高齢期における就業からの引退過程と生活意識

2003年11月25日

(武石 恵美子)

1.
厚生年金の定額部分の支給開始年齢引き上げに伴う60歳台前半層の就業の場の確保は、重要な政策課題である。しかし、高齢者の就業環境は、雇用失業情勢に好転がみられないという現状に加え、今後団塊世代が引退の時期を迎えるという人口構造、および労働市場における若年層との競合関係等により厳しい状況が続くと考えられる。高齢者の就業からの引退過程を、就業の実態および生活意識の面から明らかにしようとするのが本稿の目的である。
2.
雇用情勢が悪化した1997年から2001年にかけて、高齢期の就業率に大きな落ち込みはみられていない。ただし、その中身を詳しくみると、正社員以外で継続就業する割合の高まり、転職や再就業の低下などの変化がみられている。また、高齢者の就業の受け皿として機能していた中小企業の機能の低下がうかがえる。一方で、自営業では、高齢者の就業継続が多いという点は、従来の傾向と同様である。
3.
60歳台の就業の有無や、就業継続の要因分析を行った結果、健康および年金受給の要因が大きいことが確認された。また、自営業のキャリアの者も高齢期の就業確率が高い。
4.
就業からの引退過程で、生活満足度がどう変化しているのかをみた結果、全体的な傾向として、就業から非就業へ移行することが、生活満足度を低下させるという明確な関係は見出せなかった。わが国の男性サラリーマンは、仕事が生きがいであり、仕事からの引退は生きがい喪失となるため生活満足度を低下させるのではないかと考えられがちであるが、分析結果はそういう見方を支持していない。就業状態の変動パターン別の就業理由の違い等も踏まえると、少なくとも現在の60歳台の男性は、就業からの引退をそれほど抵抗なく受け止めていると考えられる。
5.
むしろ60歳台男性の生活満足度は、家族や友人との人間関係についての満足度や経済生活への満足度、余暇生活への満足度など、就業以外の生活領域における満足度も重要な要素となっている。ただし、就業者についてみると、仕事への満足度や社会的地位への満足度といった、就業と関連する領域での満足度が全体としての生活満足度に影響している面は否定できない。
6.
少なくとも、本稿で分析した現在60歳台前半層の男性の引退過程は、比較的円滑な経過をたどっているものと総括できる。しかし、今後年金制度改革や団塊の世代の高齢化等により、高齢期の引退過程が急速に変貌する可能性がある。高齢者の就業支援のあり方を検討する際には、高齢者の就業選択や就業からの引退に伴う生活意識にも光を当てつつ、引退過程のフリクションを小さくするという視点が重要であろう。

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