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かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか-求められる現場やコミュニティでの実践、教育や制度の見直し
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
6――かかりつけ薬剤師・薬局の可能性に向けた疑問
まず、矢継ぎ早に実施された制度改正のうち、最初に制度化された、かかりつけ薬剤師指導料の取得状況を見て行こう。厚生労働省の公表資料によると、2016年4月からスタートした後、算定薬局の数は1年間で約1万5,000カ所まで増えたが、2021年7月の中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関)で示された資料23によると、ほとんど最近は増えておらず、約6万件の調剤薬局の3割にも満たない。
健康サポート薬局の申請件数ついても、制度創設から5年近くを経ているのに、2021年3月末現在で2,515件に過ぎない。内閣府が2021年2月に公表した世論調査24でも健康サポート薬局に関する認知度について、「よく知っていた」という答えが1.5%、「言葉だけは知っていた」と答えた割合が6.5%にとどまり、「知らなかった」と答えた者の割合が91.4%となっていた。薬剤師が在宅ケアで服薬指導などに従事した場合に受け取れる介護保険の居宅療養管理指導を算定している薬局の数を見ても、2019年現在で約2万5,000件にとどまっている25。
つまり、様々な制度改正が積み重ねられているにもかかわらず、それほど制度が広がっているとは言えない。言い換えれば、「対物業務から対人業務」などの転換方針を2015年頃から掲げているものの、調剤報酬を頼りにする調剤薬局の経営は余り変わっていない様子を見て取れる。
23 2021年7月14日、中央社会保険医療協議会総会資料。
24 2021年2月12日、内閣府「薬局の利用に関する世論調査」を参照。回答者数は1,944人。
25 2020年8月19日、社会保障審議会介護給付費分科会資料を参照。
医薬分業の歴史を見ると、現時点で語られている薬剤師・薬局の見直し論議が決して新しくないことを確認できる。ここで簡単に医薬分業の歴史26を振り返ると、近代以前の日本では、医師の別名を「薬師(くすし)」と呼んでいた通り、医師と薬剤師の仕事が未分化であり、医師が薬を処方するだけでなく、薬を調剤したり、販売したりしていた。その後、明治期に入って西欧では一般的な医薬分業の導入論議が始まったが、調剤の権利を手放したがらない医師サイドと、医薬分業を望む薬剤師の間で、「百年戦争」とも言えるほど長く激しい議論が交わされた。特に敗戦後、GHQ(連合軍最高司令部)の指示で、医薬分業を強制実施する流れが生まれたが、日医の強い反対で頓挫した。
結局、1974年度から院外処方の報酬が引き上げられるなどして、実質的に医薬分業が図られた。その後、薬剤師法は累次の改正を経て、その権限が強化されており、既述した処方箋に関する疑義紹介に加えて、服薬指導や薬歴管理についても根拠規定が盛り込まれている。
つまり、在宅ケアや多職種連携に関わる部分を除けば、かかりつけ薬剤師・薬局の充実に関して、ここ5~6年で語られている議論は医薬分業を含めて、全て以前から論じられていると言える。それにもかかわらず、同じようなテーマが論じられていることを踏まえると、医薬分業が効果を発揮していない可能性が想定される。
こうした経緯や数字を踏まえると、薬剤師業界が医師サイドとの「百年戦争」を経て勝ち取った医薬分業について、国民が大してメリットを感じていないと言わざるを得ず、2015年6月の規制改革会議答申が「医薬分業の理念」に立ち返った議論を求めたのも、こうした背景があったと言える。この点については、2018年12月の厚生科学審議会(厚生労働相の諮問機関)医薬品医療機器制度部会が公表した取りまとめで、医薬分業のメリットを国民や他の職種が感じられていない指摘などを引き合いに出しつつ、「関係者により重く受け止められるべきである」と強いトーンでクギを刺している辺りからも読み取れる。
26 医薬分業の歴史については、玉田前掲書に加え、秋葉保次ほか編著(2012)『医薬分業の歴史』薬事日報社、奥健太郎(2012)「独立回復期の利益団体と政党政治」『年報政治学』63巻2号、小坂富美子(1997)『医薬分業の時代』勁草書房を参照。
27 2015年3月12日、規制改革会議資料を参照。調査は2015年2~3月にインターネット経由で実施し、回答者数は1,036人。医薬分業のコストに関する質問文は「『医薬分業』を行わない医療機関で直接薬をもらうよりも、『医薬分業』を行う医療機関から処方箋を受け取り、薬局で薬をもらうほうが、同じ薬をもらう場合でも、サービス料金が約300円(医療保険でカバーされる金額を加えると約1,000円)増えますが、薬局で受けられるサービスの内容に照らして、この価格差は妥当だと思いますか?」。
