2021年09月10日

上場会社にとってESGのGとは何か、目的は達成できているか-企業価値の向上を株式評価モデルで考える-

安孫子 佳弘

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今やESGは上場会社や機関投資家にとって、様々な意思決定をする際に無視できない、重要なファクターであることは言うまでもない。

その中で上場会社にとってのG(以下、コーポレートガバナンス)については、やるべきことが明確で、その中心には東京証券取引所が公表している「コーポレートガバナンス・コード」がある。東証で上場する企業にとっては当然重視すべきルールであり、コーポレートガバナンスの基本が集約されていると言えよう。

そこで本稿では、上場企業にとってのガバナンスについて、「コーポレートガバナンス・コード」を踏まえ、コーポレートガバナンスが有効に機能しているか、その目的に照らし、どのように評価すべきかを投資家目線でいろいろと考えてみたいと思う。具体的には、株式評価モデルを使ってみたい。

1――コーポレートガバナンス・コードの目的とは何か

1――コーポレートガバナンス・コードの目的とは何か

東証が公表する「コーポレートガバナンス・コード(以下、コード)」は2021年6月11日付のものが最新だが、最初に、コードの内容から「コーポレートガバナンス」の目的がそもそも何であるかを確認してみたい。
 
まずはコードの表題である「コーポレートガバナンス・コード」の副題は「~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために~」となっており、コードの目的が「会社の持続的な成長」と「中長期的な企業価値向上」であることは明白である。

このことは、コードの中で「会社の持続的成長」と「中長期的な企業価値向上」という言葉が、コードの各原則の目的として繰り返し何度も出てくることからも分かる。コードの大半は、その目的達成のための手段もしくは制約条件として書かれている。

具体的記述については本稿の最後にコードの抜粋を添付したので参照していただきたい。

2――企業の「持続的な成長」と「中長期的な企業価値の向上」をどのように評価すべきか

2――企業の「持続的な成長」と「中長期的な企業価値の向上」をどのように評価すべきか

コードの主な目的が「会社の持続的な成長」と「中長期的な企業価値の向上」だとすると、この「コーポレートガバナンス」の目的の達成度合いは、どう評価したら良いのだろうか。

イメージとしては「会社の持続的な成長」は増収・増益で、「中長期的な企業価値の向上」は中長期的な株価上昇という感じがするが、いずれにせよ、この2つは株主にとって有益かつ重要な成果を生むという意味では同じようなものであろう。

そこで、投資家目線、つまり株主にとっての価値ということで、証券投資理論における株式評価モデルを簡単に説明し、それを使って、コードの目的である「持続的な成長」と「企業価値の向上」をどのように評価できるかを考えてみたい。

株価評価モデルとして教科書や実務で使われるのは、主に配当割引モデル(DDMモデル)、割引キャッシュフロー法(DCF法)、残余利益モデルの3つであるが、この3つのモデルは理論的には同様のものであり、整合性のある同じ予測数値を用いると計算結果は同じになる。従って、使いやすいモデルを利用することに特段の問題はないと考えられる。
【企業価値とは何か】
本稿では「企業価値」は企業全体の経済的価値とし、以下のようなものとする。従って、「企業価値の向上」のためには、「株主価値の現在価値の増加」が必要となる。尚、「株主価値の現在価値」とは日々変動する「株式の時価総額」ではなく、理論上の本質的な価値を示す。

企業価値 = 資産の現在価値 = 負債(D)+ 純資産の現在価値

また、株主資本(E) ≒ 自己資本 ≒ 純資産 (注)とし、

企業価値 = 負債(D) + 株主資本の現在価値 とする。

(注)純資産と株主資本:通常、純資産の方が大きいが、金額的にそう違いはないものとする。

株主資本=資本金+資本剰余金+利益剰余金-自己株式
自己資本=株主資本+その他の包括利益累計額
純資産 =自己資本+新株予約権+非支配株主持分 = 資産-負債
(1)割引配当モデル(DDM:Dividend Discount Model)
このモデルは、株主にとって実際にもらうのは配当(d)だけという前提に立つ。株式を売却すると配当だけではなく売却代金も売った人に入るが、その人から買う株主は将来の配当をもらうことになるので、理屈としては永遠に配当だけが株式価値の源泉ということになる。その配当というキャッシュフローを、キャッシュフローが変動するリスク等に対応した株主資本割引率(r)で割り引いて、現在価値を算出するというものである。配当が毎年一律g%で成長という前提だと、以下のような簡単な式で株式価値が算出できる。

株式価値 = d / (r ― g)

このdを会社全体の配当額とすると、株主資本(E)の現在価値となる。これに負債(D)を加えると、「企業価値」となる。

つまり、このモデルによると「企業価値の向上」のためには、中長期的に配当が増える、つまり増配が継続する必要があるということになる。勿論、配当が毎年g%で増える必要はないが、増配基調で中長期的にg%成長が期待できるのであれば、「企業価値の向上」を達成することになる。株主資本割引率(r)の低下でも企業価値は上昇するが、具体策が少なく、そう簡単なことではない。

また、配当が持続的に増加すれば、「持続的な成長」というコードの目的も達成していることになる。「持続的」という意味から、無理して増配するのではなく、当期利益の範囲内で無理なく配当できるということが必要となろう。

但し、経営判断として自社の成長を優先して、配当をゼロまたは低水準にしている企業には、このモデルは適用できないので、次のDCF法で評価することになる。
(2)割引キャッシュフロー法(DCF法:Discounted Cash Flow method)
このDCF法は汎用性があり、企業買収や不動産価値等の評価に幅広く使われている。DCF法では、企業がビジネスを通じて得るキャッシュフロー(CF)を、そのCFのリスクに対応した割引率で割り引いて、企業価値を算出する。このCFは株主と債権者の両者のものなので、営業利益から税金やビジネスを継続・成長するための設備投資金額や運転資金増加額は差し引くが、金利の支払いは差し引かないフリー・キャッシュフロー(FCF)である。割引率は株主と債権者がリスクを負担しているので加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital:ワック)が使われる。
 
