2021年08月23日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-割引率に関する基準の評価等-

文字サイズ

3―UKEBのテクニカル・ペーパーにおける評価

前回のレポートで報告したように、UKEBは、7月20日に、割引率と年金のCSMの割当の2つのトピックに関するテクニカル・ペーパーを公表しているが、そのうちの割引率に関するテクニカル・ペーパー2における評価内容を抜粋して紹介する。

まずは、今回のペーパーの背景として、IFRS第17号の測定要件について、以下のように触れている。

背景-IFRS17号の測定要件
1.IFRS第17号は、保険契約のグループは当初、履行キャッシュ・フローと契約上のサービスマージン(CSM)の合計として測定することを要求している。履行キャッシュ・フローは、企業が保険契約を履行する際に生じる将来キャッシュ・フローの現在価値を、非金融リスクに対するリスク調整を含めて、明示的に、偏りなく、確率加重平均して見積ったものである。

2.履行キャッシュ・フローの測定には、将来の期待キャッシュ・フローの現在価値を計算するために用いる割引率の決定を含む重要な判断が含まれる。この判断は、本基準の測定要件の基本的要素であり、大部分の保険契約の測定において重要となる可能性が高い。


続いて、今回の割引率の承認に関する課題について、以下のように述べている。

割引率に関する承認の課題
5.IFRS第17号は、特定の割引率を要求しておらず、適切な割引率が市場で直接観察できない場合には、特定の見積り手法を要求していない。したがって、一部の利害関係者は、これが信頼性及び/又は比較可能性を損なうかどうかを疑問視している。特に、ボトムアップ・アプローチを適用した場合の流動性プレミアムの決定については、重要な判断が必要と考えられ、一部のステークホルダーからは、流動性プレミアムを適用すべきではないとの意見も出されている。加えて、基準がアプローチの選択(トップダウン又はボトムアップ)を提供するという事実は、保険者間の比較可能性にリスクをもたらす可能性がある。

6.本稿の付録1では、理解可能性、関連性、信頼性及び比較可能性という技術的承認基準に対する割引率に関するIFRS第17号の主要要件の評価草案を提示している。また、これらの要件がコスト/メリットに関する懸念を引き起こすかどうかも検討している。


そして、EFRAGの承認基準への挑戦として、各種の評価基準に対する意見を次のように述べている。

承認基準への挑戦
30.IFRS第17号が特定の割引率を要求していないという事実、又は適切な割引率が市場で直接観察できない場合には、信頼性及び/又は比較可能性を損なうと考えることができる。特に、ボトムアップ・アプローチを適用した場合の非流動性プレミアムの決定には、一般的にかなりの判断が必 要であると認識されている。加えて、基準がアプローチの選択(トップダウン又はボトムアップ)を提供しているという事実は、保険会社間の比較可能性に対するリスクとなりうる。

31.IFRS第17号は、観測可能レート[IFRS第17号:B 74]への調整を見積もる際の固有の限界を認識している。重要な判断を伴う会計上の要求事項は、信頼性に対する挑戦を提示することがあり、しばしば、関連性の要求と信頼性の要求との間のバランスを示している。IFRS第17号の割引率の場合、信頼性に関する懸念を緩和するいくつかの要因がある。

a)上記(パラグラフ22)で述べたように、観察可能な現在の市場価格との整合性と、観察可能なインプットの最大限の活用という要件は、割引率の決定をより主観的でないものにするのに役立つはずである。

b)原則として、この分野における判断の適用は、保険者にとって大きな困難をもたらすものであってはならない。そのような判断及び見積りは保険業にとって不可欠であり、保険者は広範な関連の経験を有しているからである。

c)要求される開示(上記10項参照)は、採用されたアプローチの証拠を提供し、利用者による経営者の判断の評価を容易にする。

32.この分野におけるIFRS第17号の全体的な目的と原則は明確であり、基準の要件と適用ガイダンスは信頼性への挑戦を緩和している。基準の要求事項は、他のIFRS基準で要求されているものと一致する判断の程度をもたらす。

33.IFRS第17号が採用しているアプローチは、特定の状況においてのみ適切な情報をもたらすより規範的なアプローチではなく、全ての企業にとって関連性が高く信頼性の高い情報をもたらす。絶対精度は不可能であるが、必ずしも必要ではなく、過大な測定の不確実性を生じることなく適切な割引率を決定することができる。

