2014年10月21日開催

パネルディスカッション

「進化する企業の不動産活用」

パネリスト
板谷 敏正氏 プロパティデータバンク株式会社
代表取締役社長
長坂 将光氏 日本マイクロソフト株式会社
リアルエステートポートフォリオマネージャー
古屋 幸男氏 東京建物株式会社
アセットソリューション事業部長
コーディネーター
松村 徹

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グローバル化と不動産戦略

■松村 キリンホールディングスさんは、本社を売った資金をグローバルな投資戦略に回されているかもしれません。板谷さん、企業の不動産戦略は、グローバル化によって大きく変わっていくと考えておられますか。

 

■板谷 グローバル化は企業不動産の大きなテーマだと思います。企業の不動産戦略では最初にオフバランスという不動産売却に焦点が当たりました。私も最初にバランスシートのお話をしてしまいましたが、基本的にそれは一部に過ぎません。

首都圏に不動産を持つ企業の選択肢の問題であり、メーカーをはじめ衣料品、外食産業、農業など、さまざまな企業がある中では、オフバランスだけでなく、借りてうまく使う、日常的な管理をどうするか、コスト削減をどうするかなどいくつものテーマがあります。

またオフィスという不動産は、長坂さんからお話があったように人が働く場ですから、いかに豊かな場を提供して、いい仕事をしてもらうか、発想を豊かにしてもらうかが重要です。株式など金融商品と違い、不動産はヒューマンリソースを支える非常に重要なインフラだと思います。

そしてもうひとつの大きなテーマがグローバル化です。海外へ進出する日本企業は増えていますが、日本国内の施設ですらどこに何があるのかわからず、全社的なコストもなかなか把握できずに悩んでいる経営者が多いわけで、海外にまで広がると情報の一元化がもっと難しくなります。

海外進出の時、超大手企業であれば自社のリソース、人材が豊富ですから、本社のスタッフが現地に行って、土地を調達して工場を建設することも可能ですし、いろいろなノウハウもあるでしょう。

しかし、一般的な企業やベンチャーなどにはそういうリソースがありませんから、結構悩んでいると思われます。例えば、どこに拠点を設けるか、社員をどこに住まわせるか、オフィスを借りるにしても法律や契約などハードルは非常に高い。

このような点に関しても欧米企業は先行していて、例えばジョーンズラングラサール、シービー・リチャードエリスなどグローバルに活躍する不動産ベンダーをうまく使って進出していく。日本企業においては、これもまた今後の大きな課題かなと思います。

 

■松村 では古屋さん。「海外に出るのだけれども、何か知恵を貸して」と言われたら、どうされますか。

 

■古屋 実はそういうご相談を受けることは少なからずあります。弊社グループの東京建物不動産販売にてコリアーズグループと業務提携をしており、国内企業の海外進出や、海外に持っている資産の一元管理のお手伝いなどをさせていただいています。

先ほどのジョーンズラングラサールさんやシービーさんとの差別化は、日本語対応とともに中立的な立場でオピニオンを出せるということかと思います。現状では、このようなグローバルサービスを提供するアウトサイドベンダーがまだ少ないのが日本の不動産業界の弱みと言えるかもしれません。

 

■松村 一般企業も不動産会社も、これまで日本国内のマーケットが大きかったのであまり必要がなかったのでしょう。

グローバル化が重要なキーワードのひとつであるのは間違いありませんが、国内の不動産マーケットからみれば、工場はどんどん海外に出て行く、アジアのヘッドクォーターも、シンガポールや香港が有利という見方も多いだけに、やはり東京を国家戦略特区にして外資にもっと来てもらわないと困る。

その時、外資が東京に来たいという時には、今おっしゃった外資系のサービスベンダーが入ってしまうわけですね。

 

■古屋 そうですね。大体はそうなります。

 

■松村 もったいないですね(笑)。

不動産を梃子に新たなビジネスを生み出す

■松村 最後に、不動産を梃子に新たなビジネスを、というテーマで皆さんにお話をうかがいます。

例えば、ユニクロのファーストリテイリングさんと大和ハウスさんが物流システムを構築するというニュースがありました。ユニクロさんが使う前提で大和ハウスさんが物流施設を建てるわけですが、不動産を梃子にした新しいビジネスモデルともいえます。

つまり、ユニクロの商品がネット上でもリアルな店舗でもどこでも買え、商品を受け取る場所が自宅でも近くのユニクロ店でも自由に選べる物流システムを目指すからです。柳井さんも物流改革だとおっしゃっています。

