2021年08月16日

医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す-コロナ対応、オンライン診療などで問われる機能

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|総合診療医との違い
かかりつけ医の曖昧さについては、総合診療医との対比で一層、明らかになる。専門医制度の見直しを通じて、全人的かつ継続的なケアを提供するプライマリ・ケアの能力を有する総合診療医の制度的な育成が始まり、その中核的な能力(コアコンピテンシー)として、表3の通りに「人間中心のケア」「連携重視のマネジメント」「地域志向アプローチ」「診療の場の多様性」などが列挙されている。これを表2で示した「かかりつけ医機能」と比べると、言葉の違いがあるにしても、表2の機能と重複している様子を確認できる。
表3:総合診療医に求められるコアコンピテンシー(中核的な能力)
例えば、かかりつけ医機能で言及されている「患者の生活背景を把握」という部分については、総合診療医の「人間中心のケア」と相似しているし、かかりつけ医の「社会的活動、行政活動に積極的に参加」「介護・福祉関係者との連携」という機能は総合診療医に求められる「地域志向アプローチ」「連携重視のマネジメント」と重複しているように映る。

しかし、医療制度改革の議論を見ると、両者に関して使われている言葉は明らかに異なる。例えば、現在の制度改革の流れを作った政府の社会保障制度改革国民会議は2013年8月の報告書で、総合診療医に関して、下記の表現を盛り込んだ。
 
医療の在り方そのものも変化を求められている。 高齢化等に伴い、特定の臓器や疾患を超えた多様な問題を抱える患者が増加する中、これらの患者にとっては、複数の従来の領域別専門医による診療よりも総合的な診療能力を有する医師(総合診療医)による診療の方が適切な場合が多い。

これらの医師が幅広い領域の疾病と傷害等について、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を提供することで、地域によって異なる医療ニーズに的確に対応できると考えられ、さらに、他の領域別専門医や他職種と連携することで、全体として多様な医療サービスを包括的かつ柔軟に提供することができる。

つまり、特定の臓器や疾患を超えて患者の生活全般を診察できる能力を持つ医師として、総合診療医の存在に言及している。さらに報告書では「地域医療の核となり得る存在」という期待感とともに、その養成を図る必要性が指摘されている。これに対し、かかりつけ医に関しては、国民会議報告書では下記のように書かれている。
 
緩やかなゲートキーパー機能を備えた「かかりつけ医」の普及は必須であり、そのためには、まず医療を利用するすべての国民の協力と、「望ましい医療」に対する国民の意識の変化が必要となる。

この中の「ゲートキーパー機能」とは、患者が大病院に行かせないようにする「門番(gatekeeper)」のような役割を果たすことを表している。具体的には日常的な病気やケガは診療所や中小医療機関で対応し、難しい手術は2次医療、3次医療に紹介することを意味しており、かかりつけ医が緩やかに機能を担う旨が強調されている。

ここで注目すべきは「緩やか」という言葉遣いである。この点については、後述するイギリスとの対比で明らかにする。さらに、「総合診療医=能力」「かかりつけ医=機能」という言葉遣いの違いにも注目である。つまり、総合診療医に求められているのは「能力」であり、専門医としての研修などを通じて、「総合診療医としての能力を果たしているか否か」が客観的に定められる。

これに対し、かかりつけ医は「機能」であり、総合診療医よりも緩やかに定められている。実際、日医が実施している研修は「かかりつけ医機能研修制度」という名称が用いられている。筆者のような医学の素人から見ると、「機能を研修する」とは分かりにくい言葉遣いだが、先に引用した2020年12月の「外来機能の明確化・連携、かかりつけ医機能の強化等に関する報告書」でも、「かかりつけ医機能の強化」という表現が貫徹されている。

つまり、かかりつけ医には「機能」が重視されており、能力に関する客観的な評価基準とか、要件が明確に決められているわけではない。その結果、かかりつけ医を全般的に評価する制度は整備されておらず、役割や機能が曖昧になっていると言える。

このため、かかりつけ医を制度的に位置付けるのであれば、総合診療医との違いも踏まえつつ、「かかりつけ医とは何か」「どんな役割を期待するのか」「その役割をどういう形で担保するのか」といった議論が欠かせなくなる。

さらに、かかりつけ医を巡る議論を考察する上では、別の問いを加える必要がある。それは「かかりつけ医を決めるのは誰か?」という点である。以下、この点を考える。
 

5――「かかりつけ医」を決めるのは誰か?

5――「かかりつけ医」を決めるのは誰か?

図1:かかりつけ医の有無を尋ねる世論調査結果 2019年9月に公表された内閣府の「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」によると、「かかりつけ医の有無」を尋ねる質問に対し、図1の通りに52.7%の国民が「いる」と答えている。

同じような結果は日医のシンクタンク、日本医師会総合政策研究機構が3年に一度の頻度で実施している調査にも共通しており、図2の通り、「かかりつけ医の有無」を尋ねる回答に対し、「いる」と答える回答は常に50%前後で推移している。つまり、半数の国民が「かかりつけ医を持っている」と認識していると言える。
図2:かかりつけ医の有無を尋ねる日本医師会総合政策研究機構の調査結果
それにもかかわらず、かかりつけ医の曖昧さがなぜ論じられているのだろうか。この点については、そもそもの問題として、「かかりつけ医を決めるのは誰か?」という問いと絡む。先に引用した辞書では、かかりつけの意味について、「特定の医者に、いつもきまって診察や治療を受けていること」と定義しており、これに従うのであれば、かかりつけ医とは「いつもきまって診察や治療を受ける医者」と定義されることになる。

