2021年10月22日

エピックゲームズ対Apple地裁判決-反トラスト法訴訟

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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7――地裁の判断 (4)法のあてはめ

1|関連市場およびAppleのシェア
これまで述べてきた通り、裁判所は関連市場としてモバイルゲーム取引市場とする。地理的市場としては中国を除く全世界が含まれる。

そしてAppleのモバイルゲーム取引市場におけるシェアは57.1%であった。
2|シャーマン法1条とシャーマン法2条の適用
シャーマン法1条は日本でいう不当な取引制限(カルテル)を規制するものであり、具体的には「…取引又は通商を制限するすべての契約,トラストその他の形態による結合又は共謀」を禁止する。他方、シャーマン法2条は私的独占を規制するものであり、具体的には「…取引又は通商のいかなる部分を独占化し,独占を企図し,又は独占する目的をもって他の者と結合・共謀する」ことは禁止される(図表8)。
【図表8】シャーマン法1条と2条(%は市場シェア)
Appleの行為の性格は基本として単独行為であり、私的独占を禁ずるシャーマン法2条の適用をまず検討すべきことになる。裁判所は、Appleが独占力を有しているかを検討する。独占力は直接的な立証として、「制限された産出量(output)と超競争的な価格」を証拠立てるか、あるいはより一般的な立証として「関連市場において支配的なシェア」があり、かつ「参入に重大な障壁」があることを示す必要がある(図表9)。
【図表9】独占力の立証
裁判所は、超競争的な価格に懸念を示しつつも産出量が減少していないことから直接証拠による独占力の立証を否定した。間接証拠に関してはシェアが57.1%と一般的なメルクマールである65%を下回っているほか、参入障壁が抑圧的にまで高いとは言えないとして、独占力にかなり近いとしつつ、市場支配力の程度にとどまると判示した。したがってシャーマン法2条の私的独占には該当しないとの判断を行った。

他方、シャーマン法1条が規制するのはいわゆる共同行為であり、Appleが単独で自社規約を遵守するゲーム開発者とのみ取引を行うとするのは通常、射程の範囲外である。単に取引を拒絶するだけであれば健全な競争の現れでしかない。ただし、取引条件の公表と取引を拒絶することを超え、規約遵守を強制するような場合はシャーマン法1条の対象範囲となるとする10。ここで、Appleの規約の遵守を強制するという程度まで至っているという証拠がないとしつつ、裁判所は、特にアンチステアリング条項を含め、反競争的で初期の反トラスト法的行為に関連する事項として判断を留保する。

そして、不当性に関する分析=合理性テスト(rule of reason)により分析する。ここでの分析は上記6-1で述べたとおりであり、アプリ配信制限およびアンチステアリング条項は反競争的影響を有するが、セキュリティの確保や知的財産権などの点で一応の正当化根拠は存在し、かつ同じ目的を達成するより制限的でない手段についてエピックゲームズは示せておらず、したがってシャーマン法1条に反するものでないと判示した。
 
10 判決文p142
3|シャーマン法1条のもとでの抱き合わせ販売
シャーマン法1条の下では、抱き合わせ販売が禁止される。抱き合わせ販売は(1)被告が2つの別個の製品又はサービスを結びつけたこと、および(2)被告が抱き合わせ(tying)製品市場において、被抱き合わせ(tied)製品の購入を強制するだけの経済力を有すること、および(3)抱き合わせ契約が被抱き合わせ製品に少なくない影響をもたらすことである。

しかし、上記4-3で述べた通り、裁判所はIAPを独立した別個の製品とは見ておらず、抱き合わせ販売の禁止についても違法性はないとした。
4|カリフォルニア州カートライト法
カートライト法(Cartwright Act)では「資本、技術、または二名以上の行為であって、商業および取引において制限を作り出し実行するものとして定義づけられる、すべての信託(trust)」を「不法、公共政策違反かつ無効」とする。この法律については、裁判所はシャーマン法と射程を同じくするというAppleの意見に同意しており、上述の通り、シャーマン法1条、2条ともに違反行為を認定していないことから、カートライト法にも違反していないと判示した。
5|カリフォルニア州不公正競争法
カルフォルニア州不公正競争法(Unfair Competition Law、UCL)は不公正競争を禁止する。不公正競争とは「違法、不公正または詐欺的な事業行為または慣習」と定義される。

UCLでは原告は(1)実際の損害として認定するに足りる金銭または財産の損失またははく奪の立証、および(2)経済的損害が不公正な事業慣行によりもたらされたものと示すことが求められる。

まず裁判所はエピックゲームズが、Appleと競合するアプリストアを開設することができなかったことから、自社アプリストアからの収入を得られなかったという経済的損失があるとする。エピックゲームズは消費者ではないが、疑似消費者(quasi-consumer)と言え、要件(1)は満たす。問題は(2)のほうで、これまで検討してきたように反トラスト法違反とは言えず、法律違反とは言えないとする。ただし、UCLのもとでは、反トラスト法の初期(incipient)の違反、および反トラスト法と「同等の」効果を有する法の政策又は趣旨に違反する行為が禁じられるとの判例がある。そして、UCL訴訟の性質は、衡平法上のものであり、裁判所は正義の実現のために衡平法上の救済を与える広範な裁量権を有する。上述の通り、証拠によれば反競争的効果を幾分か見ることができ、またAppleは過剰な営業利益率を得ている。競争の欠如は、情報の欠如を招き、同時に、得られる利益に照らし、イノベーションが欠如する結果となった。裁判所はAppleの得ている高額の営業利益率は正当化できないとする。