セブン&アイ・ホールディングスさんが目指すオムニチャネルも同じです。お客さんは欲しい商品が手に入ればいいのであって、流通経路はネットでもリアルな店舗でもその時に一番便利なのがいい。これをオムニチャネルといって、セブン&アイさんが積極的に進められています。

不動産を梃子にした新しいビジネスや成長の鍵という視点で、板谷さん、ほかに何か事例はありますか。

 

■板谷 冒頭に公共不動産は500兆円あり、民間も500兆円あって大きな変革が進みつつあると申し上げました。持ち方、使い方、それからもっと活用しようという方針に違いはないものの、公共は大変です。

企業はビジネスモデルを変革させたりサービスを変えたり、海外へ出て行ったり引っ越したり、処分したりできるのですが、公共は「人口が減ってここでは成り立たないので引っ越します」というわけにはいかないですから。

地方自治体が知恵を出している例では、ご存じの方も多いと思うのですが、佐賀県武雄市の図書館を経営も運営もTSUTAYAがやっています。本屋でありDVDレンタル屋のTSUTAYAが、図書館の運営管理をするわけですから、思い切り事業がバッティングするわけです。

ところが、行ってみると分かるのですが、ここでは本も借りられますが、気に入れば買うこともできます。DVDも同じです。館内にはスターバックスもあって、そこで1日過ごせる素晴らしい図書館になっています。

当然ながら館内のリニューアル工事やレイアウト変更などもTSUTAYA主導です。公共施設の運営管理の受託というと、清掃やメンテナンスだけのイメージがありますが、ここでは図書館のあり方やサービスの内容すら変えてしまっているわけです。

本を置いて貸し出す空間だけでなく、住民に対して様々な情報を提供する場所になっているのです。

首都圏では、東京都に多摩総合医療センターという、1300床の日本最大級の公立病院があります。建設もその後の運営も経営も、私の古巣の清水建設がやっています。

医者と看護師の仕事以外、病院の運営、食材の提供、医薬品の提供、手術室の運営、医療事務など、全てを民間がやっています。

要は、何でもかんでも自治体がやるのではなく、民間に大いに参加してもらい、結果として住民により良いサービスが提供されればよしとする考え方です。

すでに公共施設やインフラの運営管理に民間が参入できるチャンスがあるわけですから、そこに新しい産業の芽というか、ビジネスモデルが出てきているとみるべきです。

もちろん、民間企業もアウトソーシングの活用をもっと考えてもいいと思います。グローバルな企業不動産の管理、全国レベルの管理などは、社内で専門家を育成するのは大変ですから、ノウハウを持った会社があれば外部委託を活用するのが得策です。

 

■松村 公共の不動産に注目すれば、企業のビジネスを伸ばす、あるいは自らノウハウを積んでいくチャンスはたくさんあるということですね。

 

■板谷 ええ。

 

■松村 あるハウスメーカーが公共不動産の活用、PREといいますが、これを熱心に営業されています。公共は土地をたくさん持っているがお金と経営ノウハウがないから、それを提供させてもらえないか、ということです。

米国では刑務所の管理を民間企業がやっていますが、日本でも警備保障会社がやっている刑務所がありますね。

 

■板谷 民間企業には、公共施設の運営管理をどう効率化するか、アウトソーシングするかというだけでなく、腕こきの企業であれば、公共の分野に入っていくというビジネスチャンスもあるでしょう。

 

■松村 2040年には地方自治体が半分になる可能性があるという時代ですから、何かで差別化できることは大事ですね。そういった売りものを作るために企業を使う。両者がwin-winでやっていくのはありですよね。長坂さん、何か面白いアイデアはありますか。

 

■長坂 私たちも、ビジネスの中でコア業務とノンコア業務をどこまでやっていくか、自社の中でどこまで取り、外のサービスをどこまで使うかという議論をしています。

ですからオフィスも、一つは持つ、一つは借りる、そして借りる形態も、今は1年、2年、もしくは定借など、さまざまな形がありますが、今後は時間貸しが一般的になってくると思います。

最近よくいわれるサードプレイスを、必要な時間だけお客さまのそばに借りる。サテライトオフィスのような形でもいいでしょう。もっと多様なサービス形態も出てくると思います。

ですから、コア業務はプラットフォームとしてきっちりと持たなければいけない。マイクロソフトのOSのような形で、そういうものを持っていく。その上で走るサービスがたくさんあればあるほど私たちの選択肢も増えます。

