2021年10月12日

カナダの分離ファンドの動向-はたして契約者は合理的に解約しているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

カナダでは、個人年金として、生命保険会社が販売する分離運用ファンド商品(以下、「分離ファンド」)が浸透している。分離ファンドは、投資信託に比べて、手数料が高く、投資利回りが低い。一方、元本が最大100%保証され、死亡時の給付も保証される、といったメリットがあり、人気がある。

カナダアクチュアリー会(CIA)は、分離ファンドについて、アメリカアクチュアリー会(SOA)、LIMRAと共同で解約や死亡の動向調査を行った。2018年に、その報告書(以下、「報告書」)を公表している1

本稿では、分離ファンドの内容や契約者の行動などを概観したうえで、類似の商品である変額年金でのリスク管理への応用について、みていくこととしたい。
 
1 “Canadian Segregated Funds Product Experience Study”(SOA, CIA, LIMRA, Nov 2018)

2――分離ファンドの特徴

2――分離ファンドの特徴

まず、分離ファンドとはどういうものか、からみていこう。

1分離ファンドは一般ファンドと分離して運用される
分離ファンドは、生保会社によって販売される投資型の個人年金保険である。投資の成長性と、保険の保障を併せ持つ商品性が特徴となっている。終身保険やユニバーサル保険といった、一般の生命保険の資産運用を行う一般ファンドとは分離して運用するため、「分離ファンド」と呼ばれている。
2分離ファンドには保険性があり、保険料の全額または一部の額が保証される
分離ファンドの資産は、投資信託と同様に、債券や株式などで運用される。その資産価値は、運用している証券等の価格変動によって変化する。

ただし、分離ファンドには、死亡保障や満期保障が組み込まれており、保険性を有している。また、保障額には、一定の保証が行われる。契約期間(通常、10~15年)が満期を迎えたり、契約者が死亡したりしたときには、返金額として、保険料の全額または一部の額が保証される2。解約したときには、返金額が保証されるタイプと、保証されないタイプの契約がある。

なお、全額保証するタイプの分離ファンドには、毎年の契約応当日に、保証を増額して再設定(リセット)できるオプションが、契約者に付与されることもある3
 
2 分離ファンドによって保証の内容は異なる。一般的に、保険料の75~100%から運用手数料などの費用を差し引いた金額を保証する。満期時、死亡時とも75%保証の(75/75)型、満期時に75%、死亡時に100%の(75/100)型、満期時、死亡時とも100%保証の(100/100)型、などがある。
3 保証をリセットした場合、契約期間は変更される。また、リセット時に料金を徴収する保険会社もある。
3分離ファンドには保険監督の枠組みが適用される
投資信託は、カナダ投資信託販売業協会(MFDA)を通じて規制されており、販売業者に関する苦情は非営利の自主規制型カナダ投資産業規制機関(IIROC)を通じて処理されている4

一方、分離ファンドは、規制上、保険商品であるため、金融機関監督局(OSFI)が監督し、保証条項に関するOSFIガイドラインの対象となる。

投資信託は、証券会社から直接購入することも、金融機関を通じて購入することもできる。これに対して、分離ファンドは、証券会社や金融機関では購入できず、所定の認可を受けた保険代理店や保険ブローカーを通じて購入することとなる。
 
4 MFDAは、カナダ証券取引委員会(CSA)の主導により発足した国立の自主規制機関。IIROCは、カナダ各州の証券委員会から認証を受けた公認自主規制機関。

3――分離ファンドの動向

3――分離ファンドの動向

ここで、分離ファンドの販売状況や資産の動きをみておこう。

1近年、カナダの個人年金市場は、分離ファンドの販売が中心
新契約の保険料の推移をみると、2020年は3年ぶりに130億ドルを超えた。個人年金全体に占める分離ファンドの割合は80%台で推移しており、近年、カナダの個人年金市場は、分離ファンドの販売が中心であることがみてとれる。
図表1. 分離ファンドの販売動向(個人年金)
2分離ファンドの資産は、2020年に増加
つぎに、分離ファンドの各年末の資産の推移をみてみる。市場価格の上昇・下落に応じて、資産は変動する。2020年は、運用環境が好調だったことを受けて資産が増加し、1,600億ドルを超えている。
図表2. 分離ファンドの資産の動向(個人年金)

