2021年09月07日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その2)-Brexit後の英国での検討の動き-

中村 亮一

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4―RFRの技術的変更(LIBORからSONIAへの移行)

英国政府は、2021年4月に、LIBORベースからSONIAベースへのRFRへの移行に対応するために、PRAが適切な信用リスク調整を適用することを認める法律を制定した。

これを受けて、PRAは、2021年1月7日に、協議文書「CP 1/21:ソルベンシーII:深く、流動的で透明性のある評価、及び英国ポンドのSONIAへの移行」を公表し、2021年にはソルベンシーIIの技術情報を英ポンド LIBORからSONIAに移行することを提案した。これに対する意見を踏まえて、PRAは2021年6月3日に、政策声明12/21「PS12 / 21:ソルベンシーII:深く、流動的で透明性のある評価、及び英国ポンドのSONIAへの移行」5を公表した。

ここでは、この政策声明の概要を報告する。

新しい政策は、2021年7月31日からの参照日で公開された技術情報で有効になる新しい英ポンド RFRへの移行を除いて、これらの政策声明の公開日である2021年6月3日から有効になる。なお、次のステップは、CPの第1章に概説されている。
1|背景
2020年12月31日の午後11時以降、PRAは、マッチング調整(MA)及びボラティリティ調整(VA)の計算に使用される基本RFR及びFS(基本スプレッド)を含む、関連する通貨ごとのソルベンシーIITI(技術情報)を公開する必要がある。RFRは、深く、流動的で、透明性のある(DLT)金融市場で取引される金融商品に基づいている必要がある。

英ポンドを含む一部の通貨のソルベンシーIITIは、現在LIBORスワップレートを参照している。2008~2009年にかけての世界的な金融危機以来、LIBORが測定する市場での活動は減少した。基礎となる取引の量が少ないということは、LIBORがもはや持続可能ではなく、将来の実行可能性に疑問を投げかけていることを意味している。米ドルLIBORパネルは2021年末に終了し、残りの米ドルパネルは2023年6月末に終了する。2021年3月、金融行動監視機構(FCA)は、殆どのLIBORパネルが2021年12月31日の直後に終了することを確認した。

英ポンドリスクフリー参照金利に関するワーキンググループ(RFRWG)は、英ポンド市場のLIBORの優先代替品として、英ポンドオーバーナイトインデックスアベレージ(SONIA)を使用することを推奨している。SONIAベンチマークレートは、英ポンドLIBORの強力な代替手段であり、イングランド銀行によって管理されている。

SONIAオーバーナイトインデックススワップ(OIS)レートを参照するには、英ポンドのTIを2021年末までに更新する必要がある。LIBOR移行の影響を受ける他の2つのPRA関連通貨である日本円と米ドルのTIも、やがて更新する必要がある。
2|CP1/21での提案
CP1/21 の中で、PRAは以下のことを提案した。

・関連する全ての通貨のDLT評価に対するEIOPA(欧州保険年金監督局)の幅広いアプローチを維持するが、評価に情報を提供するためのデータと情報ソースの範囲を拡大できるようにいくつかの変更を加える。

・2021年7月31日以降の基準日で公開されたTIのSONIA OISレートを使用して英ポンドRFRを計算し、これをサポートするためにSONIA OIS市場のDLT評価を実施する。また、移行日の前に、SONIA OISベースの指標となる曲線を公開することも提案した。

・SONIA OISレートのスプレッドとして再表示するのではなく、FSの長期平均スプレッド(LTAS)要素にすでに埋め込まれている(LIBORベースのRFRの)過去のスプレッドを保持する。

・LIBORからSONIA OISへの英ポンドRFRの移行の影響を、原則として、移行救済の対象となることを認める(例えば、技術的準備金に関する移行措置(TMTP)を介して)。

・MAポートフォリオ内の関連資産の参照ベンチマークの更新を、それらの資産の新機能である、又はMAポートフォリオの重要な変更であると見なさない。つまり、会社は、それらの更新の認可を得るためだけに新しいMA承認申請を行う必要はない。その後、参照ベンチマークが更新され、後続のMA承認申請に含まれる。