また、さまざまな事業体の方々が既存のアセットをうまく活用したサービスモデルをつくっていただけると、より経済が活性化するのではないかと思います。

 

■松村 サテライトオフィスは注目されていますね。20年くらい前のものは、会社との連絡は固定電話とファクスしかなったので失敗しました。

今、日本生命が和田倉濠の前に建てているビルには、一般の方が使えるサテライトオフィスがつくられます。日本生命のビルでは初めてですし、本格的なサテライトオフィスは丸の内で初めてではないかと思います。

三菱地所さんもそういったスペースを提供されていますね。長坂さんがおっしゃるサードプレイスですが、こういった場所での仕事も増えそうですね。

 

■長坂 私は、今、このパネルディスカッションの場で仕事をしてもいいと言われれば、そのままできる環境になっていますよ。

 

■松村 古屋さん、どうですか。冒頭で高齢者向けの住宅の話もありましたが。

 

■古屋 不動産を梃子に新しいビジネスや成長ということですが、業種や企業によって不動産の保有量や保有意義も異なりますので、個社の不動産戦略も当然に千差万別です。

保有する遊休地の有効活用としてサービス付き高齢者住宅を建設するという比較的単純な、言ってみれば足し算・引き算的な不動産活用でも十分と考える企業もあります。

また、古い独身寮を建て替える際にBCPへの対応も充足させるという意図も持って、主力工場付近にいくつかの社宅寮・独身寮を統合する、このような掛け算的な不動産活用を展開している企業もあります。

さらにはイオングループのように、成長を持続させアジアナンバーワンの小売業になるという目標を達成するための一つの手法として、保有している店舗を組み入れ資産として上場リートを立ち上げる企業も出てきました。ここまでくるとより高度な微分積分レベルの戦略展開と言えます。

佐川急便さんが私募リートを組成するとのことですが、同社はHPに「グループ内の経営資源の活用」を掲げており、不動産戦略の視点でこのビジョンを翻訳すると私募リートの組成ということにつながるものと思われます。

 

■松村 本業の成長のために、不動産を活用するということですね。

 

■古屋 活用して企業価値を上げていこうとする意図が見受けられます。

 

■松村 リート市場が出来る前は、板谷さんの話ではありませんが、バランスシートの中で不動産の占める割合が非常に大きかった小売業が、大きく変わりつつあるのですね。

1991年に土地バブルがはじけるまで、日本の小売業はやたら不動産を持っていましたが、結局、不動産価格が暴落したため本業までおかしくなってしまった。そういう意味で、イオンさんがリートに参入するのは象徴的ですね。

ところで、東京建物さんは企業の工場跡地に71年の定期借家権マンションを建てられました。定期借家マンションの土地の持ち主は、大体、神社仏閣や公共事業体が多いですね。当たり前のことですが、個人の地主は70年もの長期間も土地を貸しません。その間に相続が何回も発生するから。ただ、企業でも抵抗感は強かったはずですが。

 

■古屋 そうですね。企業といえども、50年先、70年先のことは分からないわけですが、不動産は売りたくないけれど、当面自ら利用する考えもないという企業様には受け入れられる仕組みと思います。

 

■松村 その企業がマンションに関連するビジネス領域を持っていれば、それをきっかけにしたビジネスチャンスがあるかもしれませんね。

 

■古屋 そうですね。

 

■松村 不動産戦略にうまく自分のビジネスを絡めていく姿勢があれば、掛け算から、微分積分までいく可能性も出てきそうです。不動産を梃子に、新しいビジネスを生み出すこともいろいろできそうな気がします。

企業は不動産とより良い付き合いを

■松村 時間が押してきましたので、最後に皆さん方から一言ずついただきたいと思います。企業が不動産とより良い付き合いをするために何かヒントになるようなお言葉をお願いします。

 

■長坂 日本で企業不動産戦略というと、どうしても不動産を持っている企業が前提に議論される傾向が強いと思うのですが、グローバルの世界では、「持たない」不動産戦略もあります。

特に、これからは社会のあり様がどんどん変わっていくわけです。例えば、所得税など個人の税負担が重くなっていくと、現金を支給するより物品やサービスをもらった方が、社員の満足度が上がるかもしれません。

ひとつの例は社員食堂です。欧州では社員のベネフィットになっています。現金で1000円支給されるより1000円分の食事ができる方が、社員としては価値が高いのです。さまざまな場面で社員のQuality of Lifeを上げることが企業価値向上につながるという考え方です。