さらに技術革新の影響から見ても、今の調剤を中心とした薬剤師・薬局の業務がどこまで続くのか疑問がある。具体的には、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、DX(デジタルトランスフォーメーション)などが進んだ場合、医師からの処方箋を基に正確に調剤する業務とか、薬を飲みやすく管理しやすいようにする一包化、お薬手帳の管理などは自動化される可能性が高い(実は今も相当程度、自動化されている)。
この結果、薬剤師や薬局の不要論が出てくる可能性さえ想定される。言い換えると、患者との何気ない会話から生活の課題を引き出したり、在宅医療の支援で訪ねた際に目にした家具や文物から人となりを予想したりする業務など、人間にしかできない業務にシフトしなければ、機械に取って代わられるリスクさえ想定する必要がある。この点については、薬剤師や薬局の改革を提唱する医師兼薬局経営者が薬剤師の仕事について、測定、稼働、処理という3要件に留まれば、いずれ機械の進歩やICTの活用で薬剤師の仕事ではなくなっていくという指摘と符合する28。
28 狭間研至前掲書pp208-209。
こうした状況を踏まえると、薬剤師や薬局の機能が変わらなければ、風当たりは今後も強まる危険性がある。しかも、厚生労働省の薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会が2021年6月に取りまとめた報告書では、2045年に最大で12.6万人の薬剤師が余ると試算されている。さらに、新型コロナウイルスに伴う受診控えと業界の過当競争で2021年1~8月の調剤薬局の倒産件数が22件と過去最高29になった点も加味すると、「薬剤師=薬を出してくれる人」「薬局=薬を出してくれる場所」という役割のままでは、薬剤師や薬局の不要論が高まりかねない状況さえ想定される。
実際、厚生労働省の担当官から「薬局の差別化、それぞれの薬局がどういう薬局であるべきか考える時期に来た」「変えないといけないのは薬剤師の仕事の中身ではなく薬剤師の意識ではないか」との意見が出ている30。医薬分業見直しを迫った日医も「医薬分業はそろそろ限界に来ているのではないか」「弊害のほうが目立ってきている」31というスタンスを変えていないし、対人業務に関する薬剤師の専門性を発揮できなければ、こうした声は強まる可能性が高い。
では、かかりつけ薬剤師・薬局を定着させる上で、何が必要だろうか。以下、「現場、コミュニティでの実践」「薬剤師の教育見直し」の重要性を指摘するほか、必要な制度改正として、「診療報酬の見直し」「処方箋の見直し」「薬剤師業務の見直し」「薬局の情報提供制度見直し」を挙げる。
29 2021年9月7日東京商工リサーチ発表資。
30 2021年9月26日開催の薬局団体連絡協議会主催のシンポジウムにおける保険局医療課の紀平哲也薬剤管理官による発言。同月27日『ミクスOnline』配信記事。
31 2018年4月11日、厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会議事録における中川俊男副会長(当時)の発言。
7――かかりつけ薬剤師・薬局の定着に向けた方策
第1に、薬剤師自身による実践と事例共有である。かかりつけ薬剤師にしても、地域連携薬局にしても、ユーザーである患者や住民、他の職種が意義を理解しなければ、なかなか定着しないだろう。このため、薬剤師や薬局が「薬剤師=薬を出してくれる人」「薬局=薬を出してくれる場所」という国民の意識を変えるような取り組みを現場やコミュニティで実践し、先進事例を国民に共有することが望ましい。
しかし、一部の意欲的な薬剤師や薬局を除けば、現場では「加算を取るため、加算要件が求めている活動を実践する」「要件を満たすため、地域活動に参加する」といった形で、制度の趣旨が理解されているようにも映る。これでは制度改正が効果を上げることは困難になり、各種の制度改正は水泡に帰すと言っても過言ではない。
第2に、薬剤師の教育見直しである。新臨床研修制度で地域医療の現場に触れる機会が確保されている医師と比べると、2006年度から導入された6年制の教育を通じても、薬剤師が地域医療の実践を体験できる機会は少ないようだ。このため、薬剤師の教育課程の段階で、在宅ケアや多職種連携の場に参加するような機会を増やす必要がある。例えば、厚生労働省の薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会が2021年6月にまとめた報告書でも、▽在宅医療への対応を踏まえた介護分野の教育、▽住民の健康増進に繋がる内容、▽多職種連携、患者との対話を通じた薬学的知見に基づく指導を可能にするコミュニケーション能力の向上――などを教育課程に取り込む必要性が指摘されている。
さらに、既に現場で働いている薬剤師だけでなく、薬剤師を育てる専門教員の再教育も必要になるだろうし、その際には現場に近い各自治体が地域ケア会議への参画を促すなど、研修の機会を増やす選択肢も考えられるかもしれない。
