2021年09月15日

‘富(とみ)’の分配-中国における三次分配の台頭

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――“三次分配”の台頭

中国では、金融、教育、文化・芸能などの事業分野において、厳しい規制の導入が進んでいる。当初は、急成長をするオンライン金融事業者向けに進められていたが、人口減少や出生率の低迷がクローズアップされると教育費の抑制に向けた塾の非営利化、習近平思想の必修化など教育分野での規制も進んだ。その一方で、アイドルの若年化やそれを熱狂的に応援するオンライン上の‘推し活’の規制など文化・芸能を含め、社会に対する規制が広範囲に繰り広げられている。教育や文化・芸能面での規制が目立つようになると、毛沢東時代の文化大革命(文革)のような政治運動の再来ではないかという観測も出始めた。
 
このような状況の中、8月17日に開かれた中央財経委員会第10回会議では、格差を是正し、国民全体がともに豊かになる「共同富裕」が再度強調された。共同富裕を実現する方法として、市場を通じて個人や集団に分配される「一次分配」、一旦分配された資源を政府が必要度に応じて税制や社会保障を通じて再び分配しなおす「再分配」に加えて、企業や個人の慈善活動や寄付などによる“三次分配”1といった分配機能を適切に組み合わせることで格差を是正していく点が示された。
 
今回、特に注目されたのが、最後の“三次分配”だ。先に豊かになった人が、取り残された人を支え、共に豊かになることを提唱している。近年、急成長をとげた企業や高所得の個人に対して、その資産や富を提供し、社会に還元するよう求めたのだ。そもそもこの三次分配は、1994年に北京大学の経済学者である厲以寧教授が著書『株式制と現代市場経済』において提唱したもののようだ2。「自身が望んで、または習慣や道徳的な観念から所得の一部または大部分を寄付すること」を指すとしており、経済や市場による一次分配、政府による再分配(二次分配)と同様に、富の再分配の方法の1つとして位置付けたのである。習近平政権以降、散見されるようになり、2019年以降は重要会議においても取り上げられている。
 
この三次分配の提唱に素早く反応したのが電子商取引(EC)、SNS、オンラインゲームといった、社会のデジタル化によって富を得た新たな富裕層である。会議の翌日の18日には、SNSやオンラインゲームのIT大手のテンセントが「共同富裕特別計画」として、低所得層の支援、医療救済、農村振興などに500億元(約8500億円)を拠出すると発表した。また、9月2日には、EC大手のアリババグループが「共同富裕を推進する10の行動」として、デジタル化の遅れた地域の支援、社会的弱者の雇用支援、配達員などギグワーカー向けの保障事業など2025年までに1,000億元(約1兆7000億円)を拠出すると発表した。その他多くの企業や個人が追随している。
 
1 「理論視野|三次分配的作用和辺界」、中共中央紀律検査委員会・中華人民共和国国家監察委員会ウェブサイト、2021年9月2日、
https://www.ccdi.gov.cn/yaowen/202109/t20210902_249331.html、 2021年9月9日アクセス
1 「中央提“三次分配”、怎么看?怎么干?」、中国経済ネット、2021年8月24日、
http://theory.people.com.cn/n1/2021/0824/c40531-32205954.html、 2021年9月9日アクセス

2――2020年、中国内の寄付額ランキング

2――2020年、中国内の寄付額ランキングで、首位はジャック・マーの32.3億元(550億円)

中国では近年、個人や企業による寄付・慈善活動、CSR、SDGsへの貢献に向けた取り組みなどが活発に行われている。Forbes Chinaでは、中国内における企業家の「慈善榜」(寄付額ランキング/2021 CHINA PHILANTHROPY LIST)を発表しており、2020年は32.3億元(約550億円)でアリババグループの馬雲(ジャック・マー)が首位であった(図表1)。
図表1 中国における企業家の寄付額上位10名(2020年)/図表2 寄付先事業の構成(2020年)
上位100名の合計額は245億元(約4,165億円)で、2019年の179億元から大幅に増加しており、背景には新型コロナウイルスに関連した寄付の増加がある。3位のテンセント・ホールディングスの馬化騰、5位のTikTokを運営するバイト・ダンスの創業者である張一鳴などからも分かるように、ITによって成長の果実である富(とみ)を得たプラットフォーマーが上位を占めている。いずれも本業では当局から何らかの規制を受けている人たちだ。

