2021年10月22日

エピックゲームズ対Apple地裁判決-反トラスト法訴訟

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3|アプリ内支払処理システム市場についての裁判所の判断
エピックゲームズはさらにアプリ内支払処理システム(IAP)がAppleのOS市場のアフターマーケット市場として存在すると主張する。裁判所は関連市場を定義するには、そもそも市場で取引される関連製品を定義しなければならないが、エピックゲームズはIAPがそもそも製品なのかどうかの疑問に答えていないとする。

IAPは単なる支払処理を行っているだけではなく、顧客と支払手段を特定し、取引を追跡・蓄積する。また、詐欺関連の確認を行い、ユーザーに購入履歴、家族の定額購入サービスを共有させ、こどもの支出に関する親のコントロールを可能とさせ、場合により購入を撤回することも行える。そしてIAPは購入され、あるいは販売されることはない(図表5)。
エピックゲームズの主張する関連市場(2)
エピックゲームズはAppleを単なるマッチングサービスであると主張するが、Appleのアプリ配信システムは知的財産権の束であり、Appleは知的財産権についてIAPを通じて収益化する。AppleのOSに一体化しているということは重要であり、IAPを一体化することで将来へのアプリの改善を含めた投資が行えるととなる。したがってエピックゲームズは、IAPが独立しており、特定できる製品であるとの証明に失敗しているとする。
4|Appleの主張と裁判所の判断
エピックゲームズが、狭い市場、すなわちAppleのOS市場のアフターマーケットを関連市場としたのに対して、Appleはビデオゲーム全体を関連市場であると主張する。

裁判所の認定ではビデオゲーム市場には4つのサブマーケットが存在する。すなわち、(1)オンラインモバイルアプリ取引プラットフォーム(アプリストア、GooglePlayなど)、(2)ゲーム配信に特化したオンライン取引プラットフォームやゲームを直接配信するストアを含むPCゲーム(Steam、エピックゲームズなど)、(3)コンソールのデジタルストア(プレーステーション、Xbox、任天堂スイッチなど)および(4)クラウドストリーミングゲームサービス(NVDIAなど)である(図表6)。
【図表6】Appleの主張する関連市場
(1)のモバイルゲームはスマートフォンあるいはタブレットといったモバイルデバイス上で動くものであり、アプリストアあるいはGooglePlayなどからダウンロードして遊ぶものである。販売手数料は一般に30%(15%の場合もある)である。(2)のPCゲームはデスクトップあるいはPC上で動くゲームで大手ゲーム会社が運営するいくつかの直接配信プラットフォームからダウンロードする。手数料はこれまで30%であったが、エピックゲームズのプラットフォームでは最近12%に引き下げるなど、訴訟のための手数料引き下げとみられるものもある。(3)のコンソールゲームはソニーや任天堂などが販売するゲーム機によって遊ぶものである。ゲームソフトを購入する、もしくはダウンロードが可能であり、ダウンロードの場合の手数料は30%とされている。(4)のクラウドゲームは最近登場したゲームの方式で、さまざまなデバイスを利用できる。これはデバイスにダウンロードするのではなく、サーバーセンターとの通信によって遊ぶものである。

裁判所は、ゲームを遊ぶためのデバイスによって関連市場を画定する4。すなわち、スマートフォン、PC、コンソールといったデバイスによってグラフィックや処理方法あるいはプラットフォームの特徴が相違するからである。ただし、裁判所は携帯型の任天堂スイッチやクラウドゲームはモバイルゲームと競争関係にある可能性を認めつつ、時期尚早として、今回の判断には加味しなかった。
 
4 判決文p84
5|関連市場におけるAppleの市場シェア
以上の通り、今回対象となる関連市場とはモバイルゲーム取引市場である。モバイルゲーム取引市場におけるAppleの市場シェアは同社の内部資料から57.1%と裁判所は算定した5。後述の通り、この57.1%という数字は反トラスト法上の判断にあたっては重要なポイントである。