エピックゲームズは現時点での反トラスト法違反を立証できなかったが、アンチステアリング条項は、AppleのOSプラットフォームのユーザーによる情報を与えられたうえでの選択(informed choice)を回避することで反トラスト法の初期違反にあたるものである、さらにアンチステアリング条項は、法の政策や趣旨に反する。なぜならばアンチステアリング条項はプラットフォーム間の代替を抑止する効果を持つからである。したがって、アンチステアリング条項はUCLの不公正慣行へのあてはめテスト(tethering test)に合致する11

次に比較テスト(balancing test)で「被告の行為の有用性と被害者への損害の重大性」を比較する。ここでは疑似消費者であるエピックゲームズの損害が大きい。他方、Appleはブラックボックスであるアプリストアを構築し、他のプラットフォームでデジタルコンテンツを購入できることについて沈黙を強制した。Appleはこの点について、「その権利がある」としか主張しておらず、超競争的な価格と利潤を得た。損害が利益を超えるためUCLの比較テストでも違反が認定できる。

UCL違反の行為に対する救済は差し止め命令である。したがって裁判所はAppleに対してアンチステアリング条項をゲームアプリ以外も含めて全面的に廃止することを命ずる。具体的には(1)アプリとメタデータ、ボタン、外部リンクまたはその他の呼びかけであって、消費者にIAP以外の購入手段を示すこと、および(2)開発者が、顧客がアプリ登録時に自発的に得た接点を通じたコミュニケーションを行うこと、のいずれも禁止してはならないとする。

なお、Appleは反訴を提起しており、契約違反による解除が有効であることの認定や、エピックゲームズのホットフィックスによって失われた利益の返還を求めた。裁判所はこれらの主張を認めたが、弁護士費用などは各当事者負担とした。
 
11 判決文p164

8――検討

8――検討

本判決はプラットフォームでの支払い手段に関する貴重な先例となった。地裁レベルであるが、今後この判断を基軸に各種の議論が行われることが想定される。

さて、この判決の言ったこと言わなかったことをまずは整理してみたい。

これまでの事例としては、EU委員会において、Spotifyの申立てに基づいて審理が行われ、音楽ストリーミングサービスにおけるアプリ内購入でのIAP使用強制と、アンチステアリング条項のいずれもが競争法違反であるとの暫定的見解が出ている。これと比較すると、(1)本判決では、アンチステアリング条項のみを違法としているという側面ではEU委員会の暫定的見解よりも狭い。しかし、他方(2)ビデオゲームというAppleが事業を営んでいない(=開発者とAppleが競争関係に立たない)関係においても違法性を認めたという意味で、EU委員会暫定的見解よりも広いと言える。そしてゲーム関連に限定せず、アンチステアリング条項そのものの削除を命じている。

アプリ内購入でのIAP利用強制については、裁判所は関連製品ではなく、市場が成立していないとして違法ではないとした。ただ、ここでデジタルゲーム開発者から徴収される30%の手数料は、判決文によれば、ほかのコンソールゲームやPCゲームも同様の水準であったとのことであり(訴訟に併せて一部引き下げはあった)、不当な不利益を与えたり、競争上有利に立ったりするとは言えなかったことが推測される。

他方、アンチステアリング条項を州法で処理したことについては理解が難しい。日本にはない衡平法(equity)を基にして、あてはめテストと比較テストを実施したうえで違法性を認定している。日本の独占禁止法でも同様の判断が行えるか判断は分かれるところであろう。

ロジックは別として、知的財産やセキュリティの確保という主張を持ち出しても、他のデジタル企業でも得ていないほどの高額な営業利益率(72%)を上げていることが正当化できなかったというのが最終的な判断の分かれ目になったものと思われる12

判決は消費者価格が上昇したとは認定していないが、ゲーム開発者の利益が損なわれたとしており、結果として競争があった場合の消費者価格の下落につながらなかったことを念頭に置いているようだ。裁判所は、本判決によってコンソールゲームなども含め価格競争が行われることを期待しているようにも思われる。
 
12 Appleサイドの専門家であるバーンズ氏の調査によると他のデジタル企業はマイナスから多くとも30%程度であったという(判決文p42)。

9――おわりに

9――おわりに

日本の公正取引委員会は、本判決(9月10日)が出る直前(9月2日)にAppleへの独占禁止法被疑事件審査の終了を公表している。それは、音楽配信事業、電子書籍配信事業、動画配信事業に関するアンチステアリング条項の削除を行うことをAppleが決めたことにより、審査を終了するという趣旨のものであった(別稿で検討)。本判決は日本の公正取引委員会の判断を大きく超えて、Appleのアンチステアリング条項そのものを削除するよう命じている。

本文で述べた通り、ビデオゲームにおいて30%の手数料は当初はさほど高いということではなかったし、訴訟提起時点では他のデバイスの手数料と比較しても高くはなかった。しかし、Appleがスマートフォンで大きなシェアを持った結果、今日ではアプリ配信によって巨額の利益を上げている状況となった。不正な手段でシェアを確保したわけではないが、多くの分野に影響を及ぼすようになった結果、消費者利益の観点からこのような手数料水準は許容できないということになってきたのであろう。

ただし、手数料水準が高すぎて不当であるというのはなかなか法的な理屈付けが難しい。日本でも携帯キャリアに利用料金を引き下げるよう政府から働きかけたという事例もあるが、特段の法的根拠があったわけではない。同じように、今回の地裁の判断が法的に明白な根拠に基づいたものであるとまでは言えないように思われる。

いまだ地裁レベルの判決であるため、今後も訴訟が係属するだろうと思われる。今後の動向を逐次追いかけていきたいと考える。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2021年10月22日「基礎研レポート」)

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