コラム
2025年11月28日

大正期のデータに見る日本の暮らし-ビンテージ(過去)・データが照らすこれからの消費・社会(1)

生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

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■要旨
 
  • 過去のデータを紐解くと、四半期や年単位のトレンドだけでは見えてこない消費や社会の大きな流れや緩やかな変曲があることに気づかされることがある。
     
  • たとえば、今回取り上げる過去のデータは、今から100年前の1925年(大正14年)国勢調査 だが、当時の日本の総人口は、現在の日本の総人口の半分以下だが、直近5年間で実に+約370万人と「激増」している。
     
  • また、当時は、第一次世界大戦後の景気で、京浜・阪神・名古屋への工業集中が加速した時期で三大都市圏が形成期であったことがデータから見えてくる。100年前の産業に引き寄せられる人口移動と、現代の「東京一極集中」は、背景こそ違えど人口の集まる場所は絞られるという面で、現代の日本に連続しているようにも見える。
     
  • こうした過去のデータから、過去に起きていた社会や消費の変化を知ることで、なぜそれが起きており、これから何が起きるのかを、より深く洞察できることがある。それは、時間の経過によって独自の味わいや希少性が生まれるという「ビンテージ」という言葉を彷彿とさせる。
     
  • 複雑な時代だからこそ、過去のビンテージなデータを開き、単に表層のトレンドを追うのみならず、過去から現在、未来へと補助線を引き、その根底にある構造をいかに読むかが問われている様に思われる。


■目次

1――「過去のデータ」が語る未来への問い~なぜそれが起きており、これから何が起きるのか
2――100年前の日本にみる「都市化」の胎動~人口約380万人増の背景にあったもの
3――人口のかたちが示す「若い国」の姿~0~14歳が総人口のほぼ半分
4――20代後半~30代前半で多くが結婚する社会-今とは全く異なる結婚の常識
5――大阪市が日本最大の都市だった時代~都市の顔ぶれに映る産業と時代背景
6――過去のデータを読み返す意味~トレンドの根底にある構造をいかに読むか
7――ビンテージ・データを通して、揺らぐ未来に補助線を引く
 

1――「過去のデータ」が語る未来への問い

1――「過去のデータ」が語る未来への問い~なぜそれが起きており、これから何が起きるのか

個人的な話だが、郷土史が好きで各地の図書館・史料館や公文書館に足を運ぶことがある。古い資料や図面、公文書、統計表などが丁寧に保存されており、すでに電子化されたものもあれば、マイクロフィルムを通じてしか読めない資料もある。

また、地方に出向くときはその地域の歴史に目を通すようにしている。20年ほど前、地方のまちづくりの行政や商工事業者との会議の席上で、その地域が誇る祭事の伝統的な「山車」のことを「神輿(みこし)」と連発して大恥をかいてしまった経験からだ。史料を眺めていると、思わず、その地域の今の街並みや文化、そしてこれからの街の在り方に気づきを与える史実に出会うこともある。

データの世界で、公的統計や社会調査、消費者調査に長く関わっていると、日々の業務の中で思わぬ「過去のデータ」と出会う時がある。たとえば、2000年頃の消費者調査データを眺めていると、当時の人気家電の色は「赤」だった、という今では想像しにくいトレンドが残っていたりする。

こうした過去のデータは、単に懐古的な記録ではない。過去に起きていた社会や消費の変化を知ることで、なぜそれが起きており、これから何が起きるのかを、より深く洞察できることがある。

2――100年前の日本にみる「都市化」の胎動

2――100年前の日本にみる「都市化」の胎動~人口約380万人増の背景にあったもの

今回取り上げる過去のデータは、今から100年前の1925年(大正14年)国勢調査1だ。
 
当時の日本の総人口は約5970万人であり、現在の日本の総人口約1億2300万人の半分以下である。ただし、1920年は約5600万人であり、5年間で実に約370万人増(年平均+1.3%)と「激増」していることがわかる。当時は出生率が非常に高く、人口増加の主因は自然増であった(数表1)。
数表1:地方別人口表
また、地方別に見ると、都市化・工業化が進んだエリアほど増加幅が大きい。
 
たとえば、人口増加が突出した地域として、関東(+118.6万人)、近畿(+81.1万人)、東海(+38.9万人)となっている。当時は、第一次世界大戦(1914年~1918年)後の大戦景気により、京浜・阪神・名古屋への工業集中が加速した時期であり、いわゆる三大都市圏が形成期であったことがデータから見えてくる。 

一方で、北陸・四国(各+10万人)といった農村中心の地域は、出生率こそ高かったが、若い労働力が都市部へ流出する構造も見え隠れする。

また唯一、人口が減少している沖縄地方は、産業基盤が弱くハワイや南洋への移民流出が人口減の要因となっていたとされる。逆に、現代では日本で有数の出生率が高い地域となっており100年でまったく逆の姿になっている。
 
現在は、地方の大半が人口減に転じ、関東(とくに東京圏)だけが増えているが、100年前の「産業に引き寄せられる人口移動」と、現代の「東京一極集中」は、背景こそ違えど人口の集まる場所は絞られてくるという現象は、現代の日本に連続しているようにも見える。
 
