2017年10月17日開催

基調講演

中国習体制の今後と東アジア

講師 防衛大学校 学校長 國分 良成氏

文字サイズ

1——はじめに

中国共産党は、1949年に権力を取りました。私が中国研究を始めた40年前ぐらいは、どうして中国共産党が政権を取れたのかという研究を、世界中の研究者がやっていました。権力を取れた最大の理由を集約して言うと、組織とイデオロギーです。組織力を持っているかどうか。そして、そこにどういう理念を持っているか。そこが中心だということです。これを、共産党の権力を中心に分析しました。そのときに、組織の頂点のリーダーに誰がいるのかという、組織力はリーダーによって決まってくる部分が大きいということをよく議論しました。従って、共産党権力の源泉はどこにあるのかというと、リーダー、組織、そしてイデオロギー(理念)だと思います。

リーダーも組織の一部かもしれませんが、特に組織の点で言うと、中国共産党の場合は組織部です。これは人事部ですから、ここを誰が握るのか。そして、軍を誰が握り、どの程度の影響力を持ち得るか。昔は党イコール軍でしたが、その時代とは変わって、分業体制になりました。つまり、軍のリーダーたちは、党に関わる部分もありますが、あまり関わらないように、ある種のシビリアンコントロールが効いてきています。

同時に、公安、安全部(中国版CIA)が、なぜ重要かというと、ここは情報を持っているからです。個人情報も持っています。あとは宣伝機構。言うまでもなく、共産党の宣伝をしなくてはいけません。いかに共産党の指導が正しいのかを伝えるのが宣伝部です。こういう意味でいくと、こうした組織をどう取っていくかが非常に重要なのです。実は、習近平氏もそれをやってきました。

歴史をたどると、文化大革命も組織部の取り合い、軍の取り合い、公安の取り合いです。公安系統は幹部一人一人の情報を持っていますから。毛沢東氏の奥さん(江青氏)が介入したのは宣伝部です。そこを取るか取らないかなのです。文革もそうした組織の奪い合いでした。今回の習近平氏もある意味では同じです。問題は、地方も含めて、党の組織全体を取り切れない。毛沢東氏はそこで最後に学生を動員してぶち壊しました。しかし、破壊された共産党はめちゃくちゃになってしまった。そして彼は死んでいきました。ですから、彼すら本当の意味で権力を掌握できたかというと、つかみ切れなかった。そういう部分があったと思います。それぐらい中国という政治社会の掌握は大変なのだと思います。習近平氏がどうかについては、これからお話を申し上げていきたいと思います。

習近平氏は、毛沢東氏、鄧小平氏とは違います。何が違うかというと、権力を取る革命に参加したのは毛沢東氏で、その中心にいました。そしてそのサイドに鄧小平氏もいました。しかし、その後の指導者、江沢民氏にせよ胡錦濤氏にせよ、そこにはいなかったのですから、意味が変わってきます。今度は建国、その後の建設ということになります。しかし、江沢民氏も胡錦濤氏も、ある意味では鄧小平氏の成長路線の上にいました。そして、成長をある程度謳歌することができた。ですから、人の目はその成長の方にいって、成長の上がりを少しでも吸い取ることに関心がいきました。

問題はその後です。成長が鈍化し、分配のための資源が非常に限られるときに、どのように正統性を担保するか。権力の正統性を担保するのに、普通の国では選挙をやっています。選挙のない中国ですが、多様な価値が中国で生まれているのは間違いなく、多元的な社会になってきているのも間違いありません。経済はここまで変わってきました。国民の利益や関心が変わってきているのに、それを吸収していくさまざまな政党も存在しない。結局、共産党が正しいという前提の上に、それを宣伝・説得していく形になっています。そうなってくると、共産党の正統性をどのように担保するかという議論、そこが非常に大きくなってきます。

これまでは、共産主義で良かったかもしれない。最近も、マルクス・レーニン主義を前面に出すようになっています。世界中のメディアはあまり取り上げませんが、マルクス・レーニン主義学院をたくさんつくったりしています。しかし端的に言って、それは時代錯誤です。それで失敗して改革・開放に向かったのですから。

市場経済に行くかというと、なかなか行きにくいことになってくる。資本主義かというと、当然それは違います。中国にまだ資本家はいないことになっています。定義上、大金持ち、海外に資産を持っている人たちも、労働者階級の一部だと位置づけています。なぜかというと、資本主義ではないからだと言います。そこに大きな時代錯誤と限界があります。分かっているけれど、歴史的な正統性を強調せざるをえない。

