2021年08月30日

Facebook反トラスト訴訟中間判決の概要-FTCの主張は棄却するも訴訟は継続

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

文字サイズ

1――はじめに

2021年6月28日にコロンビア地区連邦地裁は連邦取引委員会(Federal Trade Commission)がFacebookに対して提起した競争法違反に関する中間判決を出した。この訴訟が提起された時点の内容は基礎研レポート「巨大プラットフォーム企業と競争法(2)-Facebookをめぐる競争法上の課題」に記載したところである。

提訴の概略を簡単に述べると、FTCが、(1)Facebookは個人向けSNS(Personal Social Network Services)市場での独占を不当に維持するために、モバイル端末で写真共有に強みを持つ個人向けSNSであるInstagramと、個人間のOTTメッセージアプリ(電話番号以外のアドレスを利用して、テキスト通信のできるアプリ)であるWhatsAppを買収したこと、および(2)第三者アプリ開発者に対して、Facebookと競争関係にある機能を実装しないことなどの条件を付すことで、個人向けSNS市場における競争を制限したとの主張を行い、不正競争行為の差し止め等を求めて提訴したものである(図表1)。
提訴の概略
該当条文はシャーマン法2条であり、当該条文は「各州間の又は外国との取引又は通商のいかなる部分を独占化し,独占を企図し,又は独占する目的をもって他の者と結合・共謀する」ことを禁止するものである。これは、日本における私的独占の禁止(独占禁止法第3条)に相当するものである。

FTCはシャーマン法2条の違反を主張し、FTC法13条(b)でFTCに認められている差し止め請求(injunction)を求めた。

連邦地裁はFTCの主張(Complaint)をいずれも否定し、Facebookの棄却申出(Motion to Dismiss)を認めた。ただし、FTCの主張を否定したにとどまり、訴訟(Case)自体の棄却はせず、FTCからの主張の出し直しを認めた。

裁判所は、FTCの主張する個人向けSNSの市場について、その境界が明確となっておらず、したがってFTCの主張する市場シェア60%超というFacebookの市場支配力を立証できていない。また、相互運用性の拒否はそれ自体違法ということにはならず、仮に違法性が立証できたとしてもFTCの主張する不正競争行為は「相当過去の行為」であって、差し止め命令(injunction)の対象とはならないとした。

なお、本判決に応じて2021年8月18日FTCは主張の出し直しをしているが、この内容については別途検討を行う。

2――裁判所の事実認定

2――裁判所の事実認定

1個人向けSNSとFacebook
裁判所はまず議論の前提として、個人向けSNSを「ユーザーをネットワーク上でバーチャル(仮想的)につなぎ、また共有されたバーチャル空間において、意見や経験を投稿することでデジタルに共有することを可能にするもの」と要約する。

そのうえでFTCの主張をベースにして、以下の事実を述べる。まず、Facebook(正確にはFacebookのプラットフォームであるFacebook Blue)はユーザーが友達との間で、ユーザーが作り出したコンテンツを交換し合い、自分も投稿することによってコンテンツを作り出すものである。Facebookでは、このような個人の投稿のほかに、ニュース記事や広告が表示される。さらに、Facebook上、あるいは第三者の開発したアプリでゲームをすることもできる。

Facebookはユーザーに利用料金を請求するのではなく、広告を販売することによって収益化する。FTCはFacebookがユーザーへの金銭的な要求を控え、かわりにユーザーデータとユーザーの関与(engagement)を広告により収益化する。言い換えるとユーザーは時間と関心および個人データをFacebookへのアクセスと交換する。
2|InstagramとWhatsAppの買収
FTCの主張では、Facebookは、2011年には米国での支配的な個人向けSNS提供者としての地位に至った後運命的な戦略転換を行ったという。すなわち、最善の製品を提供する代わりに、新しい競争者の成長に対して、締め出し・機先を制することに注力することで独占を守ることとしたと主張する。そのために行ったことが(1)Instagramの買収、(2)WhatsAppの買収、(3)競合アプリのFacebookとの相互運用を阻止する約定の適用と強制である(①②は本項で解説。(3)は次項で解説)。

(1)Instagramは2010年に創業した。Instagramはカメラが内蔵されたスマートフォン時代における革新的な写真加工・共有アプリで、個人向けSNSにおけるFacebookの競合者であるとFTCは主張する。Instagram買収にあたっては、FTCによる異例の4カ月の長期の審査が行われたが、最終的に買収を承認した。FacebookはInstagram買収により自社開発の写真共有アプリの提供を終了した。FTCによれば、Instagram買収によりFacebookは写真共有において独占的な地位を占めたと認識し、また、FacebookとInstagramが共食い(cannibalizing)をしないようプロモーションを分離したとする。

