2021年10月15日

欧州委員会がソルベンシーIIのレビューに関する提案を公表-提案の全体概要と関係団体等からの反応-

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1―はじめに

ソルベンシーIIのレビューに関しては、2019年2月11日のEC(欧州委員会)からの助言要請1を受けて、EIOPAが検討を行い、2020年12月17日に、ECにソルベンシーIIレビューに関する最終意見2を提出した。これらの内容については、これまでの基礎研レポートや保険年金フォーカスで報告してきた。

ECは、EIOPAの最終意見を踏まえて、検討を進めてきたが、2021年9月22日に、影響評価を含めて、ソルベンシーIIのレビューの提案内容を公表3した。これに対して、EIOPA、欧州の保険業界団体であるInsurance Europe(保険ヨーロッパ)、AMICE(欧州相互保険会社及び保険協同組合協会)等が、意見表明を行っている。

ECの提案の具体的な内容等は次回のレポートで報告することにして、まずは今回のレポートでは、ECの提案の全体概要と、今回の提案を受けてのEIOPA、Insurance Europe及びAMICEの意見表明、さらに保険業界とは異なるスタンスからの批判的な意見を有する欧州議会議員等の関係団体等の意見の内容を報告する。

2―ECの提案

2―ECの提案

ここでは、ECのソルベンシーIIのレビューに関する提案の概要を、ECが公表した資料に基づいて報告する。
1|今回の「レビューパッケージ(ソルベンシーⅡのレビューに関する提案)」について
2021年9月22日、ECはソルベンシーⅡ規則の包括的な「レビューパッケージ」を採択した。全体的な目的は、EUの保険会社と再保険会社が投資を継続し、EUの政治的優先事項、特に、

・ポストCovid回復への融資
・資本市場連合の完成
・欧州グリーンディール(European Green Deal)を実施するための資金のチャネリング

をサポートすることを保証することにある、としている。

このレビューはまた、以下の意味合いがある、としている。

・現在の規則のギャップを埋め、保険及び再保険セクターをより耐性力のあるものにするため、将来の危機を乗り切り、保険契約者を保護することができる。保険会社は欧州の企業に長期融資を提供しており、EU経済に不可欠な保護を提供し、家庭や企業がリスクを管理するのを支援している。

・保険による保護は、企業、金融市場の参加者、及び個々の世帯によって定期的に実行される多くの活動の前提条件であり、保険セクターは、退職後の収入のためのソリューションを提供し、貯蓄を金融市場と実体経済に導くのに役立っている。

・ソルベンシーIIは、2016年に適用が開始されて以来、欧州の保険フレームワークとその適用に革命をもたらし、これにより、欧州の保険会社と再保険会社は、リスクに耐え、投資の資金調達を継続できるようになった。今回のレビューパッケージは、現在のルールの完全な見直しを表すものではなく、対象を絞った調整を行うものである。

なお、次のステップとしては、欧州議会と理事会の加盟国が欧州委員会の提案に基づいて最終的な立法文書を交渉することとなる、としている。
2|今回の提案がカバーする範囲
今回の提案には、(1)定量的資本要件であるソルベンシー資本要件(SCR)を算出するためのソルベンシーII指令の修正、(2)包括的な再建・破綻処理制度の枠組みの構築に関する指令の提案、(3)監督者がシステミックリスクをより適切に管理できるようにするためのマクロプルーデンスのツール、(4)より比例したルールの適用、(5)気候シナリオ分析の義務付け、が含まれている。
3|今回のレビューパッケージの構成
今回の「レビューパッケージ」のドキュメントは、以下の要素で構成されている。

・プレスリリース
・よくある質問
・ソルベンシーII指令のレビューに関するコミュニケーション
・ソルベンシーII指令の修正案のテキスト
・(再)保険会社の再建・破綻処理のための提案のテキスト
・提案に伴う影響評価-パート1
・提案に伴う影響評価の要約
・調査:保険保証制度:様々な保険オプションの定量的影響
4|具体的な提案の概要とその影響等
(1)全体像
ECの提案は、多くの分野でEIOPAの助言に従っているが、EIOPAの提案に比べて、より短期的な資本救済にコミットしている。また、EIOPAがEUレベルでの保険保証制度(IGS)の調整を勧告していたのに対して、ECは現段階では適切でないとして、将来的にこの問題を再評価することをコミットしている。

今回のECの文書では、生命保険会社にとって、資本要件に大きな影響を与える可能性のある重要な事項である、1)リスクフリーレート曲線の新しい補外法、2)リスクマージンの設計、3)長期株式投資の適格基準の変更、4)ボラティリティ調整(VA)等について、その見直しの大きな方向性は示されたが、詳しい内容は説明されていない。これらの詳細は、今後の委任規則で最終決定されることになっている。