集められた寄付がどのような事業分野に活用されているかについて見てみると、新型コロナの影響からも医療分野が32.8%と最も多くを占めた(図表2)。2019年は6.4%であったことを考えると、大幅に増加している。また、教育(22.5%)、貧困支援(22.5%)事業への寄付を加えると、全体のほぼ8割を3事業で占めている。
 
一方、企業の活動としては、例えばアリババグループの例が挙げられよう。アリババは「公益事業にビジネスの手法を取り入れる」とし、対象や目的に応じたプロジェクトや基金などを多く立ち上げている。同グループのCSR報告書(2020-2021)3によると、新型コロナ対策(医療物資供給基金(10億元)、現金・資金投入(33.6億元)など)、低炭素社会の実現、環境保護、農村貧困脱却基金(2017年から5年間で100億元)、身体的弱者向けの雇用・生活支援、農村部の医療、教育面での資金・物質・現物提供など広範囲にわたっている。また、農村振興として、農村の産品のブランド化を進めており、2017年以降2020年までに832の貧困県がアリババのECサイト上で2700億元を売り上げている。資金のみならず、農村にビジネスの機会を提供し、自立することで貧困脱却を目指している。
 
3 『2020-2021 阿里巴巴集団社会責任報告』

3――企業・個人による三次分配は「点」

3――企業・個人による三次分配は「点」、政府は「面」で格差を是正する再分配機能を見直すべき

上掲のように、企業や個人による寄付や慈善事業(三次分配)は、対象者や事業、地域を限定し、ピンポイント(「点」)での支援が可能だ。政府の手の届かない対象や分野に、よりきめ細やかなフォローができよう。 しかし、真の意味で共に豊かになることを目指すのであれば、まず政府が取り組むべきは、再分配機能(「面」)の強化であろう。

ここでの政府の役割は、市場を通じて個人や集団に分配された資源の一部を税金や社会保険料などの形で徴収し、さらに、政府はこれらを一旦プールした上で一定の規準や必要度に基づいてさまざまな個人や集団に再分配することだ4。相対的な所得格差を示すジニ係数(可処分所得ベース)5をみると、中国は2008年(0.491)をピークに低下傾向にあったが、2015年(0.462)には上昇に転じている(図表3)。2019年時点で0.465と相対的な所得格差は大きく、中国国家統計局が「格差が過度に大きい」(0.4~0.5)とする状態にある。
図表3 ジニ係数(中国)
よって以下では、国民所得において、賃金などを含む第一次所得と可処分所得から、再分配の状況を確認してみたい。

まず、先行研究として、唐(2011)6は、国民所得に占める家計部門と政府部門の割合を第一次所得と可処分所得に基づいて分析している(1992~2008年)。その結果、2000~2008年までについては、家計から政府に支払う税金や社会保険料の方が大きく、経常移転や社会保険、福祉サービスなどの再分配機能は相対的に低下している点を指摘している。

澤田(2013)7は、唐(2011)の政府部門、家計部門に企業部門を加えて分析をしており(2000~2009年)、その結果、企業部門での可処分所得の低下は家計部門以上に大きく、唐(2011)と同様に政府による再分配機能が相対的に低下している点を析出している。澤田は、2003年以降の胡錦涛政権は民生を重視し、社会保障制度の拡充に大きく貢献したことを評価しながらも、そのイメージとは裏腹に、制度拡充を急ぐがゆえに結果として一次分配の不平等を制度に反映させてしまっており、習近平政権の課題は胡錦涛政権が整備した保障枠組みの実質化と制度内格差の是正であると指摘している。

また、李実(2016)8は、北京師範大学収入分配研究院による2013年の世帯調査データ(CHIP2013)を活用し、中国における社会保障制度の再分配効果について分析をしている。李は中国においては、ジニ係数に対する税や社会保障を通じた所得の再分配による効果が欧米諸国と比較しても限定的である点を指摘した。
 