なお、関連市場についての地理的範囲についての議論の詳細は割愛するが、中国市場を除く全世界であるとされた6
 
5 判決文p87
6 判決文p90

5――地裁の判断(2)

5――地裁の判断 (2)市場支配力

裁判所は関連市場と市場シェアについて判断した後に、Appleの関連市場における市場支配力(market power)を分析する。反トラスト法違反の認定にあたっては、市場支配力、ひいては市場における独占力を認定する必要があるからである。市場支配力の証拠として現れる事項には、価格、制限の性格(契約上の制限)、営業利益率および参入障壁がある(図表7)。
【図表7】市場支配力の現れ方
1|価格
専門家の意見としては、Appleは超競争的な価格を設定し維持できる能力があることは、市場支配力の証拠となるものということで一致している。ちなみに30%の手数料は、手数料設定当時に行われていた、コンソールゲームなどでゲームソフトをハードにインストールする際に設定されていた手数料を参考として、それらよりも安く設定していたものであった。

以降、30%の手数料は基本として維持されたが、定額購入についての別の料金体系(一定の場合15%)が2011年に設定され、また2020年には小規模事業者向けに手数料を15%に引き下げた。

これらの動きを市場支配力の現れであるという主張と、競争が働いていることの現れとする主張が双方から行われたが、裁判所は結局、市場支配力が存在することも、あるいは存在しないことの立証にもつながらないとした。ただし、基本的に維持された30%という価格は明らかに超競争的な運営利益(super competitive operating margins)を稼ぎ出しているとする7
 
7 判決文P92
2|契約上制限の性格
Appleは技術的な制限と契約上の制限を課している。技術的制限とはAppleが認証しない限りアプリは動かないということで、契約上の制限とは規約を遵守しない限り、アプリストアの外部からのアプリの配信ができないということである。特に問題となる規約条項はアンチステアリング条項である。

この契約上の制限は通常は交渉不可であるが、SpotifyとネットフリックスだけはIAPの強制を外すことができた。証言によるとDown Dog(ヨガのアプリ)は規約により、より安いプラットフォームへの誘導が禁じられた。その結果、アンドロイドユーザーの90%が購入したのに対して、Appleユーザーは全体の50%しか購入しないという状況にあるとのことである。

したがって、証拠によれば、Appleのアンチステアリング条項は、アプリ開発者が他のより安いプラットフォームへ誘導することを禁止することにより、人工的に市場支配力を増加させるものであるとする8
 
8 判決文p93
3|営業利益率
専門家は持続的な高い経済的利益は市場支配力を示唆するとのことで一致をしている。Appleの損益計算書の状況およびアプリストアへの知的財産への低い投資額からして、高い営業利益率は資本市場力の証拠であると裁判所は認定する。

Appleは知的財産の価値が透明性を欠くことに後ろに隠れてはならない。Appleの主張によっても、知的財産の価値と手数料との関係について実際には一度も関係付けられていない。この点に関する透明性の欠如による不利益はAppleが負うべきであるとする。
4|参入障壁
ゲームアプリのプラットフォームには間接ネットワーク効果が働く、つまり健全なユーザーベースがないプラットフォームのために開発を行わないし、ユーザーはすでに発展したエコシステムのあるプラットフォームにしかいかない。他方、マルチフォーミング(複数ルートでアクセスできること、たとえばフォートナイトはモバイルデバイスでもコンソールでも遊べる)が進んできており、クラウドゲームストリーミングはデバイスに縛られないという特性を持つ。そこで、裁判所はモバイルゲーム取引市場における参入障壁は比較的高いが、将来的には引き下げられるであろうと判断する。

以上から、高い手数料率によって超競争的な営業利益率を出していることは、市場支配力を示唆し、かつアンチステアリング条項は市場支配力を強化していると言えるが、参入障壁の高さや30%という手数料率設定そのものが市場支配力の証拠と言い切れるかには疑問の余地があるということと思われる。