4――報告書のサマリー

4――報告書のサマリー

本章では、報告書をもとに、分離ファンドの契約者の行動などをみていこう。

1解約率は、解約保証がある契約のほうが低かった
報告書では、2008~13年の調査期間中に発生した解約や死亡について、まとめている。

解約率(契約の消滅を伴う解約率)は、件数ベース(7.3%)のほうが、金額ベース(6.5%)も高かった。つまり、低額の契約ほど、多く解約が発生していた。

つぎに、解約保証の有無による解約率の違いをみると、解約保証を行なう保険会社のほうが、行わない保険会社よりも、解約率が低かった。
図表3. 解約率の比較
さらに、解約保証がある契約については、イン・ザ・マネーの状態(分離ファンドが投資した証券等の資産価値が下がり、解約すると保証の効用を享受できる状態)のほうが、アウト・オブ・ザ・マネーの状態(その逆の状態)よりも、解約率が低い傾向があった。

これらの解約保証の有無と解約率の関係や、イン・ザ・マネー、アウト・オブ・ザ・マネーと解約率の関係は、いずれも合理的とはいえない5

あくまで私見となるが、筆者は、これらの原因をつぎのように考察した。解約には、生活資金の確保などのために必要に迫られてやむをえず行う解約と、市場価格の動きをみながら有利なタイミングを選んで行う解約の、2つの種類がある。

件数ベースのほうが、金額ベースよりも解約率が高かった点は、「少額でも解約して現金化したい」という動きの現れを意味しており、解約の有利不利を考慮しない前者の解約が多く発生したものと考えられる。このため、解約保証なしの契約や、解約保証ありでアウト・オブ・ザ・マネーの状況でも、解約が多発したのではないか、と考えられる6
 
5 報告書では、その原因について、特に言及していない。
6 そもそも契約者が解約保証の内容を正しく理解しているか、についても考えてみる必要があるだろう。このことは、複雑な分離ファンドの商品内容を、加入時に契約者に十分に説明できているか、という問題につながる。
2死亡率は、高額契約ほど高かった
報告書では、実績死亡率の、想定死亡率7に対する割合(A/E比)を、性別、年齢、解約保証の有無別に計算している。A/E比は、金額ベースと件数ベースでみていく。(図表4~7)
 
7 解約保証なし契約の想定死亡率は、生命保険被保険者生命表である1997-04 Canadian Institute of Actuaries Mortality Table (CIA 97-04)の終局死亡率につき、喫煙者用20%と非喫煙者用80%を合算した率。一方、解約保証あり契約の想定死亡率は、個人年金受給者生命表であるCanadian Insured Payout Mortality Table (CIP 2014)の死亡率としている。
(1) 件数ベースと金額ベースの比較
金額ベースの死亡率は、件数ベースの死亡率よりも高かった。この傾向は、高額契約ほど死亡が発生しやすいという、モラルリスクが一定程度発現したものとみることができるだろう。ただし、その発現の程度は、性別、年齢、解約保証の有無により異なっていた。

(2) 性別、年齢の違いによる比較
65歳以上では、概ね、女性のほうが、男性に比べてA/E比が高い傾向がみられた。また、75歳以上では100%を超えるケースもみられた。

(3) 解約保証の有無の違いによる比較
性別や年齢ごとにA/E比の傾向が異なっており、解約保証の有無がA/E比に及ぼす影響を、一概に述べることは困難であった。
図表4. 死亡率の A/E 比 (男性、解約保証なし)
図表5. 死亡率の A/E 比 (女性、解約保証なし)
図表6. 死亡率の A/E 比 (男性、解約保証あり)
図表7. 死亡率の A/E 比 (女性、解約保証あり)

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、カナダの分離ファンドの内容や、解約率・死亡率の動向について、簡単にみていった。

一般に、分離ファンドのような保証を有する契約は、複雑なものが多く、その内容や販売方法により、契約者の理解の程度に差が生じる。その結果、解約や、モラルリスクの発現といった形で、保険会社のリスク要因となる場合がある。実績データによれば、契約者による解約が、必ずしも合理的に起こるとは限らないこと。モラルリスクは、性別、年齢、解約保証の有無により発現の程度が異なること、などが明らかになった。

分離ファンドと類似の貯蓄保険は、日米の変額年金、イギリスやドイツのユニットリンク年金、フランスやドイツのカピタリザシオンなど、さまざまな形で販売されている。

こうした保証付きの貯蓄保険のリスクを管理していくうえで、海外の類似保険の動向には、参考になる部分が多いものと考えられる。今後も、引き続き、各国のアクチュアリー会の報告書等をもとに、海外の動向をみていくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年10月12日「保険・年金フォーカス」)

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