2018年10月17日開催

基調講演

人を活かす働き方を考える

講師 津田塾大学 客員教授|元厚生労働事務次官 村木 厚子氏

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7——労働生産性を上げるために

こうやってたどり着いたのが今の働き方改革だというふうに思います。これをこれから進めていくわけですが、そのベースとなるものに、やはり一つ生産性の問題があるだろう。いろいろな人が参画する。支え手が減っているからこそ、いろいろな人に参加してもらいたい。そのことによって生産性が下がってしまったのでは、元も子もない。これは皆さんと一緒に問題をシェアして考えていきたいわけですけれども、日本の生産性はまだまだ低いです。

実は、長時間労働をしている国の方が時間当たりの生産性が低いというふうに出ているということで、そういう意味では長時間労働を是正しながら生産性を上げていくことは、可能性が大いにあるだろうと私自身は思っています。

そういう中で、実は先ほど例に出したフレックスやワーク・ライフ・バランス、一番期待している女性のパワーを考えるとワーク・ライフ・バランスですね。こういう融通が利いたり、労働者に優しい制度を取り入れたときに、生産性は上がるのかということです。

なかなかこういうデータがなかったのですけれど、今、私が知っている限りでは一番分かりやすいデータかなと思うのですが、慶應大学の先生たちが作ってくれたデータです。ワーク・ライフ・バランスやフレックスタイム制を入れた企業の生産性がその後どうなったかということなのですが、結論は一定期間後に急に生産性が上がるのです。しばらく時間がかかる。だけど、急にその後生産性が上がるというふうに結果が出ています。

この理由はなぜかというのはあまりはっきりしていないのですが、私自身はこのように思っています。やはり何かの形でハンディを持っているとか、女性などをちゃんと使えるような制度を入れるということは、生産性を上げるのに役立つ。一番分かりやすいのは女性だと思うのですが、私がよく例に取るのは、もし皆さんが、あるスポーツで全日本の監督に任命されたとする。そうすると皆さんはどこから選手を集めてくるか。西日本からだけ選手を集めるということはやらないですよね。もしそのようなことをやる全日本の監督がいたら、その人は全日本の監督失格です。やはり全国から選手を集めてはじめて全日本のいいチームができる。女性というのは人口の半分です。女性を使えないということは、選手を西日本から集めてくるのと全く同じなのではないかというふうに思っています。そういう意味では、男性でも女性でもちゃんと使える企業の方が生産性が上がるということは比較的分かりやすい。

もう一つ、時間がなぜかかるのだろうということなのですが、制度を入れると定着するまでに時間がかかるということはあると思います。私自身がこの話を聞いたときに思い出したのは、日本のラグビーです。日本のラグビーは、最近やっと強くなってきました。でも、日本のラグビーは強くなったけれど、例えば全日本代表のラグビーの選手をぱっと顔だけ映していくと、皮膚の色も髪の色も目の色もさまざまな選手が入ってきています。私は、ああいうふうに日本に海外の選手がたくさん入ってきたときに、やはり日本はこうやって海外の選手の力を借りないと強くなれないのだなと思って、うれしいような残念なような気分に実はなったのです。

ところが、それからだいぶたったときに、ラグビーですから何ですか、ゼネラルマネジャーというのですか。監督がどこかで話をしていたのですが、「全日本のチームは海外から選手を連れてきただけでは全然強くなれなかった。海外から来た選手と日本の選手が一緒になって、外から来た選手にジャパン・ウェイというもの、日本のラグビーのやり方や気持ちの持ち方などをちゃんと身に付けてもらって、それが身に付いたときにはじめて日本のチームは強くなった」と言ったのです。

女性や障害者、これからは海外の方が来て働くというのは、最初は多分、一種の混乱が起こるのだろうと思いますが、その中でその人たちと一緒に、社員として全員がこの会社のミッションはこれだ、ポリシーはこれだ、経営方針はこれだといって一緒に協力できるようになったときにはじめて、その会社は強くなれる。

女性活躍をやって失敗したところは、やはりそこの最初の壁を越えられていない企業さんが多いというのは実感をします。そこをぜひ乗り越えてやっていかなければいけないのではないかなと思っています。実際には、女性の活躍する、ワーク・ライフ・バランスがしっかりしている企業の業績はいいという結果が出ています。