(2)WhatsAppの買収であるが、WhatsAppは2009年にOTTメッセージサービス(上述)として設立され、2011年ごろ急成長した。メッセージサービスは個人向けSNSと直接競合しないものの、Facebookは、WhatsAppが将来的にモバイル端末におけるソーシアルネットワークに成長し、ゲームプラットフォームやニュース提供メディアになるとのおそれを抱いた。Facebookも2011年にメッセージアプリの提供を開始したが、Facebookは競争よりも買収を選択した。買収はFTCの審査にかけられたが、やはり承認された。FacebookはWhatsAppを個人向けSNSとして成長させることはせず、メッセージアプリとしてその成長に枠をはめた。

FTCは、InstagramとWhatsAppの取得による独占化は、現在進行中であるとする。FacebookはInstagramとWhatsAppをFacebookの堀(moat)として競争上の脅威を無効化(neutralize)しているとする。
3|アプリの相互運用性の制限
Facebookは設立後まもなくFacebookプラットフォームを構築し、Facebook上で第三者アプリ開発者がアプリを提供することを許容した。アプリとしてはゲーム、ページデザインから動画共有、電子商取引アプリまで幅広いものであった。これらアプリはフリーミアム1あるいは広告収入により収益化する。

2010年にFacebookはプラットフォームにあらたな機能を追加する。それはFacebookのデータをアプリが共有できるようにするインターフェイス(Application Programming Interface, 以下API)を提供するというものである。APIを利用することで第三者アプリは、ユーザーをFacebook上または第三者アプリ上で他のFacebookユーザーとつなげることができる。例として、チェスゲームの対戦アプリが挙げられる。

さらにFacebookはOpen Graphという機能を追加した。この機能により、アプリはいいねボタンを埋め込むことができ、たとえばワシントンポストという一般紙のサイトで、読者がいいねボタンを押すだけで、Facebookに記事を連動して表示させることができる。

Facebookはこれら機能により、多くのデータを得ることができ、利益を得てきたとFTCは主張する。

しかし、2011年よりFacebookは、個人向けSNS独占への競争上の脅威となる新生アプリの成長軌道を阻害するよう力を使い始めたとする。

まず2011年にはアプリ開発者に対し、他の競合するSNSに統合し、リンクし、促進し、転送しあるいは回送する(integrate, link to, promote, distribute, or redirect to)ことを禁止した。ただし、この時点ではこれら制限はFacebook上のみで作動するアプリに限定されていた。

2012年になって、ワシントンポストのようなFacebook外で作動する第三者独立アプリの開発者に対して、Facebookプラットフォームを利用して許可なくFacebookと競合するSNSへ、ユーザーデータを送信しないことの条件を追加した。さらに2013年、第三者独立アプリ開発者に、Facebookのプラットフォームを利用して、Facebookの中核となる製品又はサービスを複製した(replicate)製品またはサービスの販促、あるいはデータ転送を行わないことという条件を課した(中核機能制限条項)。

実際にFacebookは中核機能制限条項を根拠にしてAPIを切断した。まず、PathというクローズドなSNSの接続を解除した(2018年にサービス終了)。次にTwitter社の運営するVineというビデオ共有アプリ(2017年にサービス終了)を2013年1月に接続を解除し、地方SNSのCircleについては同年12月に解除した。最後に多数のメッセージアプリの接続2013年8月に一斉解除した。

なお、2018年12月に上記の中核機能制限条項を削除した。しかし、FTCは、現在の公の調査が終了すれば再導入するだろうと主張する。
 
1 基本サービスは無料で、特別な機能やアイテムを有料で提供するもの

3――裁判所の判断

3――裁判所の判断

1結論
判決文ではまず結論が書かれている。FTCの差し止め命令の請求に対して、民事手続法(Civil Procedure)12(b)(6)の「その救済が与えられるべき請求(claim)が述べられていないとき」には棄却が認められるとする規定に基づいて、Facebookは棄却申立て(motion for dismiss)をしていた。裁判所はFacebookの棄却の申立ては本規定に基づいて認められるとした。

裁判所は、FTCの訴え(complaint)には、請求について救済が与えられるべきとする、額面として確からしい(plausible on its face)といえるだけの十分な事実を述べている必要があった。言い換えると、投機的な水準(speculative level)を超えて、救済の権利を与えるのに十分であることが求められたとしている。

ところで、シャーマン法2条における市場独占の維持の主張に関しては2つの要素を満たす必要がある。一つ目は関連市場における独占力(monopoly power)の保有、二つ目は、優位な製品、ビジネス上の洞察力、または歴史的な事故といったものの結果としての成長や発展とは区別される悪意のある支配力の維持である。二つ目の要素は、反競争的(anticompetitive)あるいは排除行為(exclusionary conduct)と通常呼ばれる。Facebookは、いずれの要素も立証できていないと主張している(図表2)。
【図表2】シャーマン法2条違反行為
裁判所は一つ目の要素、すなわち個人向けSNS市場における独占力の保有について十分な立証ができていないと判断した。したがって、二つ目の要素については判断を要しないとする。