必要な制度改正のうち、かかりつけ薬剤師が専門性を発揮できるようにするための診療報酬の改革が考えられる。例えば、調剤薬局に関する報酬の差別化は選択肢になり得る。既に地域支援体制加算の基準について、大手の調剤チェーンと中小薬局の基準に差異が付けられているが、今後は地域連携薬局に対して手厚い報酬を講じるとか、かかりつけ薬剤師指導料を引き上げるなどの対応策も必要になる。
さらに一歩進めた改革として、かかりつけ薬剤師・薬局に対する報酬を包括払いにシフトする選択肢も考えられる。現在、薬局に対する報酬は処方箋の枚数をベースとした出来高払いが中心であり、かかりつけ薬剤師指導料は加算として受け取れる形になっているが、出来高払いのウエイトを小さくする一方、かかりつけ薬剤師指導料の同意を得た患者の数などに応じて支払う部分を増やす制度改正も検討に値すると思われる。
必要な制度改正として、処方箋の見直しが考えられる。現在、医師から交付される処方箋に病名が書かれておらず、薬剤師は処方箋の内容とか、患者との対話を通じて、病名を推測するしかない。これは患者にとって、説明が二度手間になっている感があり、処方箋に病名が入れば、薬剤師の対人業務が円滑に進むと期待される。
このほか、医師から薬剤師に対する権限移譲も考えられる。例えば、病状が安定している慢性疾患の患者などを対象に、医師が認めた場合に限って一定の期間、医師の再診を受けなくても、患者が薬局で同じ薬を繰り返し受け取れる「リフィル処方箋」の導入が考えられる。既に薬学系の大学や学会が認定する「研修認定薬剤師」が整備されているが、一定の要件を満たした薬剤師に対して、一部の権限を医師から移譲する選択肢もあり得るのではないか。
薬剤師からの権限移譲に関しても、2019年4月に示された通知に基づき、薬剤師の指示など一定の要件を満たせば、薬剤師以外の者が医薬品の必要量の取り揃えなどが可能になった。今後も安全性に配慮しつつ、こうした権限移譲を検討する価値は高いと思われる。
患者が薬局を選びやすい制度改正として、薬局の情報提供制度の見直しも考えられる。現状も「薬局機能情報提供制度」という仕組みがあり、都道府県が薬局の名称、開設者・管理者の名前、地図情報、車椅子配慮や聴覚・視覚的配慮の有無、勤務する薬剤師の数、連絡先、営業日・営業時間、健康サポート薬局や地域連携薬局の指定の有無などを開示している(ただし開示内容に地域差がある)。
しかし、患者が薬局を決める際、門前薬局に代表される通り、アクセスが重視されている現状を考えると、薬局の差別化を後押しする観点に立ち、かかりつけ薬剤師指導料を得ている患者の数とか、診療報酬における訪問薬剤管理指導の有無、新型コロナウイルスの特例として導入されたオンライン服薬指導の実施の有無、薬局の経営理念や重点的に取り組んでいる分野などを開示させる選択肢も考えられる。さらに、国民の選択肢を広げる観点に立てば、医療機関からのアクセス性を重視する現在の「門前薬局」のような機能も必要になるため、「早く薬を欲しい」というニーズにも対応する観点に立ち、例えば平均待ち時間なども開示対象になるかもしれない。
さらに患者の選択を支える仕組みとして、イギリスの公的医療保障制度であるNHS(National Health Service)が診療所を対象に実施している制度も参考になるかもしれない。具体的には、NHSのウエブサイトでは、居住地域や郵便番号を入力すると、住民は最寄りの診療所の住所や連絡先、待ち時間、定期的に実施されているアンケート調査の結果、患者の評価などを把握できるほか、近隣の診療所との比較、当該地域や全国平均とも比較できるようになっている。こうした取り組みを参考にすれば、アクセスだけで判断されている薬局の選定に際して、薬剤師の専門性とか、薬局の特徴など別の要素が加味されるのではないだろうか。
8――おわりに
この指摘は現在にも当てはまる面が多いと思われる。つまり、医薬分業を含めた累次の制度改正を経ても、国民は「薬剤師=薬を出してくれる人」「薬局=薬を出してくれる場所」という意識を持っており、薬剤師の専門技能が十分に理解されているとは言い難い。こうした中で、かかりつけ薬剤師・薬局に対する診療報酬を拡充しても、上乗せされる診療報酬の自己負担について、患者が有益と感じなければ、僅か300円の自己負担でさえ「高い」と思われている医薬分業の二の舞になりかねない。
つまり、いくら制度改正でテコ入れを講じても、患者が「報酬の引き上げは技能と信任に足る」と評価しなければ、半世紀近くも趣旨が徹底されなかった医薬分業と同じ轍を踏むかもしれない。本稿で述べた通り、様々な制度改正の選択肢が考えられるが、かかりつけ薬剤師・薬局に関する一連の制度を上手く活用しつつ、薬剤師・薬局が現場やコミュニティで実践することが求められる。
32 Adam Smith(1789)“An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations”[高哲男訳(2020)『国富論(上)』講談社学術文庫pp181-182]。
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
(2021年10月15日「基礎研レポート」)
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