34.パラグラフ11-12で述べたように、契約のグループが不利であるか、又は収益性がわずかである場合を除き、履行キャッシュ・フローの測定に適用される割引率は、報告された利益又は資本に直接的な影響を与えない。損益計算書に計上される金融収益又は金融費用及び関連する開示(上記10項 (b) 参照)は、保険金融収益又は金融費用と資産の投資収益との関係に関する情報を提供する。

35.比較可能性については、保険者が、観察可能な市場価格と整合的で、かつ現在の市場の状況を反映した割引率を用いること、及び、観測可能なインプットを最大化するとの要件は、他の事業体との比較可能性に関する懸念を低減する。

36.また、要求される開示は、比較可能性に対するリスク、特に重要な判断、用いられたインプット、仮定及び推計手法、インプットを推計するためのプロセス及び割引率を決定するために用いられたアプローチに関するリスクを軽減する。使用したイールドカーブを開示すれば、他の保険会社との比較が容易になるはずである。全体として、開示は、企業間の差異を強調し、パフォーマンスの分析を容易にするべきである。


なお、要件を適用するコストに関しては、「殆どの場合、割引率の決定に関するIFRS第17号の要求事項を最小限の追加コストで実施することが可能であるべきである。基準の要求事項を適用するためのいかなるコストも、関連情報の観点から得られる利益に対して妥当であると思われる。」としている。

要件を適用するコスト
37.殆どの場合、割引率の決定に関するIFRS第17号の要求事項を最小限の追加コストで実施することが可能であるべきである。基準の要求事項を適用するためのいかなるコストも、関連情報の観点から得られる利益に対して妥当であると思われる。ボトムアップ・アプローチ又はトップダウン・アプローチを使用するオプションは、企業が自社のビジネス・モデルに最適なレートを確実に選択し、システムの設計及び監視に関連する実装又は継続的なベースで発生するコストを削減するのに役立つはずである。


以上の考察を踏まえて、全体的な評価を「割引率の決定及び適用に関するIFRS第17号の中核的要件は、理解可能性、関連性、信頼性及び比較可能性という技術的会計基準を満たしている。基準の全体的な目的と原則はこの分野で明確である。」とし、さらに「本質的に判断を要する問題の性格を考慮すると、IFRS第17号のアプローチは、他のIFRSのアプローチと整合的であり、特定の状況においてのみ適切な情報をもたらすより規範的なアプローチではなく、全ての企業にとって適切で信頼性の高い情報をもたらす。絶対的な精度は不可能であるが、過大な測定不確かさを生じることなく適切な割引率を決定することができる。」と述べている。

なお、最後に「IFRS第17号の将来の導入後レビュー(PIR)には、割引率に関する基準の実務要件の適用に関する分析を含めるべきである。アプローチや開示の多様性を監視すべきであり、PIRは追加的なガイダンスや開示が必要かどうかを検討すべきである。」と述べている。

技術的会計基準に対する要約評価
38.結局のところ、割引率の決定及び適用に関するIFRS第17号の中核的要件は、理解可能性、関連性、信頼性及び比較可能性という技術的会計基準を満たしている。基準の全体的な目的と原則はこの分野で明確である。本質的に判断を要する問題の性格を考慮すると、IFRS第17号のアプローチは、他のIFRSのアプローチと整合的であり、特定の状況においてのみ適切な情報をもたらすより規範的なアプローチではなく、全ての企業にとって適切で信頼性の高い情報をもたらす。絶対的な精度は不可能であるが、過大な測定不確かさを生じることなく適切な割引率を決定することができる。

39.IFRS第17号の将来の導入後レビュー(PIR)には、割引率に関する基準の実務要件の適用に関する分析を含めるべきである。アプローチや開示の多様性を監視すべきであり、PIRは追加的なガイダンスや開示が必要かどうかを検討すべきである。

4―GPPCのペーパーからの記述

4―GPPCのペーパーからの記述

GPPC(Global Public Policy Committee:グローバル公共政策委員会)は、監査及び財務報告における品質を高めることを公益目的とする国際的な6大会計事務所ネットワーク(BDO、Deloitte、EY、Grant Thornton、KPMG及びPwC)の代表によるグローバル・フォーラムである。GPPCは、6月30日に、IFRS第17号の適用においてなされる見積りから生じる重要な虚偽表示のリスクに対する監査人の対応に関連するペーパーを発行している。