ただし、裁判所はFTC法13条(b)で訴訟を継続するために一定のガイダンスとしての判断を示している。FTC法13条(b)では、シャーマン法2条違反について「違反を継続し、あるいは違反しようとする(is violating or is about to violate)」場合にのみ救済が行われる。しかし、FTCの主張では8年前の事実しか主張されていないため救済は与えられないとする。他方、Facebookの主張するところとは逆に、すでに買収が完了しているInstagramとWhatsAppの取得・保有について訴えることが可能であることを示した。
2|関連市場と独占的シェア―原告の主張の分析
独占力とは先例(マイクロソフト控訴審判決)によれば、価格を支配し、あるいは競争を排除する力のことを指し、事業者が利益を得るために、競争的水準よりも実質的に高水準な価格に引き上げられている場合に、独占力を有する独占者とされる。このように事業者が利益を得るために競争的水準以上に価格を引き上げたということを直接立証できることはまれであり、通常は「関連市場で独占的なシェアを保有」するかどうかという状況証拠をもって判断してきた。

独占力が意味を持つのは、関連市場において、独占力が継続的(durable)にある場合であって、参入障壁(barriers to entry)が存在することを立証する必要がある。
【図表3】独占力の立証方法
そこでまず関連市場についてであるが、これは事実問題ではあるものの、法的な分析のもとで得られる概念である。ひとつの関連市場では、すべての商品が同一の目的のため、消費者によって合理的に相互互換的である。言い換えると、裁判所はまずふたつの製品が同じ目的に使用されるかどうかを判断し、もしそうであれば購入者は別の商品を代替とすることを望むかどうか、どの程度代替することを望むかを観察する。この点についての多くの訴訟で争いが生じており、たとえば税金申告においてデジタル製品としての税金申告支援製品に対して、専門家の支援、あるいは紙にペンで書き込む税金申告支援テキスト製品が代替製品として含まれるかなどの争いがあるとする。

FTCの個人市場の定義は上記で述べたところであるが、その要素としては3つある。(1)ユーザー間、友達、家族その他の個人的関係者との間で構築されるソーシャルグラフ(人々の相互関係をつなぐ、いわば地図のようなもの)上に形成されるものである。(2)一対多の放映形態を含む共有バーチャル空間において個人的なやり取りや経験の共有を日常的に行うものである。(3)個人間の関係を構築し拡張するために、ユーザーに他のユーザーを検索し、つながりを持つことを可能とすることができる、という3要素である。

FTCは、さらに十分に代替的なインターネットサービスは存在しないとする。具体的に4種類のサービスを挙げ、それらが合理的に相互代替的ではないと説明する。(1)特殊なSNS:これは職業上のSNSであって、主に商業用途に用いられ、個人的な関係を維持し経験を共有する個人向けSNSには用いられない。(2)Strava(肉体運動に関するSNS)などのSNSは特定の興味に基づいているものであって、個人向けSNSと相互代替的でない。(3)YouTubeやSpotifyのような動画などの共有サービスも受動的かつ他人がつくるコンテンツを主に視聴するものであって個人向けSNSと相互代替的でない。(4)モバイルメッセージサービスは、共有空間がないこと、および友達を探すことを支援するソーシャルグラフを採用していないため、個人向けSNSと相互代替的でない。

このようなFTCの主張に対して、Facebookが反論を行っているものの、裁判所はFTCの主張は批判のあるところ(bone to pick)ではあるが、まったくの的外れではない(not devoid of meat)とする。
3|関連市場と独占的シェア―裁判所の判断
上記2|は認めたものの、裁判所はFTCの主張を認めなかった。それは、FTCがFacebookの関連市場に占めるシェアがどの程度であるかに関して、実際の数字や範囲の見積もりを一切示していないためである。先例によれば、FTCがたとえばシェア60%超と言えば、通常は受け入れられやすいが、本件においてFTCはどのようにシェアを計算したかすら示していない。

個人向けSNS市場においては、通常の市場のように収益や販売個数という数字で計算することはできない。確かに収益を示すことはできるが、それは別の市場―広告市場で得たものである。また一日当たりユーザー数や月間ユーザー数なども、個人が多様なサービスについて複数のアカウントを持っている場合においてシェアの計測には適切ではない。利用時間も適切ではない。それは、たとえばInstagramでコメディアンの動画を見ている時間は、シェアを計測するにあたっての個人向けSNS利用時間と言えないと判断されるからである。

さらにいうと、FTCは個人向けSNS市場において、FacebookとInstagram以外にどのような業者がいて、それらの業者が30-40%のシェアを握っているということも示されてはいない。

したがって、FTCはFacebookのシェアが関連市場でどの程度であるかを示すことができておらず、したがって、独占力を保有するということはできないと裁判所は判示した。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【Facebook反トラスト訴訟中間判決の概要-FTCの主張は棄却するも訴訟は継続】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

Facebook反トラスト訴訟中間判決の概要-FTCの主張は棄却するも訴訟は継続のレポート Topへ