2021年08月30日

Facebook反トラスト訴訟中間判決の概要-FTCの主張は棄却するも訴訟は継続

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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4――裁判所による補足的なガイダンス

裁判所の本件についての判断は上記3で述べたところまでであるが、判決文においては、今後の訴訟進行のために補足的なガイダンスが示されている。その内容は(1)取引拒絶、(2)条件付き取引、(3)過去の企業買収への反トラスト法適用についてである。
1|取引拒絶
FTCの三つ目の主張は、Facebookの第三者独立アプリ開発者に対する規約において、Facebookの中核機能と競合する機能を有し、あるいはデータ転送を行うアプリとのAPI接続を拒絶することがシャーマン法2条違反に該当するというものであった。

裁判所は独占者についても、取引の自由が認められ、誰と取引するか、誰を取引しないかについて強制されるものではないとする。したがって、規約に反する事業者と取引を行わないということは、それだけではシャーマン法2条違反とはならない。

ただし、先例としてアスペン事件があり、これはアスペン周辺のスキー場の利用券の共同運用をスキー場運営会社であるアスペンがしていたところ、アスペンが周辺のスキー場の共同利用券の発行を止めたという事例であり、これが違法とされた。この先例から言えることは、(1)独占者が競争者との間で既存の取引関係があったこと、(2)独占者が関連市場における他の事業者との取引を継続していること、(3)短期的な利益を失うことにより、長期的に競争者を事業から追い出す以外の把握できる理由がないこと、の3条件を満たす場合に、訴訟が提起できるとする。

そして、FTCは確かに、これらの条件を満たす取引拒絶事例を主張しているとする。ただし、これらは遅くとも2013年のことであり、現時点で「違反を継続し、あるいは違反しようとする」という要件に該当しないと裁判所は判断する。

また、FTCは、Facebookが中核機能制限条項を再導入するだろうことを主張する。しかし、アスペン事件の先例からは、中核機能制限条項を入れることに加えて、その条項によって取引拒絶行為が差し迫っていることを示さなければならない。FTCはこのことを主張しておらず、むしろ過去8年起こっていなかったことがFTCの主張に明確に記載されている。
2|条件付き取引
FTCは、Facebookの条件付き取引はシャーマン法2条違反であると主張している。FTCは取引相手やその他の事業者が独占者と競争しないように誘導する(induce)ことはシャーマン法2条違反と主張しているが、これは間違いであると裁判所は指摘する。

条件付き取引とは通常、抱き合わせ取引(tying)あるいは排他条件付き取引(exclusive dealing)を指す。これらが通常の取引拒絶と異なるのは、一方的ではないこと(not unilateral)、そして独占者が、市場における競争者と第三者との関係を妨害するという点にある。

FTCは、FacebookのAPI接続の規約によってまさに第三者独立アプリ開発者と、Facebookの競争者の取引を妨害したと主張する。しかし、FTCの主張は十分でない。第三者独立アプリ開発者はFacebook以外のプラットフォーム用のアプリを開発することができた。Facebookの規約はFacebookバージョンのアプリが競合プラットフォームへのリンクや相互運用を禁止するだけのものである。FTCの主張はFacebookが第三者独立アプリ開発者と他のプラットフォームとの取引を妨害した事例を具体的に示してはいない。

したがって裁判所はシャーマン法2条の排他的行為に該当するとは判断しない。
3|過去の企業買収への反トラスト法適用
Facebookによる棄却申立ての中で、InstagramとWhatsAppの買収は2012年と2014年に行われており、差し止め命令の要件である「違反を継続し、違反しようとする」に該当しないとの主張があった。

この点、先例はクレイトン法7条(競争を実質的に減殺し,又は独占を形成するおそれがある株式その他の持分(Stock or Other Share Capital)又は資産(Assets)の取得の禁止)について、買収することそのものだけではなく、企業を保有しつづけることにも適用があるとする。

本件でのFTCの主張はシャーマン法2条違反ではあるが、裁判所はクレイトン法7条違反のケースと別の判断が必要であると考えないとする。

5――検討

5――検討

本項で検討を加えることとするが、無償のSNSサービスという前例のない取引市場における案件であるため、中間判決が何を認めて、何を認めなかったかを整理してみることにとどめる。
1|裁判所が認めたこと
裁判所が認めたのは、大きくは(1)個人向けSNSという関連市場が存在すること、および(2)Facebookが過去において行ったAPI遮断がもし現時点で行われていれば取引拒絶に該当しシャーマン法2条違反になりえたということ、および(3)過去にFTCから承認を受けた企業結合であっても引き続き反トラスト法の審査対象となることである。

