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「辞書」で読み解く現代社会-2012年 本屋大賞「舟を編む」から
2012年05月14日
(土堤内 昭雄)
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今年4月10日、「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2012年本屋大賞」が発表された。大賞には国語辞典を編纂する話を描いた三浦しをん著『舟を編む』が選ばれた。「国語辞典をつくるのは言葉の海を航海するための舟をつくることのようだ」という思いからこのタイトルになったのだろう。ここからは辞典づくりの苦労と面白さがよく伝わってくる。
これまで国語辞典は分からない言葉があると、その意味を調べるために使う道具だとばかり思っていた。しかし、国語辞典を普通の本のように読むと、そこから編纂者の眼を通した時代の諸相がうかがえる。辞書は5年から10年ごとに改訂されるが、それは時代状況が変化したために語釈の変更が必要になったり、時代が要請する掲載語を取捨選択したりするためだ。近年では多用される外国語への対応も欠かせない。
辞書を読んでみて自らが編者になったとしたらどのような語釈をつけるだろうと考えてみることも楽しい。ありきたりの言葉をいざ簡潔に説明しようとすると、これが案外難しい。例えば「左」をどのように説明するか。広辞苑(第6版)によると「南を向いた時、東にあたる方」とさりげなく書いてあるが、一方、とても個性的な説明の仕方もある。ユニークな語釈で知られる三省堂・新明解国語辞典(第7版)には次のように記述されている。
「左」は「アナログ時計の文字盤に向かった時に、7時から11時までの表示のある側」、「『明』という漢字の『日』が書かれている側」、「人の背骨の中心線と鼻の先端とを含む平面で空間を2つの部分に分けた時に、大部分の人の場合、心臓の拍動を感じる場所がある方」とある。実にユニークな語釈だと感心する。このように辞書の語釈には豊かな想像力と創造力が求められるのだ。
かつて家庭のインテリアの一部でもあった百科事典の多くはすでに電子化され、分厚い国語辞典も電子版が主流になりつつある。『舟を編む』の中には辞書の紙をつくる製紙会社の話が出てくる。辞書はページ数が多いため、紙はいかに薄く、軽く、インクの乗りがよく、裏写りしないかがポイントだという。そしてさらに指に吸い付くようにページがめくれる「ヌメリ」という感触が重要なのだと。
今年の本屋大賞『舟を編む』は、国語辞典を読みながら編纂者の眼を通して現代社会を読み解く楽しみを教えてくれたが、それは独特の紙の感触も含めた、書物の持つ正統なアナログ文化を次世代に伝える国語辞典への賛歌のように思える。
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