このペーパー「IFRS第17号保険契約の適用においてなされる見積りから生じる重要な虚偽表示のリスクに対する監査人の対応(The Auditor’s Response to the Risks of Material Misstatement arising from estimates made in applying IFRS 17 Insurance Contracts)」は、関連する国際監査基準(ISA)によって設定された要件を考慮に入れて、IFRS第17号の適用においてなされる見積り及び関連する判断を監査する監査人のアプローチに焦点を当てている。

これについて、このペーパーの冒頭において、「IFRS第17号には多くの見積り及び関連する判断があるが、本稿では以下に焦点を当てる。」として、「将来のキャッシュ・フロー」、「割引率」、「リスク調整」、「契約上のサービスマージン(CSM)」という項目が挙げられている。

ここではこのペーパーの中から、割引率に関連する内容を、抜粋して報告しておく。

2.3.見積りにおける重要な虚偽表示のリスクの特定と評価(ISA 540 (R) 16項から17項)
2.3.2.固有リスクへのIFRS17号の影響
割引率
IFRS第17号では、割引率の推計方法として、ボトムアップとトップダウンの2つのアプローチが挙げられている。また、基礎となる項目の収益率に基づいてキャッシュ・フローが変化するかどうかに応じて、個別の考慮事項が示されている。

このように変動するキャッシュ・フローは、変動性を反映したレートで割り引くか、変動性を調整した後、調整を反映したレートで割り引く必要がある。これらの考慮事項に対処するには、評価を複雑にするようなある程度の判断又は主観が必要となる。

・原資産項目の収益率に基づいて変動しないキャッシュ・フローについては、保険者は、市場で観察されるレートの基礎となる金融商品の流動性特性と保険契約の流動性特性との差異を反映するように、流動性のあるリスクフリー・イールドカーブを調整することにより、割引率を決定することができる(ボトムアップ・アプローチ)。リスクフリー・イールドカーブの構築と、保険契約に内在する流動性不足の程度の評価の双方において、判断が求められる。

・あるいは、保険者は、資産の参照ポートフォリオの公正価値測定において暗黙的な現在の市場収益率を反映するイールドカーブに基づいて、保険契約の適切な割引率を決定することができる(トップダウン・アプローチ)。イールドカーブは、参照ポートフォリオに関連する信用リスクなど、保険契約に関連しない要素を排除するために調整される。例えば、適切な参照ポートフォリオを選択し、適切な調整を行う際には、再度重要な判断が必要となる。

3.4.監査人の点推定又は範囲の開発
7.監査人の点推定又は範囲の使用
IFRS第17号の下で企業の経営者が判断を行う必要がある分野の一つに、割引率の設定がある。これは、経営者がIFRS第17号の見積りを行う際に用いる重要な仮定である。割引率は、キャッシュ・フローを予測する際に、貨幣の時間価値や金融リスクを反映するために使用され、保険契約の特性を反映しなければならない。割引率はトップダウン・アプローチ又はボトムアップ・アプローチのいず れかで決定することができ、IFRS第17号の下で使用される割引率(又はカーブ)の決定は重要な判断領域を構成する。経営者は、適切な割引率曲線を設計するために、関連するデータソースを用いて、一貫した方法と仮定を用いる必要がある。

企業が用いる割引率曲線の妥当性を判断するために、監査人は独自の仮定及び方法を用いて、独立した割引率曲線を作成することができる。これは、観察可能な市場価格からのインプットを反映している可能性がある。監査人が決定する曲線は、会計主体が決定する曲線とは異なる可能性がある。というのは、監査人は、代替的な仮定、方法又はデータソースを使用する可能性があるからである。結果を評価するために、監査人は、企業の全ての結果が監査の観点から容認できると考えられる、可能な測定結果の範囲を決定することができる。一例として、監査人は、自らの割引率曲線を評価し、許容範囲を定義することができる。監査人と経営者の結果を比較した結果、経営者の割引率が一定の許容範囲内であることが示された場合、これは割引率の受容性に対する肯定的な証拠とみなすことができる(他に考慮すべき要因がある場合もある)。監査の観点から許容可能とみなされる許容範囲は異なる場合がある。

