2021年11月18日

自動運転は地域課題を解決するか(中)~群馬大学のオープンイノベーションの現場から

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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自動運転と街づくりをどのように連携させるか。新規開発したスマートシティの方が、導入に適しているのか。

百嶋徹・ニッセイ基礎研究所上席研究員(以下、百嶋): 次に、自動運転システムの社会実装とスマートシティ開発との連携について議論したいと思います。趣旨について少し御説明したいと思います。

いわゆる「グリーンフィールド」と呼ばれる新規開発型のスマートシティでは、交通・モビリティ・物流や気候変動問題に関わる社会課題を解決するために自動運転システムを実装する場合、街全体を同システムが高精度に作動し得る「閉じたODD(Operational Design Domain:運行設計領域)」と捉えることができる上に、自動運転技術に適した道路交通インフラを最初から組み込んで、街をデザインし、開発することができる。要は、グリーンフィールド型スマートシティと自動運転との親和性は、非常に高いと言えます。さらに言えば、グリーンフィールド型スマートシティは、社会課題解決のための最先端テクノロジーを先行的に街まるごとで応用・実践できる絶好のフィールドとなり得るのです。このため、従来はサイバー空間(仮想空間)でのビジネスをメインとしてきた巨大デジタル・プラットフォーマーが、自動運転の実装を含め、フィジカル空間(実世界)での街づくりに乗り出してくることがあってもまったく不思議ではない、と私は考えていました1

実際、グーグルを傘下に持つ持株会社アルファベットは、子会社ウェイモを通じて自動運転技術の研究開発で先行する一方、昨年撤退はしましたが、カナダ・トロント市のウオーターフロント地域でカナダ政府やトロント市が推進する最先端のスマートシティ開発プロジェクトに子会社サイドウォーク・ラボを通じて参画してきました。中国では、河北省雄安新区2で広大なエリアを対象とした大型のスマートシティ開発が進行中ですが、その中で自動運転の社会実装はバイドゥがけん引しています。また杭州市のスマートシティは、グリーンフィールドと言うよりブラウンフィールド型(既存街区)ですが、同市ではアリババが開発したスマートシティのデジタルプラットフォーム「シティブレイン」が導入され、AIを活用した道路交通情報のビッグデータ分析による交通取締・渋滞緩和が既に実現しています。

このように今、最先端のスマートシティ開発プロジェクトでは、最初から自動運転システムを街の交通体系に組み込むのが、世界的な潮流になってきています。さらにそこで巨大デジタル・プラットフォーマーなどの大企業が重要な役割を担っています。

一方、国内ではトヨタ自動車が富士山麓の工場跡地で建設中の「ウーブン・シティ(Woven City)」3が非常に話題になっています。そこでは様々なパートナー企業や研究者と連携しながら、人々が生活を送るリアルな環境の下で、自動運転だけでなく、MaaS、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム、AIなどの幅広い先端技術やサービスの開発と実証のサイクルを素早く回すと言い、まるで街まるごと「リビングラボ(Living Lab)」4みたいな話で大変興味深い。ウーブン・シティは、先端技術のスピーディーな社会実装で世界をけん引する米中に日本が一気にキャッチアップする突破口になり得る、本格的なオープンイノベーションの場として、私は非常に期待しています。

小木津先生はこれまで、前橋市の他に、全国の自治体でも実証実験をされていますが、海外を含めて、グリーンフィールド型のスマートシティで自動運転の実装をやってみたいというお考えはありますか。
 