(2)全体の影響額
ECは、今回の提案により、EUレベルで短期的に最大900億ユーロの資本が放出される可能性があると推定している。しかし、一部の(再)保険会社や市場が資本要件の引き上げに直面する可能性があることから、新しい規則に対して保険会社がタイムリーに準備できるように、一定の資本規制を厳格化する改正については、2032年まで段階的に実施することとしている。ECは、金融市場の状況にもよるが、EUレベルで長期的には最大300億ユーロの資本が放出される可能性があると推定している。このように長期的に影響額が減少するのは、リスクマージンや株式リスクの評価見直し等の資本要件を緩和する改正が即座に影響するのに対して、リスクフリーレート曲線の新しい補外法の影響が段階的に導入されることによるものである。

(3)主な資本要件関連項目の変更案とその影響の概要
1)リスクフリーレート曲線の補外
EIOPAによって提案された公式とパラメータ化に基づいて構築することを検討する。
変更は、現行の移行措置の機関と整合的な2031年末までの段階的導入とする。

2)ボラティリティ調整(VA
ボラティリティ調整の基礎となるリスク調整後の信用スプレッドの割合を増加させる。また、ボラティリティ調整のオーバーシュート問題に対処するために、会社固有の要素を計算に導入する。

3)リスクマージン
EIOPAの提案よりも効果的なボラティリティの緩和を可能にするために、EIOPAによって提案されたが、フロアパラメータのないラムダアプローチに基づいて構築することを検討する。

また、資本コスト率を6%から5%に下げることを検討する。

これらによりEU全体でリスクマージンの規模は500億ユーロ以上削減する。

4)長期株式
既存の長期株式資産の適格基準を見直して、39%(OECD)又は49%(非OECD)の標準的な株式への資本チャージと比較して、より低い22%の資本チャージの対象となる資産を増やすことで、長期株式投資を優遇する。

追加の株式の15%のみが長期として適格であると仮定した慎重なシナリオの下では、株式リスクの自己資本要件の削減が約105億ユーロで現行水準の6%超の減少となる。

(4)比例性
ソルベンシーII指令の適用範囲を決定する規模の臨界値を大幅に拡大することで、より小規模な保険会社が指令の適用範囲から除外され、各国の制度下に置かれることになる。これにより、ソルベンシーIIの適用を希望しない小規模会社は、EU法の遵守コストを下げることができる。

また、小規模で複雑性の低い保険会社のための規則を簡素化するために、低リスクプロファイル (再) 保険会社の新しいカテゴリーが導入される。それは明確で透明な基準に依存する。このカテゴリーの保険会社は、より軽く、より比例した規則の恩恵を受ける。

(5)マクロプルーデンス政策
的を絞ったマクロプルーデンス規則の策定で、長期投資の際に保険業界にとって不必要なコストを回避する。公的機関が (再)保険活動から発生する可能性のあるシステミックリスクの発生源を迅速に特定できるようにする一方で、会社が保険契約者に長期的なサービスを提供し続けることを確保する。なお、この新しいツールは、IAISが策定したシステミックリスクに関する国際基準と整合している。

(6)再建と破綻処理
EUで保険契約者の保護と金融の安定性を高めるために、(再)保険会社のための最小限の調和のとれた包括的な再建と破綻処理のフレームワークを提案している。

(7)保険保証制度(IGS
IGSのための最低共通フレームワークの導入は、保険会社、特に現在そのようなスキームを持っていない加盟国、又は新しいフレームワークに準拠するために既存のスキームに変更を加える必要がある場合には、大きな実施コストを伴う可能性がある。

ECは、COVID-19のパンデミックによってもたらされる経済的な不確実性と、経済回復に焦点を当てる必要性を考慮して、IGSのための規則を調整する行動は、現時点では適切ではないと考えている。しかしながら、ECは、将来の調整の適切性とタイミングを再評価することにコミットしている。

3―EIOPAによるコメント

3―EIOPAによるコメント

ここでは、ECの提案を受けてのEIOPAによるコメント4の内容を報告する。

EIOPAは、まずは「提案は主にEIOPAのアプローチを共有し、2020年12月からのEIOPAの意見で設定された目的に従っている。」として、今回の提案を歓迎すると述べている。具体的には、「EIOPAは、保険再建・破綻処理指令を策定し、ソルベンシーIIにマクロプルーデンスの視点を含め、比例原則を強化し、そして持続可能な金融に関するさらなる行動の義務を与える、という欧州委員会の提案を特に歓迎する。さらに、リスクフリー曲線の新しい補外法、金利リスク率の調整及びシステミックリスクに対処するための追加のツールと措置は歓迎すべきステップである。」としている。