そこで筆者は、習近平政権以降の状況について確認するため、上掲の唐(2011)、澤田(2013)の方法を踏襲しつつ、再分配機能の中でも、年金、労災など現金による社会保障給付や社会扶助給付を反映した「可処分所得」の構成(現物社会移転を除く場合)と、財・サービスなどの現物による社会移転を反映した「調整可処分所得」の構成に分けて分析してみた。

図表4は前者の第一次分配の国民所得に対する比率と、再分配を経た可処分所得(現物社会移転を除く)の構成の推移を示したものである。それによると、習近政権以降2018年まで、政府部門の可処分所得が1.0を上回っているのに対して、家計部門、企業部門は引き続き1.0を下回っていることが分かる。更に、習政権以降、政府部門の可処分所得は、一貫して増加する一方、企業部門は減少し続けており、企業、家計からの税や社会保険料などの負担は大きくなる一方、年金などの現金給付を中心とした再分配機能は相対的に低下していることになる。

一方、第一次分配の国民所得に対する比率と、政府部門から家計部門へ財・サービスなどの現物による社会移転を反映した「調整可処分所得」の構成の推移を確認してみる(図表5)。それによると、習近平政権以降、政府部門から家計部門への財・サービスによる移転が進み、家計の負担は相対的に軽減されている点が見られる。医療における現物給付部分の拡充、教育費などの移転において、一定の効果が見られ始めた点は胡錦涛政権時とは異なる点であろう。
図表4 再分配による国民所得の構成の推移(現物社会移転を除く場合)
図表5 再分配による国民所得の構成の推移(政府から家計への現物社会移転を含む場合)
上掲のように、時間や労力がかかったとしても、政府は税や社会保障における再分配機能を丁寧に見直し、受給格差や制度間格差、サービスの受給の改善に取り組んでいく必要があろう。加えて、国民の反発を招くリスクはあるものの、格差是正に効果のある資産(ストック)に対する固定資産税、相続税など財産税の導入検討も必要となってくるであろう。すでに負担の大きい企業に対して三次分配の必要性を説く前に、再分配機能や税制の見直しなどやるべきことがまだあるはずだ。
 
ただし、米国との貿易摩擦などから、2019年以降、企業の社会保険料負担の軽減や失業給付の還付、個人所得税の減税など政府主導で社会保険料や税金の大幅な負担軽減がはかられている点には留意が必要であろう。加えて、新型コロナの感染拡大に伴って2020年も同様の軽減策が継続されている。今後は、こういった2019年、2020年の企業負担の軽減措置がどのような効果をもたらすのかについても検討していく必要があろう。
 
4 武川正吾(2011)『福祉社会-包摂の社会政策』有斐閣アルマpp105-126
5 ジニ係数は、0から1の値で示され、1に近いほど所得分布が不平等で、格差が拡大していることを意味する。中国国家統計局は、ジニ係数について、0.2未満の場合は住民の収入が過度に平均化した状態、0.2~0.3は比較的平均化された状態、0.3~0.4は比較的合理的な状態、0.4~0.5は格差が過度に大きく、0.5を超える場合は著しく大きい状態としている(出典:国家統計局「王萍萍:関于我国居民収入基尼係数測算的幾個問題」、http://www.stats.gov.cn/ztjc/ztfx/grdd/201302/t20130201_59099.html、 2013年2月1日)2021年9月13日アクセス
6 唐成(2011)「中国経済における内需拡大の課題-消費率の低下要因分析を焦点にー」『桃山学院大学総合研究所紀要』36(3)pp111-125
7 澤田ゆかり(2013)「第6章 社会保障制度の新たな課題―国民皆保険体制に内在する格差への対応」機動研究成果報告『中国 習近平政権の課題と展望―調和の次にくるもの』アジア経済研究所
8 LiShi(2016)Redistributive effects of social security system in China,EU-CHINA Social Protection Reform Project
http://www.sprp-cn.eu/HLE2016/Reports/LiShiEn.pdf, 2021年9月14日アクセス
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2021年09月15日「基礎研レポート」)

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