まず、(1)反トラスト法における関連市場の定義は、従来、事業者が価格を実質的に上昇させた場合に、消費者が他の商品を代替物として購入することとなる範囲であると考えられてきた。そうすると、個人向けSNSでは、利用者に無償で利用させているため、関連市場が画定できないのではないかという論点があった。この点、無償サービスにおいても、個人情報保護などのサービスレベルがあり、このサービスレベルが低下したときに、他のサービスに代替することとなる範囲で関連市場が認められるとの議論があった。

裁判所は結局、Facebookのシェアが計算できないとしてFTCの主張を排斥したものの、関連市場が成立しうることは認めている。つまり無償でも市場は成立するということを裁判所が認めたという点で意義がある。

次に、(2)FTCによって主張された、Facebookの中核機能制限条項のシャーマン法2条違反行為について裁判所は排斥した。これは主張された行為が過去の行為であり、「違反を継続し、あるいは違反しようとする」に該当しないからという理由である。そうすると、今後Facebookが中核機能制限条項を再導入し、実際に活用することになれば裁判所は違法と判断することとなるだろう。したがって、この点については、Facebookが実質敗訴したと言えそうである。

最後に、(3)FTCが過去に承認をしており、かつ企業結合済みの企業グループであってもシャーマン法2条違反を問えるとの考えを裁判所は示した。FTCはFacebookがInstagramとWhatsAppの買収後、これらサービスの展開を制限していると主張していることの文脈からすると、このような裁判所の判断は、すでにグループ化した企業における経営戦略について大きな影響を与える可能性がある。
2|裁判所が認めなかったこと
裁判所が認めなかったのは、Facebookの個人向けSNS市場における独占的シェアである。個人向けSNS市場においては原則、無償市場であるため、売上高は問題とならないことは直感的にも理解できる。他方、月間アクティブユーザーやアカウント数、あるいは利用時間はシェアとして考えうる余地はあった。たとえばEUのDigital Market Act案では、一定数以上のアクティブユーザー数の存在を一要素としてゲートキーパーとみなして特別な規制をかけるという方向性が示されている2。しかし、確かに規模が大きいことと、シェアが高いことは似てはいるが違うといえるかもしれない。

仮に、アクティブユーザー数などの利用の状況がシェアとして勘案されないとすると、FTCには二つの方法があるように思える。まず、間接証拠としての独占的シェアを立証するのではなく、「競争的水準よりも実質的に高水準な価格に引き上げた」ことを直接立証することである。しかし、無償市場において価格について議論することはそもそも理論的に困難である。もうひとつは、両面市場のもう一つの面である運用広告市場における独占的なシェアを主張・立証することである。しかし、この場合、YouTubeやTwitterなどの別の大手のサービスもあり、独占的シェアとは言いにくいかもしれない。以上からすると、訴訟自体は棄却されなかったものの、FTCには大きな課題が課せられたと言える。

6――おわりに

6――おわりに

結局、現行法の下では、今回の裁判の中間判決までしかたどり着けないということなのかもしれない。そうすると立法による解決ということになるが、米議会、特に民主党にデジタルプラットフォーム事業者規制について立法へ向けた動きがあり、今回の判決が改正案の内容に影響を及ぼすかもしれない。

ところでFacebookの独占的状態における排除行為があるとして、どのような弊害があり、どのように是正されるべきか。一つの考え方として、EUのDigital Market Act案(=プラットフォーム間の競争促進)の方向に加えて、Digital Services Act案(プラットフォーム上のコンテンツの適正化)の方向での規律の適用も考えるべきではないかといえるのではないか。

すなわち、競争の活性化により、利用者がよりユーザーインターフェースが使いやすく、あるいは他人とつながりやすい個人向けSNSを享受することも重要ではある。ただ、差し迫った問題として言論空間をFacebookという一企業としての判断に任せざるを得なくなりかねないこともある。ネット上の言論空間が単独企業のサービス以外の選択肢が狭まることは避けるべきとの価値判断はあってしかるべきと考える。したがって、法改正はこのような観点からも検討されることが必要であると考える。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2021年08月30日「基礎研レポート」)

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