4.データ、情報システム、プロセス及びコントロール(リスク評価、テスト、監査アプローチへの影響を含む)
4.2.2.プロセスと内部統制
保険者は、IFRS第17号の見積り及びIFRS第17号のその他の重要な要素(以下を含むがこれに限定されない)の作成を可能にするために、適切なビジネス・プロセス及びコントロールが効果的に開発及び実施されることを確保する必要がある。

(抜粋)
・貨幣の時間価値や金融リスクを反映し、契約の特性を反映するために、割引率曲線が適切に適用  されている。

5.会計上の見積りに関する財務諸表の開示
5.4.保険会社に対する影響
保険会社は、企業の財務諸表がIFRS第17号で要求される全ての開示を含んでいるかどうかを評価するための、明確に定義され、管理されたプロセスを確立することにより、IFRS第17号の財務諸表開示が完全で、信頼性があり、明確に提示されていることを確保すべきである。これらには次のものがある。

(抜粋)
・保険契約の測定方法、割引率、非財務リスクのリスク調整及びCSMの公表に関する重要な判断及びその判断の変更

各開示にどの程度の集計が必要であるかが結論されたならば、保険者は、実施プロジェクトの早い段階で、開示に必要な情報のレベルが自社のシステムで利用可能であるかどうか、あるいは既存の情報システムやプロセスを適応させる必要があるかどうかを検証し、例えば以下のような適切な開示を行うことが重要である。

(抜粋)
・キャッシュ・フローの割引に使用するイールドカーブ(又はイールドカーブの範囲)

5.5.監査人に対する影響
監査人は、実施された監査手続及び入手された監査証拠に基づき、保険契約に係る資産及び負債に関する会計上の見積り並びに関連する開示が、適用される財務報告の枠組みの文脈において合理的であるか又は誤って記載されているかを評価することが求められている。適用される財務報告の枠組みに照らして合理的とは、以下の事項を含む関連する要件が適切に適用されていることを意味する。

・会計上の見積りの作成(会計上の見積りの性質並びに企業の事実及び状況を考慮した方法、仮定及びデータの選択を含む)

・経営の点推定の選択

・会計上の見積りがどのように作成されたか、見積りの不確実性の性質、程度及び原因を説明する開示を含む、会計上の見積りに関する開示

例えば、保険会社は、保険適用単位、リスク調整、割引率の決定に関する開示に注意を払うべきである。

6.監査人に対するその他の考慮事項
6.3IFRS17号の見積もりにおける職業的猜疑心の適用
(抜粋)
職業的猜疑心は、監査を通して関連があり必要である。IFRS第17号を適用する財務諸表の監査については、例えば以下のような場合に職業的猜疑心が行使されるべきである。

(抜粋)
・重要な虚偽表示の評価されたリスクに対応する追加的な監査手続の性質、時期及び程度を設計し、監査証拠を評価すること:
・保険契約債務の見積りのような分野については、例えば、外部の証拠を用いたベンチマーキングに重点を置くこと、又は独立した点推定や範囲を開発することにより、証拠の量を増加させる必要性又はより関連性又は信頼性のある証拠を入手する必要性を考慮すること。
・監査人の期待が形成されるデータの信頼性を評価する場合(金利の上昇、期間中のCSMの公表、発生した保険金の割合、死亡率の影響及び割引率の変化の影響等)、他の関連情報と矛盾する又は期待値と著しく異なる変動又は関係を特定し、調査する場合を含め、実質的な分析手続を設計し、実施すること。監査人の期待は、分析手続の結果を評価し、期待される結果からの逸脱について経営者に説明を求める際に重要な役割を果たす。

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、EFRAGやUKEBが、その採択基準において、今回のIFRS第17号における割引率に関する規定について、どのように評価しているのかについて報告した。さらに、GPPCによるIFRS第17号の適用においてなされる見積りから生じる重要な虚偽表示のリスクに対する監査人の対応に関連するペーパーの中から割引率に関する記載を報告した。

IFRS第17号に対する欧州や関係団体の基準評価の考え方等は、関係者の関心の高い事項であることから、今後ともその動向等については引き続き注視していくこととしたい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

(2021年08月23日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-割引率に関する基準の評価等-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-割引率に関する基準の評価等-のレポート Topへ