そうすると、どこに行くかというと、大国ナショナリズムです。つまり、ある種のナショナリズムの効用という形にならざるを得ないので、今の中国の言論界もそういう形になってきています。つまり、多様なものをどのように社会の中に共用し、それを担保していく。あるいはそういう人たちを原動力にして社会を動かし、国を動かす。そうした思考性がどんどん弱くなってきています。80年代、90年代よりも弱くなってきているという現象が中国で起こってきていて、一体どこに行くのかというのが、正直心配なところです。

ただ、この5年間、習近平氏のやってきたことは、やはり権力闘争です。権力を握らないと何もできない、つまり、やりたいこともできないということです。やりたいことの中身はまだよく分からないし、見えてこない。しかし、とにかく取らないとどうしようもないということで、5年間権力の確執を繰り返してきました。一言で言えば、江沢民氏派の排除です。それはある意味では正しいのかもしれません。なぜかというと、そこが既得権益の最大グループでした。そしてそこが腐敗の元凶にもなっていました。しかし彼らが元凶ではあるけれども、腐敗はまん延していて、そこだけではありません。権力の中に深く巣くった数限りない既得権益集団を排除する、その作業に時間がかかったということです。それは胡錦濤氏がやり切れなかったのです。結局、胡錦濤氏は江沢民氏派の人たちに囲まれて運営した結果として、彼自身の考え方はほとんど表れませんでした。彼にはある程度の考え方はあったと、私は思います。「和諧社会」という言葉は、今はもうほとんどなくなりましたが、調和の取れた社会建設と言っていました。それがほぼ消えてしまいました。結局できなかった。集団指導制だったことを反省しているのだと思います。

結局、中国の今の政治体制の最大の問題は、言うまでもなく普通の国ではないということです。普通の国ではないというのは、日本的な意味ではなく、もっと普通ではないのです。それはつまり、党という存在がすべての上に来ているのです。憲法と中国共産党はどちらが上かというと、規定上はイコール、対等ですが、運用上は党の方が上になっています。つまり、党がなければ法律も生まれない、だから憲法も生まれないということになります。

ソ連が崩壊したのは、党と国家の役割分担の結果でした。ゴルバチョフは自らが知り尽くしていた共産党の腐敗現象、これをただすために、いわゆるペレストロイカを行いました。そのペレストロイカの帰結点はどこにあったかというと、党の書記長(総書記)の上に大統領というポストをつくり、国家の方に重点を置きました。これが、結局最後には崩壊していきました。つまり、中国共産党はソ連の崩壊を反面教師にしているのです。

つまり、国家に力点を置いて憲法体制に置こうとしたソ連は崩壊しました。中国は鄧小平の判断で共産党を重視し、党が上だとしたのです。そのうえで市場経済を行った結果として、共産党は政治に介入しました。許認可権も持つというところで、腐敗を実質的に認めた、そういう体制になってしまいました。特に江沢民氏時代に推進されたのがいわゆる「三つの代表」でした。大金持ちも、豊かな、海外に資産を持ったような人たちも、労働者階級の一部で、中国に資本家はいないという形で処理するようになったのが「三つの代表」です。これが江沢民氏の代名詞です。その結果として、腐敗がまん延していくことになりました。そして、胡錦濤氏時代はそれを是正しようと思ったけれども、それができなかった。

胡錦濤氏が目指したのは何かというと、今ではみんな忘れていますが、党と国家の関係において、まず党の内部を是正すべきだということで、党の執政能力の改革です。このまま行ったら共産党は崩壊すると彼は言いました。そして党内の民主主義が必要だと、それを明確に言いました。しかしこれも挫折しました。結局、国家と党の関係という、ここの部分について、習近平氏も、過去5年の中の最初の3年では何となく色気を示しました。それが「依法治国論」です。つまり、法によって国を治めるという形の、反腐敗闘争です。どういうことかというと、共産党が腐敗しているから、党から離れて法律で党を裁く形に変えようとしました。それが「依法治国論」でした。1990年代に江沢民氏とライバルだった喬石氏が提起した「依法治国論」がいきなり出てきました。

喬石氏は、江沢民氏によって後ろで決められた70歳定年制で、政治の舞台から去らされました。彼は、法による統治を盛んに言っていましたが、つぶされました。それがいきなり20年たって出てきたというのも不思議だったのですが、しかし、その後は結局党の独裁です。それは既得権益の根強い反発の結果だと思います。別にそれは江沢民派だけではなく、中国共産党が権力を持って68年、この既得権益は根を張っています。そこから相当な抵抗を浴びています。そして、習近平氏は2014年頃から全ては党の指導ということに、力点を変えていきました。

結局、現実の運用の中で、習近平氏も挫折したのかなという感じです。ただし、この多様化する社会の中で、それをどのように吸収していくのかという政治体制のビジョンは、どんどん見えなくなり、今のままで行くしかないという形になってきています。 

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ページTopへ戻る