1 先進的な街づくりやスマートシティ構築の在り方については、百嶋徹「地域活性化に向けた不動産の利活用」国土交通省土地・建設産業局『企業による不動産の利活用ハンドブック』2019年5月24日、同「スマートシティー 日本でも巨大プロジェクト進行 アフターコロナ対応も視野に」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2020年7月14日号、同「コロナと都市/DXの最終型はスマートシティで実現」不動産協会『FORE』2020年通巻118号を参照されたい。
2 2017年から大型都市開発が進行中。深セン経済特区や上海浦東新区に続く壮大な国家プロジェクトであり、習近平国家主席肝煎りの「千年の大計」と位置付けられている。全体の対象エリアは1,770㎢に及ぶ。一部竣工済みの地区でAI やロボットを導入し、自動運転バスや無人スーパーの実証実験が始まっている。中国の3 大IT 企業BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、いち早く雄安に拠点を設けて集結している。
3 トヨタ自動車が、静岡県裾野市の子会社工場跡地(約70.8万㎡)に建設しているグリーンフィールド型スマートシティ。網の目のように3本の道(自動運転モビリティ専用、歩行者専用、歩行者とパーソナルモビリティが共存する道)が織り込まれ合う街の姿から、この街を「Woven City」と名付けた。高齢者、子育て世代の家族、発明家を中心に、初めは360人程度、将来的にはトヨタの従業員を含む2,000人以上の住民が暮らすことが想定されている。
4 市民・生活者、自治体、NPO、企業などがサービス創出プロセスに参加し、生活者の利用行動の観察や評価、利用後
のフィードバックなどを行い、新製品・サービスを共創する取り組みを推進する場のこと。
小木津武樹・群馬大学次世代モビリティ社会実装研究センター副センター長(以下、小木津氏):  一言で言ってしまうと、「それはそれですね」と(笑)。グリーンフィールドは、お金を持っている人たちがドカン、ドカンとやるのが流行りです。中国だと、今出てきた企業さんがやられているし、アメリカだと、もしかしたらウェイモさんとかが動き出すのかもしれない。彼らがグリーンフィールドで新しい街を作ればいいんだと思う。いちばん最適で、超クールで、かっこいい街ができるでしょう。

ただ、それを日本で今からやるパワーとか経済力があるかというと、どうでしょうか。変な話、いきなり前橋市がいきなりそんなオシャレになっていくかというと、そうじゃないと思う。それよりも、私が大事にしていることは、今ある街の良さを生かしつつ、なおかつ、そこに必要とされている技術をいかに当てはめていくかです。

私はどちらかと言うと、自分のいる場所は、グリーンフィールドというより、逆に、比較的色づいて、古くて伝統のある趣のある地域に、いかに自動運転を難しいながらも入れていくかだと思っています。その道の知見やノウハウで差別化していかないと、逆に、ああいうウーブン・シティなどと、考え方が一緒になってしまう。ウーブン・シティには私も期待していますが、裾野市の他に、日本のどこでできるのかなというのが疑問です。もしかしたらお台場あたりがそうなのかもしれませんが。
百嶋: 前橋市さんでは、山本龍市長が先頭に立ってスマートシティに取り組まれており、政府の「スーパーシティ型国家戦略特別区域」に応募されています。市の提案資料を拝見すると、交通モビリティ分野に関連するところでは、実現したい姿として「パーソナライズされた交通の提供」と「どんな時でもつながる安全・安心の確保」が挙げられています。これを実現するためのサービス例として、自動運転バスや、先ほどご説明いただいた郊外部でのAI配車システムを活用したオンデマンド交通も記載されてあります。前橋市さんとして、このスーパーシティという特区の制度を使って自動運転をやっていくとすると、どういうところを国のお墨付きで規制緩和してほしいとお考えなのでしょうか。細谷さんは、「自動運転に必須な超高速通信網としての第5世代移動通信システム(5G)の整備の必要性」を述べておられますが5、例えばこの5Gインフラについて、規制緩和してもらうことによって、一気呵成に導入していくお考えなのでしょうか。
 
5 細谷精一、飯塚弘一(2019)「都市部基幹バスの自動運転導入に伴う環境基盤整備と交通課題解決」 アーバンインフラ・テクノロジー推進会議
細谷精一・前橋市未来創造部参事兼交通政策課長(以下、細谷氏): 政府のスーパーシティの枠組みは非常に構想が莫大で、いろんな分野を連携させるものですので、モビリティだけでは一言で片付かないですが、私が期待しているスーパーシティは、自動運転分野で規制緩和してくれということは、実は期待していません。確かにこの制度は、特区や規制緩和、省庁間の連携ということも利用できますが、交通に関しては、安全走行を確保するために道路交通法や道路運送法、道路運送車両法があるので、これを例えば、安全を度外視して緩和させてほしいとは思っていません。レベル3であれば、道交法の改正によって公道で走行できるようになりました6。国にも、自動運転の実装に向けた対応をしていただいているので、自動運転分野で何とか規制緩和してほしい、ということではありません。