6――地裁の判断(3)

6――地裁の判断 (3)反競争的行為の影響と正当化事由

1|アプリ配信制限に関する反競争的行為の影響
裁判所がAppleによる反競争的行為の影響として想定しているのが、(1)競争の排除、(2)消費者向けアプリ価格の上昇、(3)生産量の減少、(4)イノベーションの減少等である。これらの影響が強くみられるのであれば市場支配力に基づく反トラスト法違反行為があったとする根拠となるからである。概略を述べると(1)競争の排除について、証拠は大手ゲーム開発者に対して競争の排除を行ったものと認定された。このことから大手ゲーム開発者は別にプラットフォームを構築し、Appleの手数料を回避しようとした。他方、プラットフォームを設けることのできない中小ゲーム開発者はアプリストアに残った。(2)消費者向けアプリ価格の上昇について、ゲーム開発者に対する価格上昇が認められるとするが、消費者向けアプリの価格上昇につながったかどうかについて裁判所は判断を留保している。(3)生産量の減少については、Appleの制限が生産量にマイナスあるいはプラスの影響を与えたかについて判断はできないとした。(4)イノベーションの減少について、ポイントはAppleが無視した特色(features)を作り出すことへの圧力をAppleにかけることができたかどうかであるが、アプリストア以外のアプリ配信ができないため、イノベーションを減少させたと判断した。

他方、アプリ配信制限を正当化する根拠としては、(1)セキュリティの確保、および(2)知的財産権の対価の徴収である。(1)セキュリティの確保は、裁判所は狭い意味(マルウェアの排除)ではその有効性を認めつつ、個人情報や信頼性など広い意味でのセキュリティについてはアプリの公証など別方式でも達成が可能と判断した。

(2)知的財産権の対価の徴収については、裁判所はAppleの課する30%もの手数料はもっともらしいにとどまるものの、何らかの対価徴収は認められるものとした9

以上、要約すると反競争的行為の影響がある程度見られるものの、消費者向け価格が上がったとは言い切れない。また正当化事由もないわけではなく、市場における影響のみからは、反トラスト法違反を認定するのは難しいということであろう。
 
9 判決文p114
2|アプリ内支払処理システム強制に関する反競争的行為の影響
裁判所はIAPを独立した製品とは判断しなかったが、別のアプリストアの支払処理システムと競合関係に立ちうることを踏まえて、IAPに関する制限が緩められた場合の効果および競争促進的な正当化理由を検討する。

まずIAPのユーザーに対するメリットとしては不正防止に加えて、再ダウンロードや家族間での情報共有などがあると主張する。他方、複数のプラットフォームを利用できる支払いシステムのほうにメリットがあるとの意見がある。

IAPのゲーム開発者に対するメリットの主張、すなわち、IAPにより衝動買いを招き、ゲーム開発者に収益をもたらしたという主張もあるが、これは長短ある主張だとした。結局、裁判所はゲーム開発者に対しては支払情報を伝達する機能を超えたメリットはないとした。

IAP強制のビジネス上の正当化事由としては、(1)セキュリティの確保、(2)手数料徴収である。(1)セキュリティの確保としては、不正防止に役立っているということをAppleは示せていないと裁判所は判断した。また、(2)手数料徴収はIAPなしでは、ゲーム開発者に対して報酬を支払うよう求めることとなるが、これを拒絶された場合には訴訟でしか回収できないとAppleは主張する。他方、エピックゲームズは30%の手数料を取ること自体を否定している。

ここで、アンチステアリング条項についての競争上の意味合いについてはすでに議論されている通り、市場支配力の人工的な増加につながるというのが裁判所の判断である。言い換えると裁判所は、Appleの主張するアンチステアリング条項の合理性を認めておらず、少なくとも反トラスト法違反につながっていく行為であると認定している(結局、カルフォルニア州不公正競争法違反の認定となった。後述)。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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