元の公民館に不要となった家屋を解体して得られた窓や障子でトンネル状のオブジェを作り、島の暮らしや人々の記憶を作品化した塩田千春の『遠い記憶』(写真右上)。山間の溜め池にひっそりとたたずむガラスのモニュメントは、森万里子の『トムナフーリ』という作品だ(同左下)。作品と東大宇宙線研究所スーパーカミオカンデとをコンピュータで結び、超新星が爆発すると光を放つという。台湾の作家王文志は小豆島の中山に竹を使って高さ10~15メートルの巨大なドーム『小豆島の家』を出現させた(同右下)。心臓音にあわせてランプが明滅する作品『心臓音のアーカイブ』を設置したのは仏のクリスチャン・ボルタンスキー。作家が2005年から集めてきた1万人以上の心臓音も永久保存される。大竹伸朗が手がけた『直島銭湯「
I♥湯」』は実際に入浴できる美術施設で銭湯として営業している。従来の美術作品とは大きくかけ離れた現代アートは、どれも独自のメッセージを放ち、一言で言えば「考えさせられる」作品が島々のここかしこに設置されている。
この芸術祭の発端は、今回も会場のひとつとなっている直島である。人口約3,400人のこの島では、20年以上にわたりベネッセコーポレーションが現代美術による地域の再生を進めてきた。1992年開館のベネッセハウスに始まり、島のここかしこに設置されたアート作品(96年~)や家プロジェクト(98年~、使われなくなった家屋を作品化する試み)、2004年開館の地中美術館などによって、今では年間40万人近い観光客が訪れるようになっている。とりわけ海外からの旅行者には人気のスポットだという。トラベルガイド出版大手のRough Guidesのウェッブサイトでは、日本で見逃してはならない場所として、直島は京都、築地、奈良、六本木などに続いて6番目にランクインしているということを、先日ジャパン・タイムズのコーキル氏に教えていただいた
ii。直島では現在、香川県と直島町が推進したエコタウンプランに基づいて、島の西部に立地する三菱マテリアル直島精錬所の中に中間処理施設が設けられ、豊島の産業廃棄物の受け入れと処理も行われている。
芸術祭の総合プロデューサーを務める福武總一郎ベネッセコーポレーション代表取締役会長は、開会式で「芸術祭ではあるが、アートは主役ではない。地域の人々がアートで笑顔を取り戻し、都会の人々がうらやましがるようなコミュニティーをつくる。地域再生こそが芸術祭の作品だ」と挨拶された。作品の設置場所を選び、作品を制作、設置するために数ヶ月間、島に通い、滞在したアーティストも少なくないという。直島での積み重ねがあったとは言え、現代アートが島の人々に受け入れられるのは容易ではなかっただろう。しかしツアーで一緒になったアーティストと島の方々のにこやかな会話に接すると、福武会長の言葉が現実のものに思えてくる。
夏の陽光に輝く瀬戸内海、そしてそこに浮かぶ島々はとにかく美しい。とは言え、容赦ない日差しが照りつける中、作品を巡るツアーは楽ではない。限られた船便を乗り継いで島に渡り、ガイドブックと路上のサインを頼りに作品にたどり着く。都会の便利な生活に慣れ親しんだ者にとっては、苦行と言えなくもない。しかし、その体験は私たちに様々なことを問いかけてくる。日本の美しい風土や文化に改めて気づかされるだけでなく、高齢化や過疎、環境問題、都市と地方の乖離など、現代社会の抱える矛盾が容赦なく突きつけられる。
会期は10月31日まで。多少の不便を覚悟して、瀬戸内のアートを巡る旅に出かけてはどうだろうか。それは、必ずや自分自身や社会のあり方を見つめ直すきっかけになるはずだ、と筆者には思えるのである。
※瀬戸内国際芸術祭2010のURL:
http://setouchi-artfest.jp/