2021年11月16日

気候関連リスクへの保険対応-アクチュアリーは気候関連リスクにどう取り組むべきか

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

1――はじめに

気候変動問題への注目度が、世界的に高まっている。保険業界でも、損保で、気候変動に起因するとみられる自然災害の多発により保険金の支払いが増加するなど、事業への影響が拡大しつつある。

そんななか、国際アクチュアリー会(International Actuarial Association, IAA)は、2020年9月に、「アクチュアリーにとっての気候関連リスクの重要性」と題するペーパー(以下、ペーパー)を公表した1。本稿では、その内容をもとに、気候変動のリスクについて、考えてみることとしたい。
 
1 “Importance of Climate-Related Risks for Actuaries”(IAA, Sep. 2020)

2――アクチュアリーと気候変動

2――アクチュアリーと気候変動

ぺーパーでは、リスクや資本管理等の実践的な話に入る前に、アクチュアリーが気候変動問題に寄与していくべき理由をまとめている。従来、アクチュアリーは、保険や年金制度の設計者・管理者として、金融や保険のリスクに対処してきた。近年、気候関連のリスクは世界各地で顕在化し、住居、インフラ、事業等に損害や損失をもたらしつつある。災害の発生や気候の長期的変動は、人間の健康、罹病率、死亡率、寿命にも影響を与え、金融市場での資産価値の変動にもつながる。また、気候変動に伴う、消費者や投資家の行動変容は、さまざまなリスクや機会を生み出す。そこで、アクチュアリーには、これまでのリスク管理の知見を活かして、以下のような役割を果たすことが求められている。
図表1. アクチュアリーの気候変動問題への寄与 (主なもの)

3――気候関連リスクの内容

3――気候関連リスクの内容

つづいてぺーパーでは、気候関連リスクについて、物理的リスク、移行リスク、法的リスクと風評リスクに分けて、概要を解説している。

1物理的リスクには、急性のものと慢性のものがある
物理的リスクには、気候変動が引き起こす、急性(短期的)または慢性(長期的)のリスクがある。企業は、各種財産への直接的な損害や、サプライチェーンの混乱による間接的な損失など、さまざまな財務的影響を被る可能性がある。また、企業は、水資源の利用可能性、立地、操業、サプライチェーンをはじめ、従業員の安全をおびやかす極端な気温変化によっても、影響を受ける。保険会社や年金基金は、こうした資産側のリスクに加えて、給付の増大という負債側のリスクにもさらされている。特に、保険会社は保険事故を通じて、以下のような物理的リスクにさらされている。
図表2. 保険会社がさらされる物理的リスクの例
2移行リスクは、政策導入、技術革新、市場変化の3つのリスクに分けられる
低炭素経済に移行するためには、気候変動に関する緩和や適応の要件に対応するための、広範な政策導入、技術革新、市場の変化が必要となる。これらの導入、革新、変化の、性質やスピードによって、保険会社を含めて、企業には、さまざまなレベルのリスクがもたらされることとなる。
図表3. 移行リスクの内容
3社会で気候変動問題の認識が高まるにつれて、法的リスクや風評リスクが重視されてきた
近年、気候関連の訴訟が増加している。背景として、気候変動による損失や損害についての認識が社会で高まっていることが挙げられる。また、それとともに、低炭素経済への移行への貢献等に係る風評リスクも重視されるようになってきた。
図表4. 保険会社がさらされる法的リスクや風評リスクの例

4――気候関連リスクに関する数理モデルの設計

4――気候関連リスクに関する数理モデルの設計

一般に、アクチュアリーは、保険商品や年金制度の設計、価格設定、リスク管理を行うにあたり、数理モデルを構築し、運用している。気候関連リスクは、モデルの前提となる基礎データの不確実性を増大させる。したがって、その影響を踏まえた、モデルの構築、運用が必要となる。

1炭素集約型の企業価値が低下するなど、資産運用の前提が変わる可能性も
モデルでは、保険の価格設定、年金制度の準備金の積み立てなど、さまざまな目的のために、将来の運用収益を仮定する必要がある。すなわち、運用ポートフォリオに対する、気候関連リスクの影響を検討することが必要となる。

