コラム
2021年10月04日

デジタル庁が目指す縦割り行政の打破

坂田 紘野

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1――デジタル庁の発足

9月1日に、デジタル庁が内閣直轄の組織として発足した。2020年の総裁選後の本格的な検討開始から約1年という異例の速さで創設されたことになる。目指す姿として「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を掲げるデジタル庁は、デジタル社会の形成に向けた司令塔としての機能を発揮することが期待されている。

デジタル社会の形成に向けては、「デジタル社会に必要な共通機能の整備・普及」、「徹底したUI・UXの改善と国民向けサービスの実現」、「包括的データ戦略」等の方向性が打ち出されている。今後は、デジタル庁を中心に、政府情報システムの統合・一体化の推進や地方公共団体の情報システムの標準化、マイナンバーの利活用促進、基盤となるデータの整備等が実施されていく予定だ(図表)。
(図表)デジタル庁の主な役割

2――「縦割り行政の打破」が課題

デジタル庁への期待は大きい一方で、「行政のデジタル化」は政府がこの20年取り組んできたにもかかわらず、いまだに達成できていない課題であることも事実だ。国連の電子政府ランキングでは、2020年の日本の順位は14位にとどまっている。また、コロナ禍では、給付金等の申請時のオンライン手続の不具合や、押印手続等によるテレワーク実施の阻害等、多くの課題が明らかになった。このような現状を平井卓也デジタル大臣は「デジタル敗戦」と表現しており、危機感を示している。

行政のデジタル化を困難にしている要因の1つに、縦割り行政の存在が挙げられる。各省庁をはじめとする日本の行政機関は、国家行政組織法や各省庁の設置法等によって、その任務や所掌事務の範囲が細かく定められている。縦割り行政は、業務の役割分担を明確にする等の一定の役割を果たしている一方で、省庁間の円滑な連携が行われず、行政サービスが非効率に陥ってしまう等の弊害もしばしば指摘される。行政のデジタル化に関連しては、省庁や地方公共団体ごとに使用する情報システムがバラバラになってしまっている点や、マイナポータル等のシステムが国民にとって利用しづらいものである点等が課題とされてきた。デジタル庁には、このような縦割り行政の弊害を打破していくことが期待される。

しかし、IT政策、デジタル政策に関して「縦割り行政の打破」の必要性が指摘されたのは今回が初めてというわけではない。

約20年前のIT戦略本部(2001年1月22日)では、当時の森喜朗内閣総理大臣が「私は、1月6日に施行されたIT基本法に基づいて設置されたこの本部を中心といたしまして、縦割り行政の弊害を廃し、官民の総力を結集してIT革命を飛躍的に推進して参りたいと考えております。」と発言している。当時の政権は、「5年以内に我が国を世界最先端のIT国家にする」という目標を掲げており、以来、各政権の下で、各種取組みが進められてきた。

それにもかかわらず、なぜ、これまで行政の縦割りを打破することができなかったのだろうか。内閣委員会における平井デジタル改革担当大臣(当時)の回答を要約すると、(1)IT総合戦略室を設置し、これまでもデータ利活用やデジタルガバメントの、社会全体のデジタル化の推進の総合調整は行ってきていた、(2)IT総合戦略室は、各省や民間からの出向者が多く、入れ替わりが多かったこともあり、組織としてのガバナンスを発揮できるような状況ではなかった、(3)省庁の縦割りが一番の問題であり、省庁のほかの役所との連携を考えずにそれぞれが作りこむような体制を打破するためにデジタル庁をつくる、ということになる1。すなわち、縦割り行政の打破を掲げつつも、実態としては必ずしも十分に迅速、柔軟な取組みができていなかった点が課題であったと考えられる。
 
1 衆議院HP「第204回国会 内閣委員会 第11号」より(令和3年3月19日)

3――縦割り打破に向けた体制

こうした課題を解決すべく、IT総合戦略本部が廃止され、新しくデジタル庁が設置された。以下では、デジタル庁の特徴として挙げられる、(1)強力な総合調整機能、(2)民間人材の積極的な登用、について確認する。

(1) 強力な総合調整機能
デジタル庁が担うのは、基本方針の策定などの企画立案や国や地方公共団体等の情報システムの統括・管理等だ。また、デジタル社会に必要な共通機能の1つであるマイナンバー制度もデジタル庁の所管となった。デジタル庁は、「国、地方公共団体、民間事業者、その他世界中のあらゆる関係者を巻き込みながら、有機的に連携し、ユーザーの体験価値を最大化するサービスを提供」するというビジョンの下、デジタル社会の形成に関する行政事務の迅速かつ重点的な遂行等を任務としている。