ただ先ほどお話があったように、前橋市が目指す「パーソナライズされた交通の提供」ということのために、自動運転をする際に、例えば街中で運行する際にも貨客混載や荷物の配送ができるなど7、運用面で緩和をお願いするかもしれないなあと思っていますが、自動運転そのものの規制をとっぱらってくれとはあまり期待していません。

それ以上に、小木津先生のところの自動走行技術が確立されているし、法制度もそこに追随してくれようとしていますから。
図表1 水辺や緑の環境で市民がリラックスするコンセプトを採用している「前橋市アーバンデザイン」のイメージ
 
6 2021年4月施行の改正道路交通法では、「自動運行装置」の定義が整備されたり、「作動状態記録装置」による記録と保存が義務化されたりした。
7 現行法では原則、貨客混載が認められているのは過疎地のみ。
百嶋: 前橋市さんは、グリーンフィールドのような考え方で新たなスマートシティ開発をやってみようというお考えがあるのでしょうか。
細谷氏: 小木津先生のコメントもあったように、「それはそれで」と(笑)。私もそれはその通りだと思いますが、一方で、もしかしたら、前橋市の市街地は、違う意味の、新規開発ではないグリーンフィールドじゃないかと思っています。前橋市は現在、中心市街地で「リノベーションまちづくり」や、「官民連携のまちづくり」を進めています8。前橋市として「アーバンデザイン」を策定し、「グリーン&リラックス」をコンセプトとして用いています9。新たな用地を確保して街を創るのではなく、既存の街をリノベーションして、緑豊かで歩きやすい環境を創ろうというのが前橋市のアーバンデザインなので、こちらは実現の可能性は大いにあるのではないかと思っているところです。
 
8 市内の空き家や低未利用地などの有休不動産を活用して、官民連携で地域課題解決を目指す取り組み。前橋市が2019年に策定した中心市街地のまちづくりビジョン「前橋市アーバンデザイン」にも位置付けている。
9 「前橋市アーバンデザイン」の中で、まちづくりの方向性として、市内を流れる広瀬川や利根川に、市民が水辺に親しみ、レジャーを楽しむ空間を設けたり、建物を緑化したりと、水や緑の環境を整備してリラックスできる空間づくりを打ち出している。

自動運転サービスの収益性を上げるために

自動運転サービスの収益性を上げるために、何が必要か。

 坊美生子・ニッセイ基礎研究所准主任研究員(以下、坊): 次に、自動運転を持続可能なサービスにするために重要な、収益性の議論に移りたいと思います。収益性向上のためには、当たり前ですが、コストを抑える方法と、売上を上げる方法があります。まずコストを削減する方について、小木津先生にお伺いしたいと思います。小木津先生は、遠隔監視する人1人が、複数の自動運転車両を見ていく、つまり「1対n」の態勢を実現し、将来的にはnの数を増やしていくことで、より人件費を下げていく、とおっしゃっています。

一方で、レベル3やレベル4だと、遠隔監視であっても不測の事態が起きると介入しないといけない。とすると、「1対10」や」「1対20」ができるようになるとは思えないので、「1対n」の構想だけで人件費削減まで持っていくことには、限界があるのではないでしょうか。

小木津氏: 「1対10」になるかどうかについては、走行させる路線にもよります。予めきちんと計画して、走りやすい路線があるのであれば、それと組み合わせることで、「1対10」という世界も、もしかしたらあるかもしれないとは思っています。しかし、そもそも10までいかなくても、今までの既存のバスの運行に比べれば、自動運転の方が、コストを安くすることは実現できるのではないかと思っています。