1 「国勢調査ニ関スル法律」が1902年(明治35年)12月2日に成立し、第1回国勢調査は1905年(明治38年)に行われた。「国勢」という呼び名は、当時の「国の力を増し、欧米に追いつき追い越せ」という風潮があり、「国の勢力を調べる調査」というイメージを含ませることによって指導者の調査への賛同を得るという思惑があったという見方がある。安元稔編著(2007)「近代統計制度の国際比較--ヨーロッパとアジアにおける社会統計の成立と展開」日本経済評論社。
また、1925年国勢調査の調査対象者は、「大正14年10月1日午前0時に帝国の或地域に在りたる者、常住たると一時現在たるとの区別なく之を調査に加へ」「調査の時期に帝国の版図内に現在したるもの」とされている。

3――人口のかたちが示す「若い国」の姿

3――人口のかたちが示す「若い国」の姿~0~14歳が総人口のほぼ半分

1925年の人口構成をみると、あらためて「日本は非常に若い国」であったことわかる。特に若年人口(0~14歳)は総人口の約46.5%と半数近くを占めていた。言わば、人口ピラミッドの底が極めて厚く、大正~昭和初期は高出生率に支えられた人口構成であった(数表2)。
数表2: 各性人口1000人中 各年齢級に在る者の割合
また、15~39歳の就労世代も厚く、労働力は豊富であった。一方で、医療水準の制約から死亡率は高く、40代後半~50代で人口が急減しはじめる構造が確認できる。当時の平均寿命は男女共に50歳に満たなかった。また、乳児死亡率が高かったが男女差は小さく、当時からすでに女性のほうが長生き、という寿命差の兆候もみられていた。

4――20代後半~30代前半で多くが結婚する社会

4――20代後半~30代前半で多くが結婚する社会―今とは全く異なる結婚の常識

この背景にあるのが、結婚のあり方である。

若年層(~14歳)は未婚であるが、15~19歳で既婚者が増え始めており、当時の早婚文化を反映していることがわかる(数表3)。

20~34歳は既婚が一気に増加して、25~29歳、30~34歳で8~9割で既婚となる「20代後半~30代前半で多くが結婚する社会」であったことがわかる(数表3)。振り返って現代の20代の未婚は多数、30代でも約半数が未婚であり、家族構造・結婚観は100年で別風景となっている。
数表3: 各性・各年齢級1000人中 未婚、有配偶(既婚)、死別、離別の割合

5――大阪市が日本最大の都市だった時代 

5――大阪市が日本最大の都市だった時代~都市の顔ぶれに映る産業と時代背景

当時の都市ランキングを見ると興味深い。

1925年時点では人口で大阪市が日本最大の都市であり、東京市は関東大震災(1923年)の傷跡がまだ深く、復興途中であった。また、人口10万人以上の都市をみると、当時特有の産業構造がよくわかる。たとえば八幡市(福岡)は製鉄、呉市(広島)には海軍工廠があり、軍需・工業都市が人口上位に入る時代でもあった。

同様に地方では、広島・福岡・仙台・熊本・鹿児島・岡山など、今日の地方中核都市がすでに拠点として位置づけられつつあったことも確認できる(数表4)。
数表4:人口10万人以上の市の人口

6――過去のデータを読み返す意味

6――過去のデータを読み返す意味~トレンドの根底にある構造をいかに読むか

今回は、100年前の1925年国勢調査を振り返ってみた。

過去のデータを紐解くと、人口動態・都市構造・消費行動といった大きな流れの中には、四半期や年単位のトレンドだけでは見えてこないベクトルや緩やかな変曲があることに気づかされる。

たとえば、人口減少、東京一極集中、これらは突然起きた出来事というより、100年前から撒かれていた種が、さまざまな社会事象と相互に影響しあうことで顕在化してきた現象の様にも見える。

その一方で、長いスパンで見れば、地域のポテンシャルやダイナミクスは劇的に変わりうる。かつて人口流出に悩んだ沖縄が、現代では全国でも出生率が高く、逆に、開拓の地として人口が流入した北海道は、今では人口減少の最前線にある。これらの事実は、期待された未来は長期的には大きく揺らぐ、という当たり前の事実を示している。

複雑な時代だからこそ、表層のトレンドを追うのみならず、その根底にある構造をいかに読むかが問われている様にも感じられる。

7――ビンテージ・データを通して、揺らぐ未来に補助線を引く

7――ビンテージ・データを通して、揺らぐ未来に補助線を引く

「ビンテージ」という言葉は、時間の経過によって独自の味わいや希少性が生まれることを指す。

データについても同様で、大正期の国勢調査のデータの様に「時間を経ることで意味づけが変わる」「現在との差分が未来を考えるヒントになる」「人々の記憶から失われる社会の姿が残っている」といった、時を経たビンテージとしての価値が宿ることもある。
 
データとは、単なる数字の集まりではなく、ある時代の社会の断片を映した「記録」でもある。

不確実性が高いと言われる今の時代だからこそ、過去のビンテージなデータを開き、過去から現在、未来へと補助線を引きながら考える姿勢がより一層求められているのではないだろうか。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年11月28日「研究員の眼」)

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