一方で、保険保証制度(IGS)について、ECは、今回は導入しないで、将来の調整の適切性とタイミングを再評価することにコミットしたが、これに対して、EIOPAは、「消費者保護の観点から、EIOPAは、EUレベルでの保険保証制度の最小限の調和が考慮されていないことを深く遺憾に思う。」と述べ、保険保証制度の分野における「既存の断片化の結果として、保険契約者は、保険契約が由来している国に応じて、EU内で業務展開している保険会社が破綻した場合に異なるレベルの保護を受ける。したがって、EIOPAは、欧州単一市場の機能と信頼を著しく損なう可能性があるため、この問題に取り組む必要があると引き続き考えている。」と述べた。

現在、IGSは17の加盟国とノルウェーで運営されており、保険会社が経営破綻して、保険金を支払うことができなくなることに対して、保険契約者を保護しているが、加盟国間での取扱いに差があることから、EU内での調和が求められていた。

EIOPAはさらに、「一方ではボラティリティ調整計算を目的とした非流動性の考慮事項の除去、他方ではリスクマージンと金利リスク資本チャージの較正における緩和は潜在的なリスクをもたらす。」と述べて、非流動性へのアプローチを批判している。

2021年10月1日
欧州委員会からのソルベンシーII提案に関するEIOPAのコメント
欧州保険年金監督局(EIOPA)は、ソルベンシーIIのレビューに関する欧州委員会の提案を歓迎する。提案は主にEIOPAのアプローチを共有し、2020年12月からのEIOPAの意見で設定された目的に従っている。EIOPAは、保険再建・破綻処理指令を策定し、ソルベンシーIIにマクロプルーデンスの視点を含め、比例原則を強化し、そして持続可能な金融に関するさらなる行動の義務を与える、という欧州委員会の提案を特に歓迎する。さらに、リスクフリー曲線の新しい補外法、金利リスク率の調整及びシステミックリスクに対処するための追加のツールと措置は歓迎すべきステップである。

効果的な国境を越える監督は消費者保護の前提条件であるため、国境を越える監督におけるEIOPAの役割を強化するという欧州委員会の意図は特に重要である。市場で特定された問題が解決されていない場合に、EIOPAがどの程度行動する手段を持っているかを考慮する必要がある。これらの問題を特定するEIOPAの能力は、ソルベンシーIIフレームワークの真のメリットであるが、行動するためのツールと権限がなければ、金融の安定を守り、保険契約者を保護するという使命を考えると、EIOPAは不快な立場に置かれることになる。

消費者保護の観点から、EIOPAは、EUレベルでの保険保証制度の最小限の調和が考慮されていないことを深く遺憾に思う。ソルベンシーIIと新たに提案された保険再建・破綻処理指令のレビューは、保険保証制度の分野における既存の断片化に対処するための優れた機会を構成した。現在の断片化の結果として、保険契約者は、保険契約が由来している国に応じて、EU内で業務展開している保険会社が破綻した場合に異なるレベルの保護を受ける。したがって、EIOPAは、欧州単一市場の機能と信頼を著しく損なう可能性があるため、この問題に取り組む必要があると引き続き考えている。

保険契約者に損害を与えるシナリオを回避するために、ソルベンシーIIの重要な要素はその保守性にある。EIOPAの助言は、流動性の低い負債のより有利であるが保守的な取扱いと、全体的なバランスの取れた更新を推奨した。EIOPAの見解では、一方ではボラティリティ調整計算を目的とした非流動性の考慮事項の除去、他方ではリスクマージンと金利リスク資本チャージの較正における緩和は潜 在的なリスクをもたらす。

最後に、EIOPAは、低リスクの保険会社が特定の要件から解放されるという検討に満足しているが、ソルベンシーIIの比例原則が監督上のレビュープロセスに組み込まれていることが重要である。このアプローチにより、監督者は、監督者によるレビュープロセス中にも比例性の保険会社による申請を可能にする柔軟性を得ることができる。これは、比例を「一連のルール」に変換するのではなく、原則として維持することになる。

レビュープロセスが始まったばかりであることを考慮に入れると、EIOPAは、レビュープロセスにおいて欧州委員会、欧州議会及び理事会をさらにサポートする準備ができている。

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中村 亮一

研究・専門分野

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