っていた。
筆者の場合、日本の「成長」というと、かつての高成長時代、典型的な「高度経済成長」(戦後~1970年代前半)や「バブル景気」(1990年前後)といった時代が想起されるのである。
しかし、そもそも安倍政権が目指す「名目3%程度、実質2%程度の成長」は明らかにこれらの高成長時代とは違う。また、景気循環的には、これらの後にも「ITバブル」(2000年前後)や「いざなみ景気」(ITバブル崩壊と世界金融危機の間の戦後最長となる景気拡張期)といった好況期が存在しているが、「ITバブル」「いざなみ景気」の時代は好況を実感できなかった1。むしろこの時代も、バブル崩壊に続く「失われた20年」の一時期というイメージが強い2。
結局のところ、成長が必要だと頭では分かっていても、成長に向かって進んでいる日本の姿がピンとこないということである。
現在は、高度経済成長期のように貧しくて生活水準の向上を追求してきた時代ではない。生活水準は十分に高く、価値観も変わっている。より高い所得を得るのではなく、自由な時間が欲しい、あるいは、所得水準よりも安定した生活を重視するという人も多いと思う。
若い世代では、成長を求めることに対してなおさらピンとこない人も多いのではないだろうか。成長戦略という言葉に抱く違和感は、こうした成長に対する現実感の欠如や、あるいは現状に対する肯定感(「変わらなくても良い」という思いや、ある種のあきらめ)からきているのかもしれない。
最近、この違和感は重要な問題なのではないかと感じるようになっている。それは、成長戦略への当事者意識に関わる問題である。
現在の生活は、大量に発行されている国債(つまり将来からの借金)で支えられており、将来、少なくとも、この借金を返せる程度には成長率を引き上げないと、現状を維持すること(「変わらなくても良い」という思いを実現すること)自体が難しくなる。現状維持にも成長は必要なのである。
アベノミクスでは、第1の矢である異次元緩和が実施されて以降、株価の上昇をはじめとした成果を上げている(図表1)。そして、今回、3本目の矢が放たれ、第1の矢、第2の矢に続き「デフレ脱却」「富の拡大」に向けてさらなる成果を上げることが期待されている(図表2)。
しかし第3の矢は、第1の矢や第2の矢とは性格が異なる。
第1・第2の矢は官(政府)が主導する政策という色彩が強く、民(企業や個人)は基本的に受け身で良かった。しかし、第3の矢は、民が動かなければ始まらない。一方、官は規制撤廃や制度の整備をするが、使ってもらわなければ意味がなく、この点で官はむしろ受け身に近い。もちろん、第3の矢のメニュー(改革の内容)は重要だが、キモは「次の主役は皆さまです!」と言う点である3。
つまり、第3の矢における官の役割は「やる気にさせること」であり、「やること」は民の役割である。第3の矢に対しては、民(企業や個人)の参加、当事者意識が欠かせない。当然だが、アベノミクスの成否は、この点に掛かっている。
現在のところ、第3の矢のメニューに対するマーケットやエコノミストの評価はそれほど悪くないようだ。また、消費増税を経てなお、景況感は底堅い。
官主導で実現したこれらの状況は、多くの民(人や企業)を「やる気にさせる」下地になるように思われる。そして、少なくとも農業や医療関係者は、この分野の改革が目玉のメニューとして掲げられており、否が応にも当事者意識を持つだろう。ただ、(筆者を含めて)すべての民が当事者である。現状維持さえ難しい日本、今回こそ成長戦略に対する期待にとどまらず、まず自分自身が当事者として成長戦略の内容を知り、身近に捉えることが必要だろう。
経済研究部 主任研究員
研究領域:経済
研究・専門分野
欧州経済、世界経済
【職歴】
2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
2009年 日本経済研究センターへ派遣
2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
2014年 同、米国経済担当
2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
2020年 ニッセイ基礎研究所
2023年より現職
・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
アドバイザー(2024年4月~)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員