この任務の遂行のため、デジタル庁には強力な総合調整機能が与えられた。デジタル大臣は、関係行政機関の長に対して参考意見を提出できる権利である勧告権を有する。勧告は強制力を持つ措置ではなく、法的拘束力はないとされるものの、関係行政機関の長は、勧告を「十分に尊重」しなければならないと定められた2。さらに、国の行政機関が行う情報システムの整備及び管理に関する事業については、デジタルガバメントの確立や、情報システム予算の確保の推進を目的に、デジタル庁が必要な予算を一括して要求し、確保する。令和4年度の予算概算請求においては、令和3年度に一括要求された「デジタル庁システム」、「デジタル庁・各府省共同プロジェクト型システム」に加え、「各府省システム」についても一括要求がなされた。デジタル庁の概算要求額約5,400億円のうち、98%を情報システムの整備・運用に関する経費が占めている。
 
2 デジタル庁設置法第8条第5項
(2) 民間人材の積極的な登用
デジタル庁の創設にあたっては、民間人材の積極的な登用も注目を集めた。デジタル庁において職務に当たる約600人のうち、約200人を民間からの人材が占める。事務方トップであり、他省庁における事務次官に相当するデジタル監は、早くから民間人材を登用する方針が打ち出され、石倉洋子一橋大学名誉教授が初代デジタル監に就任した。民間人材の募集にあたっては、兼業や非常勤、テレワークといった働き方も認めることで、有能な人材の確保に努めた。

背景には、デジタル人材の不足がある。経済産業省の試算では、日本のIT人材は2030年に最大79万人不足するとされる。また、ICT人材の7割以上がIT企業に所属しており、公務に従事するICT人材の割合は極めて低い3。デジタル社会の形成に向け、デジタル人材の確保、育成を進めることは不可欠だ。

デジタル庁は、「官民を挙げた人材の確保・育成」を目指す姿の1つに掲げ、民間、地方公共団体、政府を行き来しながらキャリアを積める環境の整備を目指す。理想とするのは、官公庁と民間企業との間で、人材が流動的に行き来する米国のような「リボルビングドア(回転ドア)」方式だ。また、国家公務員採用試験へのデジタル区分の設置や経験者採用試験の活用等、デジタル人材の採用活動も強化する方針だ。
 
3 独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2017」より

4――政府と協働したデジタル改革に期待

デジタル庁には、コロナ禍で明らかになったデジタル化の遅れを根本的に解決するための突破口となることが期待されている。しかし、実際に縦割り行政を打破し、目指すデジタル社会を形成できるかは今後の取組み次第だ。平井大臣は、各省庁の協力があって初めて実効性のある縦割りの打破ができると発言している。デジタル庁には、粘り強く各省庁と目指す価値観の共有や説得を行いつつ、確実に改革を進めることが期待される。

デジタル化を進めていく必要があるのは国ばかりではなく、地方公共団体も同様だ。もっとも、地方公共団体ごとにデジタル化へのこれまでの取組み状況は異なる。住民サービスの向上や行政の効率化のために全体最適の観点から地方公共団体の基幹情報システムの統一・標準化を進めることは、デジタル庁の主要な施策の1つだ。デジタル庁は、一部の地方公共団体における先進的な取組みを尊重しつつ、遅れている地方公共団体のデジタル化を推進する、バランスのよい取組みを進めることを期待したい。同時に、デジタルデバイド、すなわちインターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差の解消に向けた取組みも必要となるだろう。

今後、デジタル庁は、デジタル改革を実行できるかが問われることとなる。縦割り行政の打破をこの20年のような掛け声倒れに終わらせず、「デジタル敗戦」からの脱却を図るためにも、デジタル庁のみならず、政府にも引き続きデジタル改革を進めていく姿勢が求められるだろう。 

9月29日に投開票がなされた自民党総裁選によって、デジタル庁創設に強い意欲を示し、取組みを主導してきた菅義偉首相が退任し、新たに岸田文雄前政調会長が新首相に就任する見通しとなった。岸田氏はデジタル政策に関して、「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、具体的な取組みとして5Gなどのデジタルインフラの整備や、デジタルデバイドの解消のためのデジタル推進委員の全国展開等を訴えていた。デジタル庁の取組みはまだ緒に就いたばかりであり、岸田政権にも引き続き取組みを前に進めていくことが期待される。デジタル庁も、「デジタル田園都市国家構想」もデジタルの力を活用して、一人ひとりの生活を豊かにすることが目的である点は共通している。新政権における、今後の動向を注視していきたい。
 
 

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坂田 紘野

研究・専門分野

(2021年10月04日「研究員の眼」)

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