職業安定業務統計からみられる労働需給~人手不足と賃金の動向~

2018年06月19日

(小巻 泰之)

■要旨

本論では「職業安定業務統計」から読み取れる労働市場の状況を整理し、有効求人倍率の上昇の背景とその要因について検討する。その中で、一部の労働局では求人及び求職者が希望する平均賃金についても公表している。そこで、労働需給と賃金動向についても併せて検討する。主な結論は以下の通りである。
 
  1. 有効求人倍率の上昇は労働市場における需給の逼迫を示しているものの、特定職種の影響が大きい。特に、人手不足感に強いとされる「保安の職業」、「建設・採掘の職業」及び「福祉関連の職業」など一部職種では明らかな求人数超過と大きな偏りがあり、求人倍率を押し上げる効果も大きい。
     
  2. 一般常用と常用的パートでは求職と求人のマッチングで異なる状況にある。一般常用の場合、人手不足感がより強い職種での就職件数は紹介件数の増加率を下回っている。人手不足感が高まれば有効求人倍率は高まることになるが、必ずしも求職者が希望する条件(職務内容、給与や待遇等)にそぐわない可能性が考えられる。
     
  3. 常用的パートについては、人手不足感の強い業種で紹介件数の増加により求人充足率が上昇していることが有意に確認できる。この点で、ハローワークでの紹介業務が機能していることを示唆している。
     
  4. 労働需給の逼迫は必ずしも賃金の上昇に結び付いていない。求職者が希望する賃金は、一般常用では概ね有効求人倍率の上昇により小幅ながら上昇する。しかし、弾性値で1を超える職種は「IT関連の職業」以外になく、医療介護関連の職種は符号がマイナスで有意となっている。
     
  5. 常用的パートでは労働需給が高まっても多くの職種で係数がマイナスで有意となっている。つまり、賃上げを希望しない求職者像が伺える。
     
  6. 求人の賃金でも同様に労働需給が逼迫しても、小幅な賃上げもしくは賃上げを抑制する状況が確認できる。
 
このように、労働需給が逼迫しようとも賃金の上昇につながらないのは中小企業における生産性の問題があると考えられる。日本生産性本部の「日本の生産性の動向」(2017年版)によれば人手不足な業種は一方で、労働生産性が低い業種ともなっている。これは、当該産業にとって、人手が不足するような低生産性の構造(つまり、生産性が低いがゆえに、収益を維持確保するためには人手が必要となっている)との解釈も可能である。

このようにみていけば、今般の有効求人倍率の上昇が景気改善等による労働環境の改善と単純には評価できないのではなかろうか。

■目次

1――はじめに
2――ハローワークでの労働需給
  2.1 労働需給のマッチング
  2.2 賃金の調整
3――データ
  3.1 データ属性
  3.2偏りの大きい求人・求職状況
4――労働需給の状況
  4.1 マッチング状況(推計結果)
  4.2紹介件数が多いほど就職できるのか
  4.3求職者の能力が低いと判断されると採用されないのか
5――賃金の動向
  5.1 求職者の賃金
  5.2 求人の賃金
  5.3賃金の乖離
6――まとめ
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