また、先ほど申し上げたように情報通信技術を活用すれば、在宅勤務や女性の社会進出支援など、さまざまなリスクヘッジもできる。私たちのような不動産戦略の担当者、もしくは企業の経営者が、いかに全体最適をつくることができるか。

自分たちのビジョンに合った働き方を考えつつ、不動産を借りる、保有するという戦略をつくっていくかがこれからの挑戦であり、日本がより元気になっていくキーワードのひとつになると思います。

 

■松村 福利厚生施設や社食による利益還元は、伝統的な日本企業のやり方でもありましたね。ただ、安いだけの食事ではなく、安くて美味しい、健康にいいなど付加価値が必要ですよね。

 

■長坂 食堂やカフェが社員同士のコミュニケーションの場にもなりますし。

 

■松村 三菱地所さんが、グループの若手社員向けの独身寮をつくりました。何が肝かというと、シェアハウスのように個室は必要最小限でも、共用部は充実していてグループの若手社員の交流が活発になるような仕掛けがされています。

親会社、子会社、孫会社というタテの序列でなく、横につながろうというコンセプトのシェアハウス風の独身寮です。これも企業が不動産をうまく使った例といえますよね。次に古屋さん。

 

■古屋 保有する不動産を無理して杓子定規に不動産戦略の枠組みの中に押し込む必要はないと思っています。まだまだ日本のそれは道半ばの状態ですから。今、企業の皆様にお願いしたいことは、不動産保有の多寡にかかわらず、決算説明などの機会を捉えて不動産の状況を説明いただきたいということです。

上場企業のうち約500社が不動産事業のセグメントを持っています。当然、その大部分は不動産・建設業で300社くらいあろうかと思います。その他、倉庫業、食品、化学などの業種にも不動産事業セグメントを持っている企業があります。

そうした企業は決算説明の際に詳細な報告がされると思いますが、それ以外の企業の方々にもそのような試みをしていただければ、自然と社内で不動産に対する意識が高まっていくように思います。それが、それぞれの会社独自の不動産戦略構築につながるのではないかと思います。

 

■松村 最後に板谷さん、どうでしょうか。

 

■板谷 所有か賃借かという議論について、ひとつの例をご紹介します。マイクロソフトと同じく世界的なIT企業の日本ヒューレット・パッカードさんは、何か所にもオフィスを借りていたのですが、それらを集約して江東区の大島に本社を移しました。

 

■松村 ビルは所有ですか。

 

■板谷 ええ。土地も建物も所有なのですが、素晴らしいオフィスを造っています。マイクロソフトさんのオフィスも素晴らしいのですが、ここのオフィスもやはり共用部はしっかり作られていて、コミュニケーションスペースが充実しています。

また、モバイルワークや在宅勤務ができるインフラも整っています。環境も素晴らしいですね。スカイツリーも見えて。社員食堂は、夜は居酒屋に変わります。

まるで昔の日本企業のようですが。 グーグルさんも24時間食べ放題など、外資系企業の方がいろいろ工夫しているようです。

所有か賃借かはある一面の選択肢でしかなく、いかに良いオフィス空間を作り、良いワークプレースを提供することによって、業務効率を上げ、新しい発想を生み出し、良い製品を作っていくかが重要だと思います。

所有か賃借かは、それぞれの企業の戦略で考えればいいのです。資金があれば所有し続けてもいいし、資金調達が難しいのであれば、オフバランスするという選択肢もある。それは企業それぞれの戦略です。

ただ、不動産は株などの金融資産と違って人が使う実物資産ですので、その使い方の効率を上げていくことが企業価値を高めていく、そういう時代認識が必要ではないかと思います。

終わりに

■松村 本日は短い時間ではありましたが、資産のデータ管理と分析のプロ、不動産活用のプロ、ファシリティマネジメントという不動産利用のプロであると同時に在宅勤務など新しいワークスタイルを実践されている専門家お三方からいろいろなお話が聞けたと思います。

不動産を通じて企業価値を高めるというのはどういうことか。いろいろなやり方やヒントがあったのではないかと思います。企業にとって、持たない不動産戦略、あるいは持っていない企業の不動産戦略も含め、不動産をもっとうまく使えないか、そんなことを改めて考えていただくきっかけになれば幸いです。

パネリストの皆さん、どうもありがとうございました(拍手)。

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