コラム

困難な消費者物価の予測

2001年11月05日

(矢嶋 康次) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

1.消費者物価の予測が重要な課題に

日銀は3月19 月の量的金融緩和実施時に「消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続」と量的金融緩和の解除を明確に消費者物価の前年比の動向により決定するとの発表を行なった。

現在のところ消費者物価は上昇するどころか、さらに下落幅が拡大している。日銀も10月29日に「経済・物価の将来展望とリスク評価」を公表し、2002年度の物価見通しを▲1.3~▲0.9とデフレが継続するとの見通しを示しており、当面量的金融緩和が解除されることは考えられない。

しかし将来的には、量的金融緩和解除のタイミングが訪れ(そうならないと困るが)、それを正確に予想することは政策担当者の日銀だけではなく、資産運用を行なう民間にとっても非常に重要な課題となる。消費者物価の先行きを予想することは可能なのだろうか?それはどのような経済統計をウオッチすればいいのだろうか?

2.物価に先んじて動く経済統計はどんなものがあるのか?

図表2は、消費者物価に対してどのような経済統計が先んじて動いていたのかを70年代以降現在までの期間と90年代の2つの期間でみたテストの結果である。図表中の*印があるものが消費者物価に対して先行性があり、*の数が多いほど先行関係が強いことを表わしている。図表左側の70 年代以降の結果を見ると消費者物価指数に対して先行的に動く経済統計は、日経商品価格指数、有効求人倍率、マネーサプライ、マネタリーベース、生産統計、稼働率、WPI などがある。これらの経済統計を使ってインデックスを合成すれば、1年程度先行して消費者物価の動向を予測することはある程度可能である。しかし90 年代を見るとインデックスの当てはまりが極端に悪くなってしまう。70 年以降ではある程度の当てはまりがあるものの、足元の状況をまったく説明できない。

3.90年代に入り、消費者物価の予測が困難に

図表2の右側は90年代に限って先ほどの先行性のテストを行なった結果である。70年代からのテストで先行性を有していた日経商品価格指数、有効求人倍率、マネーサプライ、マネタリーベース、稼働率、WPI がまったく先行性がなくなってしまっている。先行性があると確認されるものは生産統計などに限られている。

これは 90年代に入って、経済諸変数と消費者物価の関係に大きな変化が生じていることを示している。例えば日経商品指数やWPI は消費者物価に対しては川上の物価統計であって、本来は関係が強いはずである。しかし川上の物価統計が供給面での価格ショックを強く反映しているため消費者物価との関係が見えにくくなっている。またマネタリーベースやマネーサプライと物価の関係がなくなっていることはまさしく現在の金融不能、すなわち量的金融緩和政策が取られマネタリーベースの増加をはかってもなかなか物価上昇には結びつかない現在の経済状況を表わしている。

90年代のテストで先行性を示している生産統計は、他のテストを行なうと残念ながら説明力が非常に弱くインデックスを作っても消費者物価の動向を正確に予測するには不十分な経済統計であり、90年代に入って消費者物価を先行的に把握できる経済統計がなくなっている。

過去の消費者物価の動きに先行するインデックスは作れても、最近の消費者物価の動向を追えるもの、さらには予測を行なうことができるインデックスを作ることは極めて難しい状況にある。

総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次(やじま やすひで)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

経歴

・ 1992年 :日本生命保険相互会社
・ 1995年 :ニッセイ基礎研究所へ
・ 2021年から現職
・ 早稲田大学・政治経済学部(2004年度~2006年度・2008年度)、上智大学・経済学部(2006年度~2014年度)非常勤講師を兼務
・ 2015年 参議院予算委員会調査室 客員調査員

第54回 エコノミスト賞(毎日新聞社主催)受賞 『非伝統的金融政策の経済分析』

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