PRAは、CP1/21 の中で以下のことも述べている。

・SONIA OISレートに内在する信用リスクはごくわずかであると見なした。

・内部モデルの要件に沿って、金利リスクに部分的又は完全な内部モデルを使用することを承認した企業は、英ポンドRFR移行を適切に認めるためにこれらのモデルを更新する必要があるかどうかを検討する必要がある。
3|CP1/21に対する意見とそれを踏まえての対応
10件の意見があったが、回答者は一般に、DLT評価、SONIA OISベースの指標曲線の公開、SONIA OISの信用リスク調整(CRA)、LTAS、TMTP、MA適用、及び内部モデルに関するPRAの提案を歓迎した。

一部の回答者は、英ポンドのRFRがSONIA OISに移行したことによる財務的影響を指摘し、PRAに対し、この影響を緩和するために、以下のいずれかの方法で影響を平準化することの検討を求めた。

・企業が変化を起こすための時間的猶予を与える。
・新たな経過措置の導入
・SONIA OIS曲線に上方調整を加える。
・再計算の通常の基準が満たされているかどうかに関係なく、移行日にTMTPを再計算することを認める。

また、いくつかの点について説明を求める要望もあった。さらに。ソルベンシーIIRFRの構築のより基本的な側面等についての見解も表明されたが、これらは今回の検討の対象外である。

これらを踏まえて、最終的な方針を明確化することを目的として、CP1/21における方針にマイナーな変更が行われた。
4|実施と次のステップ
新しい方針は、2021年6月3日から有効になる。ただし、新しい英ポンドRFRへの移行は、2021年7月31日以降の参照日でのTIの発行で有効になる。誤解を避けるために、これは、PRAが日次スプレッドの数値を計算するときに(LTAS計算などで)使用する英ポンド RFRが、2021年6月30日までの日付のLIBORスワップレートに基づくことを、そして、2021年7月1日以降の日付のSONIA OISレートに基づくものに切り替わることを意味している。
5|評価の結果等
(1)英ポンドのDLT評価
SONIA OIS市場に関する最初のDLT評価が実施され、評価の結果、SONIA OISのLLPは50年と結論付けられた。

(2)日本円・米ドルLIBORの移行
CP1/21は、日本円と米ドルのTIの参照がLIBORスワップからOISレートに移行すると述べたが、これらの移行の日付とアプローチは、東京オーバーナイト平均レート(TONA)と担保付きオーバーナイトファイナンスレート(SOFR)を参照するスワップの流動性に依存する。

(2-1)日本円LIBORの移行
この政策声明の発行時点では、TONAを参照する市場はまだ開発の比較的初期段階にあるが、2021年中に活動が増加すると予想される。日本円LIBORスワップ市場がDLTとみなされなくなる時までに、TONAを参照する市場がRFR曲線の基礎として使用するのに十分なDLTではない場合、オンショアのソルベンシーII委任規則第44条は、国債の信用リスクを考慮して調整されたDLT市場からの国債レートを代わりに使用することを要求している。

PRAは、日本円LIBOR及びTONAスワップ市場の流動性を引き続き監視し、これらの市場がどの程度DLTであるかを評価する。また、PRAは、DLTな日本円スワップ市場が利用できない状況において、その日本円TIについて日本国債を参照するように移行することをデフォルトのポジションとするために必要な準備を行う。

日本円はPRA関連通貨であるが、日本円のTI移行によって影響を受ける英国の保険会社の事業の割合は非常に小さい。PRAは、移行に関連して直面する可能性のある問題を理解し、準備するための十分な時間と情報を確保するために、重大な影響を受ける企業と直接連携することを意図している。また、PRAは引き続きEIOPAと連携し、独自の日本円TIの移行に向けた準備を理解する。その後、PRAは、移行の最終的な実装の詳細を、適当な時期に通知する。

(2-2)米ドルLIBORの移行
殆どの米ドルLIBOR設定の停止は、2023年6月30日まで終了しない。ただし、米国の監督当局は、新しい契約での米ドルLIBORの使用は、リスク管理を目的とした比較的限定された一連の例外を条件に、実行可能な限り早く、2021年末までに停止する必要があることを明確にしている。PRAは、米ドルLIBORとSOFRを参照するスワップの市場活動のレベルを引き続き監視し、適当な時期に米ドルRFR移行の実装の詳細を確認する。

(3)UFR(終局フォワードレート)
2021年4月21日、EIOPAは2022年1月1日からEIOPAのTIの作成に使用されるUFRを公開した。EIOPAのUFRは、PRAが独自のTIに適用するのと同じ方法を使用して決定される。2022年の場合、PRAが独自のTIを計算するときに使用するUFRは、EIOPAによって公開されたものと同じであり、PRAは、使用されるUFR方法論に相違がない限り、これが将来も当てはまると予想している。