「1対10」を実現可能にするために、技術を向上させていくことはもちろんですが、なるべく遠隔監視者による介入が入らないように、運用を工夫することによってnを増やしていくこともできると思います。運行する路線の計画、あるいは街づくりとして自動運転を入れていく上で、より走りやすいルートに実装していったり、走りやすいルートを選んだりしていくことによって、nを稼いでいく。技術と運用の両面で進めることによって、今後は徐々にnが増えていくのではないかなと思います。
 
坊: 小木津先生は先ほどAIについて、機能としては有効だが、自動運転システムには限定的に使うとおっしゃいましたが、それにはコスト削減という目的もあるのでしょうか。

小木津氏: AIを使うからコストがかかるとは思っていません。最近はAIも比較的コストの安いものが出てきていますし、カーメーカーさんの手にかかれば、大量生産しようとして、非常に性能の良いものを低コストにしていくという動きもあります。AIの費用が高いという考え方は、最近では通用しないかなと思っています。

したがって、安くしていく方法はいろいろあると思っておりまして、AIを使うかどうかというより、例えばセンサーでも、カーメーカーが使っている共通のセンサーが出回っていて、5年前のセンサーに比べると10倍ぐらい性能が良くなって、金額は100分の1ぐらいに下がりました。そういうセンサーをきちんとシステムに組み込んで、コストを下げていけばいいのかと思っています。AIはあくまで、コストよりも、機能上の有用性から使っています。

坊: コストを抑えるために、CRANTSさんではその他、自動運転専用車両を一から製造するのではなく、既存の車両に整備できる自動運転用キットも開発して、販売していらっしゃいますね。

小木津先生: おっしゃる通りです。キットも基本的には、交通事業者が、自動運転を導入することで人件費を安くし、費用を回収できるという世界観を示すためのものです。そのような方法で、各地域に導入を進めたいと思っています。
坊: 次に、売上をどう増やすかという部分についてです。広い意味で、社会受容性の議論に入るのかもしれませんが、私は自動運転になったとしても、ならないとしても、公共交通を持続可能にしていくための最大の難関は、乗客数をどう確保していくかだと思います。

前橋市の地域公共交通計画をみると、バスの交通手段分担率が0.5%と大変低い10。免許を持っていない人に限っても、バスは1%で、3割以上は車を使っている。要するに、家族などに車で送迎してもらっている。先日、群馬大学さんへ行きましたが、群馬大学の学生さんもマイカー通学が多いそうですね。要するに、文化的に前橋は非常に車社会になっている。今後、1%でも分担率を上げていかないと、やっぱり売上が増えてこない。

自動運転については、技術的、法的議論が盛んに行われていますが、結局、私は最大の問題は乗客の確保じゃないかなと思っているんです。乗客を増やすために、これという一つの解は無いと思いますので、ありとあらゆる方策で利便性を上げていくということかと思います。

前橋市さんが既に取り組んでいらっしゃる、バス事業者の共同経営やMaaSの取り組みも合わせて、既存のバス路線の利便性向上ということになるかと思いますが、いかがでしょうか。
図表2 公共交通に替わってデマンド交通を導入する前橋市郊外部 細谷氏: 前橋市の課題感や今後のビジョンは今おっしゃった通りです。

前橋市のバスの輸送分担率は0.5%。なおかつ、市民だけじゃなくて、前橋市に通勤で来る人も含めて0.5%しかありません。非常に由々しき問題です。一言でいうと過度な自動車社会です。これを持続可能な都市構造に変えていくには、公共交通の利用促進に取り組まなければならない。

そこで市は、第一に、現状のバス路線の再編に取り組んでいます。これまではどうしても、地域エゴがあって、「バス路線をこっちに引いてくれ」「こっちに増やしてくれ」ということで各地に路線を増やしてきました。実は利用実態が全くないまま走っている路線もあり、コストもかかって市

