最近のイギリス経済の動向 -インフレと貿易赤字に焦点を当てて-

1990年11月01日

(甲 寿枝)

■見出し

1.はじめに
2.物価上昇率の高まりについて
3.貿易収支の悪化について
4.おわりに

■はじめに

'78年5月の総選挙で保守党が労働党に圧勝し、サッチャー政権が発足してから、今年で既に12年目になる。現在の第3次サッチャー内閣は、'92年6月までの任期となっているが、イギリスでは任期満了を待たずに議会を解散し、総選挙を実施するのが慣習であり、来年中にも総選挙が行われる可能性が高い。サッチャー首相も、既に出場の意向を表明しているところである。

しかし、これまでの経済環境は、保守党にとって近い将来、総選挙を迎えるには好ましいものではない。まず、イギリス経済は'85年から好景気を続けてきたものの、'89年後半からは、減速傾向に転じている。また、インフレ率も'88年後半から急速に悪化し、中東危機による石油価格上昇の影響も加わって、本年8月と9月の小売物価(消費者物価に相当)は'82年2月以来の二桁上昇(前年同月比で各々10.6%、10.9%)となっている。

政府は、インフレ率の上昇を抑制すべく、政策金利(市場貸出金利)を'88年6月から89年10月までに、7.5%から15%に引き上げ、その後もこの水準を維持してきた。しかし、こうした高金利政策は、モーゲージ金利の上昇を通じ一般世帯に直接的な影響を与え、インフレと高金利の長期化が保守党の支持率低下の根本原因となっていた。こうした状況に鑑み、インフレ懸念が依然根強いにもかかわらず、政府は10月8日に市場貸出金利を14%に引き下げ、金融緩和に踏み切るに到っている。

また、何時に懸案となっていた欧州通貨制度(European Monetary System、略してEMS)への完全加盟も実施した。これまでイギリスは、EC統合に向けての気還が高まる中、統合問題に関するイニシアティブという点で、フランスやドイツに遅れをとってきた。しかし、EC統合が政治同盟構想にまで拡大している中で、消極姿勢をとり続けるととは、選挙戦にとってもマイナスになるとの判断もあり、昨年6月のEC首脳会議の場で、サッチャー首相はEMSへの完全加盟の意向を表明した。その後、10月8日まで加盟実施が引き延ばされてきたが、その背景は、GDP比で見て4.5%('89年)にも達する巨額の貿易赤字と、EC平均を大きく上回るインフレ率を抱えた状態のままでは、EMSの為替レート制度(Exchange Rate Mechanism、略してERM)に参加し、国内の金融政策に制約を受けることに対して、慎重にならざるを得なかったからに他ならない。

本稿では、これまで経済改革で成功を収めてきたサッチャー政権にとって、今日大きな問題となっている、「物価上昇率の高まり」と「貿易収支の悪化」についてやや長期的観点も含め検討したい。

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