では、どうやって生産性を上げていくか。私は経営が専門ではないので、皆さんの方がプロですが、どうやったらイノベーションを起こしていけるかという経営上の課題というのはすごく大きいと思うのです。

実はこの後の資料というのは、つい最近、私が津田塾の授業にゲストで招いたOECDの東京センターの所長の村上さんという方が提供してくださった資料で、それをちょっと今日お借りしてきました。これは実は、村上さんが日本の学生、生徒を元気づけるために、「日本っていいんだよ」という話をするために使った資料なのです。私自身もまだ十分消化できていないところはあるのですけど、皆さん後でじっくり眺めてください。それで、これだけではなくて、OECDはOECD iLibraryというものすごい膨大な統計や報告書の
蓄積があって、使えますので、ぜひそれを見ていただきたいと思うのですが、ちょっと紹介します。

これは上位のOECDの国と日本の比較ですが、日本の労働投入量はどんどん落ちてきている。労働投入量が落ちているのに、1人当たりの生産性が上がらないがために1人当たりのGDPも上がらないというのが今の日本の状況だと。
 

8——テクノロジーが仕事を変える

8——テクノロジーが仕事を変える

これからはテクノロジーが非常に大きく仕事を変えていくだろう。これにどうやって本当に対応していくのか。テクノロジーの発展で置き換えられてしまう、ロボットや機械に置き換えられてしまう仕事はどの国にもあるけれども、日本の比率は3割ぐらいで、そんなに高くはない。

それからもう一つは、なくなる仕事というのは中レベルの仕事が多い。高レベルの仕事と低レベルの仕事はなくならないことはよくいわれている。

こういう中で、日本はとても有利だと。なぜなら、日本は失業率が低い。要するに、ロボットやAIなどいろいろなものへの置き換えにかなり積極的にチャレンジできるのが日本だと。

特に若年層の失業が圧倒的に低いというのが日本の特徴です。

それからもう一つ、これは面白いですね。いつも生徒の学力比較というのをやるのですが、成人の学力比較で、読解力と数的思考力です。日本はトップです。私はフィンランドがトップだと思っていたので驚きました。特に読解力というのは、AIでは置き換えられない能力の代表に挙げられるので、この能力が日本にあるというのは非常にうれしいですね。

すみません。今日は男性が多い中で女性のデータしかなかったのですけれど、とりわけ日本の女性の能力は抜きんでているという解説をしてもらいました。

それともう一つ面白かったのは、学歴過剰、要するに自分の学歴よりもレベルの低い仕事をしている労働者が日本は非常に多い。逆に言えば、もっと高いレベルの仕事を彼らに与えることができるというのが日本の状況だと。だから、あまり心配しなくていいのではないかと。

その一方で、市場に新製品をもたらす割合、そういう製造業やサービス業の割合は日本は決して高くない。要するに、いろいろ持っているものはあるのだけど、それを商売にというのですか、経営に結び付けていくところはまだうまくできていないところがある。

その理由が何かというのが、これです。なかなか私も読み解き方が難しいのですが、この解説によれば、三つのカテゴリーで日本の力を見ています。一番左はICTやそういうものの技術力のところで、ここは日本はそう悪くない。それから右側は、技術者や技能者や労働者のレベルの問題で、それも大して悪くない。駄目なのは真ん中だというふうになっています。真ん中の部分は何かというと、人とつながる力、あるいは違うものとつながる力になります。非常に同質性でやってきた日本の社会の欠点がここに出ているのではないかといわれています。

そのためにも、ダイバーシティがこの国では相当大事になってくるだろうというふうにOECDの分析ではなっていますという話を聞きました。日本は、和をもって尊しとする国で、協調して仕事をするとか、連携して仕事をするのが好きなのではないかと私はずっと思ってきた。特に陸上などを見るとそうです。100m走でメダルを取れないけど、なぜか100×4のリレーでは銀メダルが取れる。日本はそういうのが上手なのではないか、日本人は協調するのが上手なのではないかと思ったら、このような話を聞きました。