の財政負担も増えています。

無尽蔵に市の財政負担を増やしていく訳にはいかないので、根本的に、本当に必要なところに路線を再編しようと、ちょうど今、作業を進めているところで、いよいよ来年4月から大胆に実行する予定です。地域によってはバス路線をなくす場合もあるし、逆に、メリハリをつけて運行本数を倍増するところもあるし、という具合です。

総じて、市民誰でも移動しやすい環境を整えるために、路線バスと、先ほど述べた郊外部のデマンドバスを結節させて、市全体をネットワークさせた交通体系にするということが、利便性向上の基本です。でも、せっかく路線再編しても地域の方に知られないと全く使われないので、次に、知ってもらうためのツール、あるいは機会として、MaaSが非常に重要だと思っています11
図表3 前橋市のバス事業者6社による共同運営に向けたパターンダイヤの取り組みイメージ もう一つのツールとしては、前橋市内を運行するバス会社は6社あって、バス路線を使おうとしたときに、6社のホームページをそれぞれ見に行って、ダイヤと路線を調べないといけないのですが、手間がかかって利用しづらい。また、運行本数が少ないために、なかなか目的地にたどり着かないということがあるので、6社で等間隔運行を実現する、いわゆる共同経営を6社間で協議して、パターンダイヤ化を実現しようとしています。近々国の認可を得て、来年4月1日から市内のバス路線について、パターンダイヤ化しようとしているところです12

以上をまとめると、根本的にニーズがある地域にバス路線を充実する。そうではないところは地域内交通や、デマンド交通でカバーしていくという交通体系に組み替えていく。それを有効化するツールとして、MaaS環境を構築していることと、バス事業者間で連携して、利用者に分かりやすく案内する仕組みとして、共同経営という手法を使っているというのが基本的な前橋市の交通政策です。

それ以外だと、利便性向上ということで、AI配車タクシーの実験やバスロケ、バスが今どこを走っているかが分かるアプリを構築していたり、待合環境改善のためにバス停をハイグレード化したりしています。あるいは、バス路線でも、最寄りの停留所から目的地までのラストワンマイル移動の端末手段として、自転車も重要だと思っているので、シェアサイクルを今年4月から導入しました。いかにマイカーに頼らずに市内の移動ができる交通環境を目指すかという、そういうビジョンのもとに取り組んでいます。あれもこれもいっぺんにやっている状況です。
 
10 前橋市地域公共交通計画(2021年6月)によると、交通手段分担率は自動車75%、徒歩9%、自転車8%、鉄道3%、バイク0.7%,バス0.5%など(元の資料は2015年度群馬県パーソントリップ調査)。
11 前橋市では 、専用アプリでバス乗り放題のデジタルフリーパスを販売したり、マイナンバーカード認証でバスやデマンド交通の運賃割引を実施したりと、MaaSの取り組みを進めている。
12 国土交通省は2021 年9月24日、バス事業者6社が申請した「前橋市内乗合バス事業共同経営計画」に基づく共同経営を、独占禁止法特例法に基づいて認可した。
坊: 交通手段というのは、旅行のように、初めて行く目的地の場合は、何に乗るかを比較して考えると思いますが、いつもの買い物先や、いつもの学校、職場などの場合には、行動習慣になっているので、無意識にいつものルート、いつもの交通手段を選んでいると思います。ですから、日常生活において交通手段を変えてもらうというのはとても難しく、何かきっかけを工夫しないといけないなと思っているところです。

本対談の第1回では、関東・東北で路線バスなどを運行している「みちのりホールディングス」さんに参加して頂いたのですが、やはりMaaSについて、新たにバスを利用してもらうための手段、きっかけにしたいとおっしゃっていました13。バスの運営を工夫するだけでは、普段乗っていない人にはなかなか気付いてもらえない。そこで、例えば地元のお店で、商品とバスチケットを組み合わせたクーポンを発行してもらって、お店の人からお客さんに「バスに乗って店に来るとこんな良いことがあるよ」と宣伝してもらうと。自分たちだけではできないことを、小売との連携でやっていくとおっしゃっていました。