企業価値 = 将来のFCFをWACCで割り引いた現在価値
WACC=D/(D+E)×税引き後利子率i + E/(D+E)× 株主資本割引率r

このモデルは単純化すると以下のような式で企業価値を算出できる。

企業価値 = FCF / WACC 
(FCFが一律g%で成長と仮定すると、 企業価値 = FCF/(WACC-g)となる。)
 
このモデルでは「企業価値の向上」というのはFCFが持続的に成長するということになる。WACCの低下でも企業価値は上昇するが、これも株主資本割引率(r)の引き下げと同様、なかなか難しい。FCFの持続的成長のイメージとしては、キャッシュフロー計算書で、営業活動によるキャッシュフローが潤沢で年々増加し、将来への成長に向けた投資が行われ、現金残高も順調に増えているということになる。また、FCFが持続的に増加していれば「持続的な成長」も達成していることになる。

但し、急成長企業においては将来の成長のために多額の投資を継続し、FCFがマイナスとなり借入等でファイナンスする場合がある。この場合、このモデルでは簡単には判断できない。こうしたケースでは定性判断や将来の高成長を想定しての長期間のDCF法などが必要となるだろう。
 
以上の2つのモデルを使って確認できることは、急成長企業等の一部例外のケースはあるものの、企業の業績が良く、増益や増配を継続的に達成していれば「企業価値の向上」と「持続的な成長」を達成できていると言える。ある意味、当たり前のことが確認できたことになるが、売上高の増加だけでは「企業価値の向上」とはならず、増益や増配等が必要である点が明確になっている。
(3)残余利益モデル(RIM:Residual Income Model)
このモデルは、財務諸表の損益計算書における将来の純利益から株主が期待する通常の利益(株主資本コスト:株主資本×株主資本割引率r)を差し引いて残余利益とし、それを株主資本割引率rで割り引いて将来の残余利益の現在価値を算出し、それを財務諸表上の株主資本に加えて「株主資本の現在価値」を算出する。単純化して式で表すと以下のようになる。
 
株主資本の現在価値 = 財務諸表上の株主資本 + 将来の残余利益の現在価値
 
この式は「株主資本の現在価値」を評価するのに、財務諸表上の株主資本を出発点とするので、とても分かりやすい。つまり、「企業価値の向上」は「株主資本の現在価値の増加」を意味するので、「将来の残余利益の現在価値」がプラスで増加することと同義となる。
 
しかし残念ながら、増益や増配については、企業の発表や各種ニュース、アナリストレポート等で確認できるが、「将来の残余利益の現在価値」は簡単に算出することはできない。

そこで株主持分の現在価値の代替として時価総額を用いてみたいと思う。株価は企業業績以外にも金融市場動向や政治状況や自然災害等にも影響されるため、日々変動し、理論的な本質的価値(ファンダメンタルバリュー)から乖離する。実際、この本質的な価値に照らして現在の株価が割高か割安かという判断はファンドマネージャーやアナリスト等のプロが切磋琢磨し、情報収集した上で、各種分析や予測をし、個々の銘柄の売買等を行っている。本質的価値の算出は簡単ではない。

ただ、本稿で問題にしているのは「中長期的な企業価値の向上」があるかないか、それが十分かどうかである。株式市場のある程度の効率性を前提とすると、株価はファンダメンタルバリューを中心に変動していると考えられる。

従って、残余利益モデルでの「将来の残余利益の現在価値」がプラスかマイナスか、十分なプラスかについては、ある程度の期間をとって計測すれば、その企業が「中長期的な企業価値の向上」という目的を達成しているかどうかの評価の目安にはなると考えられる。

そこで、残余利益モデルで「株主資本の現在価値」を時価総額とすると以下のような式になる。
 
株式時価総額 = 財務諸表上の株主資本 + 将来の残余利益の現在価値

つまり、以下のように変形できる。

将来の残余利益の現在価値 = 株式時価総額 ― 財務諸表上の株主資本
 
ここで「将来の残余利益の現在価値」がプラスかマイナス、その度合いはどの程度かを見るという評価をするのであれば、株式時価総額と財務諸表上の株主資本のどちらが大きいかという話になるので、実は以下の数値が1より大きいかどうかという評価とほぼ同じ評価となる。

株式時価総額 / 財務諸表上の純資産(≒株主資本)
= 株価 / 一株当たり純資産
= PBR

つまり、PBRが1より大きければ、時価の方が純資産より大きいということになり、「将来の残余利益の現在価値」がプラスとなり、企業価値を向上させていることになる。

一方、PBRが1未満だと企業価値を毀損していることになる。勿論、投資家が見誤っているという見方もできるが、長期間に亘ってPBRが1以下の場合は、「企業価値の向上」という目的は未達ということになるだろう。PBRは「企業価値の向上」を判断する上で、とても便利な評価基準となる。

尚、PBRは以下のような式にも分解できる(すべて一株当たり)。

PBR(株価/純資産)=ROE(純利益/純資産)× PER(株価/純利益)

つまり、PBRはROE(企業の現状の収益力)×PER(投資家が期待する将来の成長力等)なので、PBRが高水準であれば、企業の収益力は高く、将来の成長性もあると投資家が期待していることになる。PBRを上げるには、企業はその両方とも達成しなければならないことになる。

3――上場企業はコーポレートガバナンスの目的をどのくらい達成しているのか

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安孫子 佳弘

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