2021年11月16日

気候関連リスクへの保険対応-アクチュアリーは気候関連リスクにどう取り組むべきか

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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6――リスクと資本の管理

気候関連リスクをERMにどのように組み入れるか。ペーパーでは、何点か、考え方を示している。

1リスクカテゴリーごとに、気候変動リスクの高低がもたらされる
気候関連リスクは、異なるリスクカテゴリーに、異なる方法で影響を与える可能性が高い。リスクカテゴリーごとに、つぎのように、リスクの高低の影響が生じるものと考えられる。
図表7. リスクの分類
2資産運用でも運用のポジショニングを慎重にとる必要がある
気候関連リスクの管理は、ガバナンスやERMの枠組み、リスク管理方針の中で考慮する。そのうえで、リスク許容度ステートメントの作成、リスク対応、シナリオ分析などの実務で、対応していく。

保険会社では、ORSA報告書(リスクとソルベンシーの自己評価に関する報告書)において、気候関連リスクの影響について記述を考慮することが考えられる。また、保険会社の取締役会は、保険引受、価格設定、マーケティング、資産運用、リスク管理等において、気候関連リスクの影響を検討すべきである。
図表8. 気候関連リスクの影響の考慮
3資本の充実度を検討するときにも、気候変動リスクを考慮する
アクチュアリーは、数理モデルを用いて、保険会社のビジネスモデルの潜在的な脆弱性、資本の適切性、既存・代替の事業戦略の実現可能性を特定して、調査・分析を行うことがある。気候関連リスクの不確実性を考慮すると、発生する可能性のある影響の性質、範囲、タイミングの変化に応じた適切なシナリオを検討する必要がある。

一般に、資本の安定化は、長期にわたって保険契約者や顧客に対して一定水準の保障を提供するために望ましい。併せて、混乱が生じる可能性を踏まえて、保険会社は、自己資本への潜在的な影響を判断し、さまざまなリスク軽減やリスク回避措置の効果をみるために、ストレステストや損失シナリオを通じて、さまざまな検討をしておく必要がある。その検討には、再保険、ポートフォリオのモニタリングの改善、保険契約の厳格な取り扱い、個別の保険事業からの撤退などが含まれることがある。場合によっては、顧客にとって、手に負えないほどの保険料上昇につながる可能性もある。

7――資産運用の管理

7――資産運用の管理

保険会社や年金基金の資産運用ポートフォリオは、気候関連リスクの直接的影響や相関関係により、価値が予想よりも下がるリスクがある。保険会社は、そのリスクを軽減または回避すべく対応する。

アクチュアリーは、採用される資産運用戦略について、保険会社の取締役等、年金制度の受託者や管理機関への助言業務に従事する場合がある。そうした助言を行うためには、資産運用ポートフォリオにおける気候関連リスクを測定して、その管理を行う適切な方法に精通していなければならない。

さらに、年金基金やその他の運用機関は、その運用が環境に責任のある行動に対する国民の需要の高まりに沿ったものであり、これらのリスクを考慮する受託者責任を適切に果たしているかどうか、という問題に直面する可能性がある。したがって、単に金融のリスクとリターンの問題にとどまらず、法的リスクや風評リスクに関連する問題にも、広範に視野を広げていくことが求められる。

気候関連リスクの資産運用管理での取扱いとして、次のものがあげられる。
図表9. 気候関連リスクの資産運用管理での取扱い

8――情報開示

8――情報開示

金融市場では、気候関連のリスクに対する認識が高まり、注目が集まっている。気候変動問題が、さまざまな国や分野の企業に影響を与えることを踏まえれば、企業が直面しているリスクの評価と、そのリスクを特定、管理、軽減するための企業行動について、広範な情報開示を求めるステークホルダーの声が高まっていくことは不思議ではない。

アクチュアリーは、保険会社、年金基金等のための情報開示の支援や助言を求められる可能性が高い。また、保険会社、年金基金等の投資先企業の情報開示は、資産運用の持続可能性を理解するのに役立つので、アクチュアリーにとっても、関心があるところとなろう。

9――アクチュアリーへの示唆

9――アクチュアリーへの示唆

つづいて、ペーパーでは、アクチュアリーの業務が、どのように気候変動や社会経済的な影響を受けるか、という示唆を示している。次の表は、その位置づけを示している。
図表10. アクチュアリー業務への気候関連リスクの影響

10――つぎのステップ

10――つぎのステップ

最後にペーパーでは、アクチュアリー会と、アクチュアリー個人が、気候関連リスクに関連して、何ができるかをまとめている。

1アクチュアリー会は、研究開発、会員の専門能力開発、規制環境の整備を進める
アクチュアリー会は、つぎの分野において、気候関連リスクへの取り組みに貢献する。

(1) 研究開発への取り組み
アクチュアリー会報誌で、気候関連のリスクについての研究を促進する。また、気候関連の委員会や部会を設ける。学界とアクチュアリーの専門職の間のパートナーシップは、アクチュアリーの気候関連の研究を推進し、専門性を位置づけるために不可欠といえる。

(2) 会員の教育・訓練と継続的な専門能力開発
アクチュアリーは気候関連のリスクに精通し、少なくとも基本的なレベルの教育・訓練を受ける必要がある。アクチュアリーの専門機関は、場合によっては他の専門機関や学術機関と協力して、その教育・訓練を提供する役割を持つ。

(3) 規制環境の整備
気候関連リスクに関連する問題に対処する上で、規制当局及び監督当局を支援するための積極的なアクチュアリーの関与は、特に金融サービス部門にとって重要である。金融サービス部門では、国際的、地域的な規制当局が、これらの問題に自ら取り組んでいる。

2アクチュアリー個人には、情報提供、リスクに関する学習、専門知識の構築が求められる
アクチュアリー個人が気候関連のリスクを認識し、その対応力を高めることも必要である。

(1) 専門的責務
気候関連のリスクは、あらゆる実践分野にさまざまな形で影響を与える。アクチュアリーは、専門的権限の範囲内で最新の動向を把握し、気候関連のリスクと保険数理実務分野への適用性に精通する、という専門的責務を負う。

(2) 気候関連のリスクと適応の価値について学ぶ
ほとんどのアクチュアリーにとって、気候関連のリスクを測定し、それに対応するための技術と、それぞれの業務分野に関連する適応対応について、幅広い教育・訓練を受けることが適切となろう。

(3) さらに深い専門知識の構築
気候に関連したリスクの影響を受ける特定の分野には、損保における大災害モデル、年金や資産運用における二酸化炭素排出量の測定、アクチュアリー気候関連指標の開発などの専門的なスキルが必要となる。専門分野での実践には、その分野でのさらなるトレーニングとスキル開発が求められる。

11――おわりに (私見)

11――おわりに (私見)

本稿では、IAAのペーパーをもとに、気候変動シナリオの設定に関する事項についてみていった。今後、気候変動問題への注目度がさらに高まるにつれて、シナリオ設定を含むリスク管理の方法について、研究機関の調査や、さまざまな企業の取り組みが進むものと考えられる。保険や年金制度に携わるアクチュアリーにとっても、気候変動リスクへの対応や、それへの取り組みに関する情報開示等が進展していくであろう。

引き続き、それらの動向に注意していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年11月16日「保険・年金フォーカス」)

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