次に、公的支出について議論したいと思います。私は、公共交通は人々の生活に必要な基盤なので、公のお金を投じるのは仕方ないと思っています。でも、そもそもなぜ公のお金が必要になるのか、つまりユーザーの利用料だけでは費用を賄えないのかを考えると、結局、人々は「移動」というサービスに対して、そんなにお金を払わないからではないかと思います。安い運賃じゃないと乗らない。マイカーにはお金をかけていますが。

私はメディア出身ですが、交通は、少しメディアと似ていると思うところがあります。消費者は、ニュースにはあまりお金を払わない。ニュースは、生きていく上で必要だと思いますが、無料で入ってくるのが当たり前になっています。マスで紙を売っている新聞は一定程度、稼げますが、テレビは、ニュースを無料で流し、宣伝料で稼いでいる。ネットメディアも、ニュースや記事を配信していますが、それを看板にしてプラットフォームに来てもらって、別のサービスで稼ぐというビジネスモデルが多いです。

交通も、公共交通の運賃だけではなかなかマネタイズできない。だから昔から、高速バス等で内部補助したり、行政が赤字補填してきたりした。でも、コロナの影響で高速バスの利用も減って内部補助は難しくなっていますし、それ以前から路線バスの乗客も減って、行政による赤字補填はどんどん膨らんでいます。前橋市でも、年3億円以上が投じられています。

公共交通だから公的支出は仕方ないと言っても、財源には限界があるので、これからはもっと交通サービスが儲けられるように、何かを変えていかないといけない。その一つがMaaSかなと思います。乗合サービスを起点とした地域課題解決型のプラットフォームを作って、いろいろなサービスと連携できれば面白いかなと思います。
小木津氏: メディアではユーザーから料金を取らないですが、交通だと逆に、ユーザーから料金をもらい、広告でも収入を確保し、さらに物流にも活用する方法もあると思います。その他、地域にショッピングモールがあれば、モールは地域に来てもらうことが収益に係わるので、連携した取り組みができる。自動運転に限らず、交通と他業種をつなげていく取り組みは、進めていくべきだろうなと思っています。特に自動運転の場合は、デジタルというツールを使うことによって、より他業種が近づきやすい状況を作れるので、そういう意味でもアドバンテージがあるのかなと思います。

細谷氏: 前橋市では、路線バスへの赤字補填が年間3億5,000万円を超えています。コロナ禍の影響で、一時的かもしれないが、昨年度は4億を超えました。今後、コロナ禍で減った乗客数が完全に回復するとは思っていないことと、内部補助に用いられてきた貸し切りバスもなかなか振るわないということもあるので、バス会社の経営は非常に厳しい状況にあります。

そのような状況で、これまでは「バスは社会的インフラだから赤字補填は仕方ない」という考えもありましたが、さっきお話ししたように、「走ってさえすればいいや」というような雰囲気があり、お客さんが乗ってもいないのに運行しているところがあった。

だから根本的に、ニーズがあるところに路線を再編しましょうと、今切り替えようとしていますが、そういうことで多少なりとも利用が増えれば、多少なりとも赤字補填が減るんじゃないかと期待しています。それから、自動運転社会になってドライバー経費が、「1対n」のnの数が増えるにしたがってコストを縮減できるので、赤字補填の縮減ができるのではないかというのが現状の考え方です。 

また、交通に公的負担をする根拠の一つとして、市民の健康づくりの問題もあるのではないかと思います。私はいつか、前橋市と、例えば公共交通が発達している都市との、交通手段の違いによる健康寄与度の差を分析したいと思っているんです。いま0.5%しかバスに乗っていない前橋市民のメタボの割合が、もっとバス利用が多い地域に比べて、どれぐらい高いのか。結局、医療費が大きく膨らんでいるのではないかと。あるいは、公共交通で街中へ行くことによって、商業振興だったり、街が活性化もする、経済効果もあるので、移動支援、移動環境というものに対しては、ある程度、公的な負担があっても仕方ないのではないかという気はしています。


(この対談は、2021年8月18日、オンラインで実施しました)
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社会研究部

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

(2021年11月18日「ジェロントロジーレポート」)

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