(4)IBOR(銀行間金利)の移行に関するEIOPAの協議
2021年4月30日、EIOPAは、IBORの移行と、それがソルベンシーIITIの公表にどのように影響するかについての協議文書を発表した。現在のところ協議提案であり、最終的なアプローチは異なる場合がある)。EIOPAは、(PRAに沿った)英国ポンドRFR曲線の将来の基礎としてCRAがゼロのSONIAOISレートを使用することを提案しているが、移行が行われる固定日は提案していない。代わりに、EIOPAは、(i)SONIA OIS取引とLIBORスワップ取引の比例シェア、(ii)過去の水準と比較した、LIBORスワップとOIS曲線の差の大きさ、を参照して移行日を決定することを提案している。EIOPAは、日本円とスイスフランの移行アプローチ(関連するOIS市場の流動性が現在低いため、最初に国債を参照する予定の場合)及びIBOR移行後の様々な通貨のLLPの決定についても提案している。EIOPAは、SONIA OIS市場の最初のDLT評価を実施するときに、英国ポンドのLLPが50年から30年に短縮されると予想しているが、PRA自身の評価では、英国ポンドのLLPは50年のままであると結論付けている。EIOPAの協議は、2021年7月23日に終了している。

(5)ソルベンシーIIのレビュー
2020年6月23日、政府はソルベンシーIIの特定の要素を検討する意向を発表した。2020年10月19日に、財務省はレビューのための証拠の募集を開始した。証拠要請には、英国ポンドRFRの移行に関するセクションが含まれ、移行の一部として考慮されるべき要因とそのタイミングについての見解を求めた。証拠要請は2021年2月19日に終了し、PRAは回答のレビューにおいて財務省を支援した。
 
6|今回のLIBOR移行について
ソルベンシーIIでは、金利スワップの信用リスクを説明するために、LIBOR曲線に10~35bpsの調整を課しているが、SONIA曲線の場合、PRAは、信用リスクは「現在無視できる」と述べているため、調整は行われない。これは、RFRだけでなく、ソルベンシーIIのマッチング調整とボラティリティ調整の基本スプレッドの計算にも影響する。

PRAは、SONIAへの移行に起因するスプレッドの変化を認識する必要がある長期平均スプレッド(LTAS、基本スプレッドへの入力)の計算を提案している。長期平均スプレッド計算にすでに組み込まれている過去のスプレッド(LIBORベースのRFRを超える)は、SONIAベースで30年を逆算しようとするのではなく、未調整のままになる。SONIAベースのLTASはLIBORベースのLTASよりもわずかに大きいと予想されている。

SONIAへの移行により、保険会社の負債がわずかに増加し、PRAによると「5%ptsより大幅に低い」悪影響が生じる可能性がある。

技術的準備金に関する移行措置(TMTP)を使用する保険会社は、移行措置の計算にSONIAへの移行の追加の影響を含めることが許可される。ただし、この変更だけでは、TMTPの再計算を正当化するほど重要ではないと想定されている。

5―報告要件のレビュー

5―報告要件のレビュー

PRAは、2021年7月8日に、「CP11 / 21 –ソルベンシーIIのレビュー:報告(フェーズ1)」を公表した6。この協議文書(CP)は、PRAが提案したソルベンシーIIの報告要件と期待に対する変更を示している。PRAは、証拠要請に対する財務省のレビューに沿って、これらの提案を作成している。この協議は2021年10月8日に終了する。

このCPの提案により、次の政策資料が変更されることになる。

・欧州委員会実施規則(EU)2015/2450 Instrument 2021(付録1)のオンショア版
・PRAルールブックの最低自己資本要件部分(付録2)
・監督声明(SS)(付録3から6)
・SS11 / 15 「ソルベンシーII:規制報告と免除」
・SS40 / 15「ソルベンシーII:監督当局に提供される報告及び公開オプション」
・SS41 / 15「ソルベンシーII:EIOPAセット2、ガバナンス制度及びORSAガイドラインの適用」
・SS44 / 15「ソルベンシーII:第三国保険及び純粋再保険支店」
・政策声明(SoP)「EUのガイドラインと推奨事項の解釈:英国がEUから離脱した後のイングランド銀行とPRAのアプローチ」(付録7)

なお、PRAは、このCPに定められた提案の実施日は2022年3月31日以降の四半期及び年次報告基準日となる、ことを提案している。
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中村 亮一

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