コラム

円高進行と景気回復シナリオ

2006年05月09日

(矢嶋 康次) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

○足もとの円高は回復シナリオに影響するか?
連休中の海外市場でドル安・円高が進んだ流れを引き継ぎ、8日東京外国為替市場では昨年9月以来、約7カ月半ぶりとなる1ドル=111円台をつけた(ロンドン市場では110円台突入)。
4月のドル安・円高への動きを見ると、まず18日にFOMC議事録(3/27、28日分)公表で早期利上げ打ち止め観測が強まりドルがやや弱含み始めた。21日、G7で対外不均衡の声明が出されてドル安に拍車がかかり、バーナンキFRB議長が議会証言(27日)で利上げ休止の可能性に言及、28日に日銀の展望リポートで06年度の消費者物価指数が上方修正された。その後、5月5日に4月の米雇用統計が市場予想を下回るなどの材料が相次ぎ、市場では利上げ休止観測が拡大して、円高・ドル安が一気に進んだ格好となっている。
昨年から続いていたドル高局面は、日欧の政策金利が据え置かれる中で、米国のFFレートが2004年6月以降に当時の水準の1%から連続的に引き上げられ、2005年頃からその金利差拡大がドル高を誘発した。直近では、米国では5月を最後に利上げが小休止されるとの見方が強まり、一方で、欧州では6月に、日本も早ければ7月には利上げが行われる見込みで金利差ベクトルの向きが大きく変ろうとしている。こうなると昨年のドル高要因が剥落するため、円高への水準調整はある程度避けられないところだ。
ただし、日本の今後の成長率との関係で言えば、現在の円高水準は、「緩やかな回復シナリオ」の変更を必要とはしないと見ている。確かに対ドルでは円高が進んでいるが、実質実効為替で見れば、足もとの水準は86年頃の極端な円安水準にある(図表1)。また企業の採算レート(内閣府「平成18年度企業行動に関するアンケート調査」での輸出企業の採算レートは104.5円)と実際の為替レートともまだ乖離があることも円高の影響を緩和しよう。
3月15日時点で、当研究所は予測の前提となる円ドルレートを06年度112円、07年度107円と円高トレンドと見ていた。その上で実質GDP成長率が06年度2.0%、07年度2.5%と緩やかな回復を見込んでおり、たとえ前提としている円高レートよりももう少し円高が進んだとしても、多少の成長率の鈍化で済むものと見ている。
 

 


○高まるドル急落のリスク
上記が当研究所のメインシナリオではあるが、数年前に比べてみればドル急落というリスクシナリオの発現確率は高まっている。
それは4月10日の『エコノミストの眼』(ドル安への流れが必要な米国経常赤字)でも指摘されているように、ここ数年で米国の巨額の経常赤字が引き起こすファイナンス問題は急速に悪化しているためであり、潜在的なドル暴落のマグマは大きくなっている。
筆者はここ数ヶ月というタームで考えた場合、米国FRBの引締めが景気悪化(オーバーキル)となってしまえばドル急落のリスクが高まると懸念している。

○実質FFレート3%の攻防
図表2は、米国のFFレートの名目と実質の動きを表したものである。米国では実質金利が3%を越えると、(90年代の後半だけが例外で)その1-2四半期後から成長率が大幅に落ち込むことが知られている。
足もとFFレートは4.75%になっている。5月10日のFOMCで5%の利上げはほぼ確実な状況。コアCPIは2%近辺の動き。両者の差である実質FFレートは5月10日で3%近辺と中立金利に達し、過去の経験則からはオーバーキルとなってしまうぎりぎりの状況となってしまう。
もしこれまでの金融引締め効果が予想以上に強く出て、原油価格の高騰などから生じるインフレ要因を抑え込み物価上昇率が落ちついてしまった場合、実質金利が3%を超えてしまう可能性も高い。
先に示した当研究所の緩やかな円高進行の前提は、米国経済が今後減速は避けられないとしても、オーバーキルといった事態は回避し、潜在成長並みの3%程度の成長は確保するとの見方のもとで、日欧との金利差は縮小しても米国経済の安定を前提に絶対金利差がドル安のスピード調整を果たすとの見方に立っている。
しかし、米国がオーバーキルとなった場合、利下げに早晩向かうだろう。そうなると日欧は利上げできなくなるだろうが、米国が利下げすることで金利差が縮小し、米国経済の悪化からも市場ではドル売りが加速する。そういう状況だと米国経済安定+金利差拡大の中で米国投資を行ってきた投資家は、米国のファイナンス問題をどうしても意識せざるを得なくなる。それがさらにドル売りに拍車をかけドル急落を引き起こしかねない。一旦このメカニズムに入り込むと、市場心理が大きく振れてドル売りの集中砲火となる可能性は高い。こうして、ドルがどこまで売り浴びせられるかは、まさに「市場のみぞ知る」状態になるのである。
このドル急落が実現してしまった場合、日本の回復シナリオも当然変更せざるをえなくなる。今後数ヶ月間、バーナンキ率いるFRBの政策運営が、米国経済、日本経済にとっても、まさに正念場となりそうだ。
 

 

 

総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次(やじま やすひで)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

経歴

・ 1992年 :日本生命保険相互会社
・ 1995年 :ニッセイ基礎研究所へ
・ 2021年から現職
・ 早稲田大学・政治経済学部(2004年度~2006年度・2008年度)、上智大学・経済学部(2006年度~2014年度)非常勤講師を兼務
・ 2015年 参議院予算委員会調査室 客員調査員

第54回 エコノミスト賞(毎日新聞社主催)受賞 『非伝統的金融政策の経済分析』

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)