いろいろな国から来た学生を一つの教室の中にぽーんと放り込んで、いきなりそこで課題を出す。その課題というのは、実はいろいろ周りの人と意見交換して、誰かと組むと非常にうまくいく課題を投げてみる。そうすると、そういうときに組める相手を探して上手に課題をこなしていくことが、日本から来た学生はとても下手だそうです。つまり、いつもの仲間と連携することはとても上手だけど、初めて出会う自分とは違うものと組むことに慣れていないということだと思います。

いろいろな話を総合すると、やはり非常にダイバーシティというのが大事になってくると思います。この辺は人からの借り物なので、後で見ていただければ、なぜダイバーシティが大事かということで、「ムラの空気のガバナンス」の罠にはまるリスクが低減できるからとか、あるいは多様性こそが環境変化のときに最も強いというのをちょっと引っ張ってきました。ダイバーシティがすごく大事だということがいわれています。

これから先、世の中の変化はもっと速くなっていく。これは去年の12月のダボス会議のときのトルドーの発言です。私は本当に印象に残ったのですが、経済界の方でこの発言を印象に残った言葉として挙げる方が多いのですが、「今ほど変化のペースが速い時代は過去になかった。だが今後、今ほど変化が遅い時代も二度と来ないだろう」と言っています。本当にそのとおりで、これからの変化は非常に速いのだろうというふうに思います。

この変化に、先ほど言いましたけど、他の国はもっと速く変化しているとこれまでもいわれていた日本が、これについていけるかどうかです。私も答えが分かりません。でも、すぐ思い付くことはこのようなことかなと。一人一人が学び続けるということ。それから、変化に強い若手を大事にできるということ。ニューカマー、自分たちが持っていないものを受け入れる力を持つこと。外の世界とつながること。そして、変化ですから時間との闘いなので時間を大切にするという発想が、働き方改革やダイバーシティの発想と直結す
るものだろうというふうに思います。

人生100年時代ということで、リンダ・グラットンを日本の会議にも呼んだ際に、彼女は、学生のときに学んで、大人になったら仕事をして、あとは退職という3ステージではなくて、これからはマルチステージになっていくのだと言っていました。

それと関連して、これは横浜国立大学の二神枝保先生が作った表なのですが、私はこの表がすごく好きです。これからは職業生活が長くなる、そして変化が速い、今持っている知識だけでは足りなくなる、技能だけでは足りなくなることがこれからまま起こる。だから、これからのキャリア開発というのは、探索をして、トライアルをして、確立をして、熟達をして、そしてまた新しいことを探索して、トライアルして、こうやって進んでいくのだと。

多分、欧米の企業は、このステージが変わるごとに転職していると思います。日本は、転職するのか、企業自身がこうやって探索、トライアル、熟達をして、社員も育てていくのか、どちらの方向に行くのかというのは私自身も予言できませんが、こういうことをこれからの企業はやっていかなければいけないのだろうと思います。

最後に、これはリーダーに求められる資質で、私が好きな本から持ってきたのですが、これでなくてもいいのです。皆さんの会社で、うちの社員に求められる資質をちょっと考えてみてほしい。これはローマ時代のリーダーに求められる資質なのですが、私がこれを見たときに感心したのは、男女に関係ないな、人種に関係ないなと思ったのです。

皆さんが本当に求める資質とは何なのだろう。そうすると、男なのか女なのか、年齢がどうなのか、人種がどうなのか、障害があるのかないのかではなくて、その資質に着目して、その人の状況に合った働き方をつくれるかどうかが非常に大事なのではないかと思います。

それをやるために一つ、ちょっとテクニックとして一つだけ、これもOECDの村上さんから教えていただいたことです。ニューヨークフィルハーモニーはかつては圧倒的に男性、そしていわゆる白人が多かった。

それが、あるときから急に女性が増え、多様な人種の方が増えます。そうなったきっかけがあります。それはブラインドオーディションです。先入観にとらわれず、本当に自分の組織が求める資質を持った人を集めて、その人が最大限に能力を発揮できるような会社のシステムをつくっていくことが働き方改革の神髄ではないかというふうに思います。

足りないところは後のパネルに譲ることにして、私の話はここで終わりたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました(拍手)。

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