環境、社会、ガバナンス(ESG)は、健全な事業運営を目指す保険会社にとって、ますます重要になっている。その結果、今後は、たとえば炭素集約型産業への資金貸付や、そうした企業が発行する「ブラウン債」などでの有価証券運用は引き揚げる、といった動きも出てこよう。その結果、こうした企業の価値が低下し、資産運用戦略の見直しが遅れた保険会社の運用収益が減少することが考えられる。

これらの影響の内容や時期は、それぞれの資産運用の性質、場所・地域、産業セグメント、企業経営の質などの諸要因によって異なる。一部には、ソーラーパネル生産や洪水対策に携わる企業など、気候変動の恩恵を受ける企業もあるかもしれないが、その恩恵が永続するかどうかは不明である。
2死亡率・罹患率の前提の変化
モデルでは、生命保険や医療保険などで、気候変動から生じる人口統計上の仮定への影響と、その結果生じる死亡率、罹患率の変化を考慮する必要がある。これらは短期的な発生率の上昇だけでなく、栄養失調、呼吸器疾患の蔓延から暴風雨災害といった、広範な長期的な影響をもたらす可能性がある。
図表5. 死亡率・罹患率への影響の例
3損保の給付想定も見直すことが必要
損保の保険商品は、毎年、契約を更新するタイプが中心となっている。このことは、更新時に保険料率を変更するといった、事後的な調整を可能としている。ただ、将来発生する、気候関連の大規模災害の頻度や深刻度は、過去に経験したものとは異なることが考えられる。このため、数理モデルにおける、給付想定を見直していく必要がある。その他にも、つぎのような事項の考慮が求められる。
図表6. 損保の給付想定で考慮を要する例

5――保険商品管理

5――保険商品管理

商品の開発、価格設定、コンプライアンスなどを含む保険商品管理は、アクチュアリーの主要な業務の一部となっている。この分野では、保険に加入する顧客の保障ニーズ2と、保険会社の資本収益率や年金制度の受け入れ可能な資金調達コスト等の、バランスを取ることが重要となる。顧客が公正に取り扱われ、保険や年金事業が健全に持続可能な原則に従って行われることが、基本的な考え方だ。
 
2 たとえば、住宅を所有する人が、自宅を危険から守るために火災保険に加入する。農業従事者が悪天候に備えて、作物生産収入の補償を求める、など。
1保険の価格設定や保障の除外は慎重に行うべき
当面の課題は、気候関連のリスクと、顧客、株主、投資家等の関係者のニーズに照らして、保険商品を適切に設計し、価格を設定することといえる。発生率や被害額の増大に伴って保険料率を引き上げたり、洪水や森林火災などの気候関連の影響を受けやすい地域で保険を適用除外としたりする事象を極力抑えるために、ESG基準に従った持続可能なアプローチをとる必要がある。

しかし、こうしたアプローチは、一面的なリスク検討に陥りやすいため、注意を要する。たとえば、リスクごとに契約群団を細分化して、価格設定の粒度を向上させることは、保険料率とリスクのマッチングを高める。しかし、同時に、契約群団が小規模化して、リスクプールを減らすことにもつながる。その結果、最も保険を必要とする人々に、手頃な価格で保険を提供できなくなる可能性がある。

また、特定の気候関連リスクに対する保険適用の制限は、保険会社の給付支払を軽減する可能性がある。しかし、その一方で、顧客ニーズを十分に満たすことができず、地域内等で保障格差を引き起こしてしまう可能性がある。こうなると、民間保険事業に対する信頼度の低下は避けられない。

2資産運用面でも運用のポジショニングを慎重にとる必要がある
運用マネジャーは、気候関連リスクに対する運用ポジションから生じる、ベンチマークとリスクの関係の適正化にも苦労している。気候関連リスクに対処しようとすると、予期せぬ顧客行動や、追加のリスク管理、商品管理を要するリスクにつながる可能性がある。

保険商品管理を成功させるためには、保険契約者の金融上の利益と、気候変動の改善行動の方向性を一致させるような商品を開発することが挙げられる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【気候関連リスクへの保険対応-アクチュアリーは気候関連リスクにどう取り組むべきか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

気候関連リスクへの保険対応-アクチュアリーは気候関連リスクにどう取り組むべきかのレポート Topへ