2021年11月15日

進む育児・教育の‘家族化’(中国)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

文字サイズ

1――家庭での子どもへの‘しつけ’も国が法律化

5月の国勢調査によって、生産年齢人口や総人口の減少という国力減退のリスクが表面化した中国では、子どもの出生から成年になるまでの育児や教育に関する施策が相次いで発出されている。

5月末には、1世帯に子ども3人という出産奨励に切り替え、7月には小・中学生に対する宿題の軽減、塾などの学外教育の負担軽減を打ち出した。8月には、未成年者に対するオンラインゲームの提供を金曜、土曜、日曜、祝日の午後8~9時までの1時間のみとした。

加えて、10月には子どもの教育に関する保護者の責任強化などを盛り込んだ家庭教育促進法も成立している(2022年1月から施行)。保護者は、子どもの勉強、休息、娯楽、運動などの時間をきちんと管理すること、道徳、勤勉、節約、法律順守などの基本的なしつけや教育に責任を持つことなどを規定している。また、地域の住民委員会などの組織が保護者の勤務先、子どもが通う学校などと密接に連携し、家庭教育に怠慢があった場合は、保護者に対して指導を行うなども盛り込まれている。
 
従前の一人っ子政策は、国が世帯における出生数を厳しく制限するものであった。出生数を制限された中で生まれた子どもに対する親の期待、愛情、それにともなう教育への投資は過大となる傾向にあり、それが教育事業やゲームなどのアミューズメント事業の成長を側面的に支えていた点は否めない。

しかし、出産制限が緩和され、むしろ出産奨励に転ずると、今度は少ない子どもをどう育てていくかについて国による管理や介入の強化が進んでいる。子どものしつけや教育は家庭内の問題から、国が管理すべき問題に引き上げられ、出生から成年に至るまで別の規制や制限が加わる状況となりつつある。
 
一番大変なのは働く30~40代の一人っ子世代であろう。自身も社会において厳しい競争に晒され、長時間労働の日々にある。出産しても保育所が不足している状況にあるので、自身の親世代とともに家庭内での育児に奮闘するという、育児の家族化が定着している。更に言えば、自身の親など高齢者の生活サポートや介護についても視野に入れた準備をする必要もある。それに加えて、日々のしつけや子どもの遊びにも国による新たな管理や規制が入るわけである。

2――子どもの睡眠に最も影響があるのは

2――子どもの睡眠に最も影響があるのは、「毎日、宿題をする時間が長すぎる」こと

別の視点から考えると、教育事業やアミューズメント事業への規制強化は、そこから派生する社会問題を改善する一助にはなろう。例えば、非正規の学習塾や悪質な広告の淘汰、オンラインゲームなどのネット依存症を予防する上でも一定の効果はあろう。

また、小・中学生の宿題の軽減には、睡眠や健康の改善につながる可能性もある。中国の調査会社iResearchの『中国青少年児童睡眠健康白書』(2019年)1によると、青少年や児童の睡眠に影響する要因としては、「毎日、宿題をする時間が長すぎる」が66.8%と最も多かった(図表1)。「スマートフォンなどの電子機器をいつも見ている」は27.0%、「ゲームで遊んでいる」は11.6%といったように、娯楽要因は相対的に低く、宿題の時間の長さの教育要因が突出している点を示している。同報告では、睡眠時間は、子どもの気力や情緒、認知力、学習能力の向上にも影響を与えるといった点においても重要としている。
図表1 青少年・児童(6-17歳)の睡眠に影響する要因(複数回答)
 
1 調査対象年齢は6-17歳の青少年、児童とその家族(家長)。最終的な有効回答件数は67564件(6-12歳とその家長による回答25,225件、13-17歳とその家長による回答が42,339件)

3――育児・教育の更なる家族化

3――育児・教育の更なる家族化、規制強化は、少子化対策において‘諸刃の剣’となる可能性も。

これまでは、一人っ子政策や経済の高度成長によって、学習塾など学外教育の市場が成長し、家族以外がそれを担うことによる脱家族化が進んでいたと考えられる。学外教育を市場に委ねることで、子どもの学習能力を伸ばし、教育の機会を増やすこともできるし、家庭内における教育負担の軽減により女性の労働参加を促進させたという利点もあろう。
 
しかし、上掲のような国による施策は、育児のみならず、市場が担ってきた学外教育の家族化という、これまでとは逆行する方向に進むことになる。中国社会は、市場経済が成長し、グローバル化、デジタル化の進展によって大きく多様化している。現在の都市生活や、労働環境、受験事情などの現況を考慮しない学外教育の家族化や、国による家庭内教育への規制強化は、最終的に家族内の女性の負担増に向かうことになる。これは政府が考える少子化対策に逆効果をもたらし、女性が第2子、第3子の出産に対して、これまで以上に二の足を踏んでしまうという状況を招きかねない。国が重点的に介入すべきは、現況に見合った教育市場の健全化やその規制の整備、教育や受験のあり方の多様化、保育所の増設や、女性が子育てしやすく働きやすい環境・制度の整備にあるのではないであろうか。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2021年11月15日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【進む育児・教育の‘家族化’(中国)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

進む育児・教育の‘家族化’(中国)のレポート Topへ