2021年10月19日

日経平均3万円回復は来年以降に持ち越しか

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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1―― “振り出し”に戻った日経平均株価

菅義偉前首相の退陣表明をきっかけに急上昇した日経平均株価は、9月8日に約5ヶ月ぶりに3万円台を回復した。自民党総裁選の序盤で河野太郎氏が優勢とみた株式市場では、「変化」を好む海外投資家が先物主導で一気に買い上げた。
 
ところが総裁選の行方が見えてくると株価は失速し、わずか3週間で再び3万円割れ。新政権発足後も下げ幅を広げて、10月13日の終値は2万8,140円となった。菅前首相が退陣表明する前日(9月2日)の終値2万8,543円より400円ほど安く、“振り出し”に戻った格好だ。
 
中国不動産大手の債務問題や世界的なインフレ懸念など外部環境の悪化が重なったことが株価下落の主因とみられるが、さほど変わりそうにない日本の政治に失望した海外投資家が一転して売りに回ったことや、岸田首相が配当や株式売却益を対象とする金融所得課税見直しへの意気込みを示したことも影響したのは間違いない。
【図表1】日経平均は“振り出し”に戻った

2――物価高騰が企業収益を圧迫

2――物価高騰が企業収益を圧迫

原油や天然ガスなど資源価格の高騰や人手不足が企業収益を圧迫していることも株価にマイナスだ。WTI原油先物価格は一時83.25ドルと2014年10月以来、約7年ぶりの高値を更新した。
 
世界的な経済再開で原油の需要が急拡大するなか、OPECプラスが協調減産を緩和しない姿勢を続けているほか、原油の純輸出国である米国でハリケーン被害の影響から原油生産が追いつかないことも背景にある。原油のほぼ全てを輸入に頼る日本にとっては円安もコスト上昇に拍車をかける。
 
原材料や物流コストの上昇も顕著だ。企業間で売買するモノの価格動向を示す国内企業物価指数は、今年3月に前年比プラスに転じた後も騰勢を強め、9月には同6.3%上昇となった。伸び率は2008年9月(6.9%上昇)以来、実に13年ぶりの高さだ。
 
需要段階別では、素原材料が52.1%上昇、中間財が11.4%上昇、最終財が2.9%上昇で、上流ほど企業物価が高騰している。これは日本では個人向けの価格を上げにくいこともあり、最終需要に近い消費関連業種や加工業種ではコスト増を利益率の低下で吸収する傾向が強いためだ。
【図表2】企業間取引の物価上昇が加速
実際、こうした物価高騰によるコスト増が企業収益を圧迫している。例えば、安川電機が10月8日の取引終了後に公表した最新の業績予想では、22年2月期の売上高と純利益の見通しを従来予想からそれぞれ5.4%、3.6%上方修正した。2月決算の同社がひと足はやく公表する業績は、3月決算企業の業績動向を占ううえで注目される。
 
しかし、内容をよく見てみると、修正後の予想売上高は事前の市場予想を1%ほど上回ったものの、純利益は市場予想より1%ほど低かった。同社は見通し修正の理由として「想定以上に好調な受注が継続」とする一方、「利益面については、物流費や原材料費の値上がりの影響を受けた」、「通期で30億円ほどの費用増につながる」としている。
 
株式市場では「引き上げ幅が物足りない」と受け止められ、翌営業日以降、同社の株価は急落した。13日の終値は4,760円と5月13日につけた年初来安値(4,700円)に迫った。仮に30億円のコスト増がなければ予想純利益は市場予想を6%上回るので、「旺盛な需要」を好感して株価が上昇していた可能性もある。
【図表3】コスト増で株価急落
問題は、これから本格化する3月期決算企業の中間決算と市場の反応だろう。企業数ベースでは例年通り(もしくは例年以上に)多くの企業が業績見通しを引き上げると想定されるものの、引き上げ幅が市場の期待に届かず株価が下落するケースが相次ぐ可能性が高まっている。
 
これを示唆するのがアナリストによる業績見通しの修正度合いを表すリビジョンインデックスの動きだ。世界的な景気回復を受けて8月までは上方修正が優勢だったものの、9月以降、リビジョンインデックスが急速に低下した。内訳をみると上方修正が減っただけでなく下方修正が増えており、よりネガティブな内容だ。
【図表4】アナリストの見通し下方修正が増加

3――FRBの利上げ前倒し観測も

3――FRBの利上げ前倒し観測も

米国でも物価高騰が深刻化してきた。特に、日本と違って消費者物価も高騰していることは、FRBの政策変更に影響しうるため注意が必要だ。FRBは量的緩和の縮小(テーパリング)開始を11月にも決定する見込みで、これは既定路線になっている。
 
22年秋に中間選挙を控えるなか、急激な物価上昇で景気が冷え込むことを懸念する米国政府が水面下でFRBに対応を迫っているという話もある。よほどのことがない限り11月か遅くとも12月にテーパリングを開始するとみられる。
 
問題は利上げ開始時期と利上げペースが早まる可能性だ。株式市場では「22年末~23年初頭に1回目の利上げ」がコンセンサスとなっている。だが、仮に米消費者物価が騰勢を強めることがあれば、「利上げ前倒し観測」が市場で浮上するかもしれない。その場合、高値圏にある米国株は急落、日本株も悪影響を受けるだろう。
【図表5】高騰が続く米国の消費者物価、回復途中の労働市場
FRBとしても株価急落の引き金は引きたくないはずだが、FRBの政策目標はあくまで「物価の安定と雇用の最大化」だ。景気後退に陥り回復途上にある労働市場が再び悪化してしまっては元も子もない。市場との対話も含めて極めて難しい舵取りを迫られているFRBだが、もとを正せばコロナショック後に大規模な金融緩和を続け過ぎた反動ともいえよう。
 
たとえ世界的な物価高騰が一段落し、スタグフレーション(景気停滞と物価上昇が同時進行する状況)は回避できたとしても、半導体などの供給制約が直ちに解消する見込みは少ない。OECDやIMFは経済成長率の見通しを引き下げた。経済ファンダメンタルズの減速モードが鮮明となった以上、日経平均の3万円回復は来年以降に持ち越す可能性が高まっている。
 
 

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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

(2021年10月19日「基礎研レポート」)

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