つまり、かかりつけ医は患者の主観的な判断に依る部分があり、極論を言ってしまうと、例えば筆者が久しぶりに会った旧友の医師に対し、「何かあったら宜しくね」とお願いするだけで、筆者のかかりつけ医が生まれることになりかねない。しかも、その医師が「筆者のかかりつけ医」と認識していなくても、筆者が「いつもきまって診療や治療を受ける医者」と考えてしまえば、先の調査では「かかりつけ医を持っている」と判断されることになる。つまり、かかりつけ医を決めるのは日医でも政府でもなく、患者である。

しかも、日本の医療制度はフリーアクセスであり、患者の判断や都合でかかりつけ医をいつでも変えることができるし、「極端な話ですが、病気の数だけかかりつけ医のいる患者さんがいるかもしれない」という発言13に代表される通り、かかりつけ医を複数持つことも可能である。以上のように、かかりつけ医とは患者―医師の関係性に着目しており、患者の意識や行動に多くを委ねられている分、制度的な位置付けも曖昧となっている。

では、かかりつけ医機能の明確化に向けて、どういった方向性が考えられるだろうか。その際の参考材料として、イギリス、フランスの事例を取り上げる。さらに、「かかりつけ」の名称を冠した制度として、かかりつけ薬剤師・薬局、小児かかりつけ医の要件なども考察し、今後の論点や方向性、選択肢を考える素材とする14
 
13 2017年2月22日、第346回中央社会医療保険協議会総会議事録における日医代表の松本純一委員による発言。
14 イギリスやフランス、かかりつけ薬剤師・薬局との対比は一度、拙稿2018年5月2日「2018年度診療報酬改定を読み解く(下)」と論じた。

6――「かかりつけ医」の制度化を考えるヒント

6――「かかりつけ医」の制度化を考えるヒント

1|イギリスの事例との対比
まず、イギリスの事例から考える15。イギリスは公的医療費の大半を税金で賄う国民保健サービス(National Health Service=NHS)を整備しており、2次医療や3次医療を受ける場合、原則として家庭医(GP)と呼ばれるプライマリ・ケア専門医の紹介を必要とする。その際、国民は平均3~5人程度のGPが勤務する診療所に登録することが義務付けられており、GPは幅広い年齢層や病気・ケガに対応するだけでなく、病気やケガの種類、患者の状態やニーズ、緊急性などに応じて専門的な医療機関や社会資源などを紹介する。言い換えると、患者にとっては、かかりつけとなる医療の入口が1カ所に絞られており、そこでプライマリ・ケアの専門能力を持ったGPの診察や治療を受けられることになる。その意味では、イギリスのゲートキーパー機能は厳格である。

一方、日本の医療制度はフリーアクセスであり、患者は自由に医療機関を選べるが、近年は紹介状なしで大病院に行くと、追加負担を徴収されるようになった。このため、イギリスに比べると、ゲートキーパー機能が緩やかであり、先に触れた通り、社会保障制度改革国民会議報告書が「緩やかな」という表現を用いたのは、イギリスのような厳格な制度を意識していないことを強調する意味合いを持たせていると思われる。

だが、両者に共通点も見られる。以前のイギリスのシステムでは、国民は診療所を選ぶ権利を付与されておらず、かかりつけとなる診療所が居住地に応じて自動的に決まる仕組みだったが、これでは良いGPに当たるかどうか選ぶ住所次第で決まることになり、「郵便番号による宝くじ(postcode lottery)」と揶揄されていた。そこで現在は複数の診療所から1つを選択できるようになった。つまり、診療所に対する登録の義務を課すことで、厳格なゲートキーパー機能を維持しつつ、患者に選択権を付与したわけだ。

これに対し、日本の医療制度は「緩やかなゲートキーパー機能」を通じて、医療機関を選ぶ患者の自由を一部で制限しようとしている。このため、登録制度の有無は大きな違いと言えるが、医療機関や医師を選ぶ患者の自由と、医療の入口を絞り込む制限(あるいは強制)の間でバランスを取ろうとしている点は両国に共通していると言える。
 
15 イギリスの医療制度に関しては、堀真奈美(2016)『政府はどこまで医療に介入すべきか』ミネルヴァ書房、健康保険組合連合会(2012)「NHS改革と医療供給体制に関する調査研究報告書」、澤憲明(2012)「これからの日本の医療制度と家庭医療」『社会保険旬報』No.2489・2491・2494・2497・2500・2513などを参照。
2|フランスの制度との対比
ここにフランスの仕組みを対比させると、論点が浮き彫りになる16。フランスは元々、日本と同じフリーアクセスだったが、2005年から「かかりつけ医」(Médecin Traitant)制度を導入し、かかりつけ医への登録を国民に義務付けた。フランスの場合、GPが働く診療所に登録と受診を義務付けるイギリスと異なり、大学病院の勤務医や専門医なども指名できるほか、かかりつけ医を経由せずに大病院に行くことも可能である。

しかし、かかりつけ医を経由しなかった場合、高い自己負担を課している(フランスの場合は事後的に精算される償還払いであり、日本と制度が異なるが、議論を分かりやすくするために「自己負担」と表記する)。つまり、かかりつけ医を経由するよりも自己負担に差を付けることで、かかりつけ医での受診を誘導しようとしている。

フランスの仕組みを日本と比較すると、共通点と違いを指摘できる。共通点としては両国ともダイレクトに大病院に行った場合、自己負担を高く設定することで、フリーアクセスを修正しようとしている点である。さらにフランスの制度では、かかりつけ医を診療所の医師に限っていない点で見ると、誰でもかかりつけ医に指名できる日本に近い。

一方、違いもある。例えば、日本では先に触れた通り、「緩やかなゲートキーパー機能」にとどまっている分、医療の入口を複数持てるが、フランスは登録義務を課すことで、医療の入口を原則として1カ所に絞っている。
 
16 フランスの事例については、松本由美(2018)「フランスとドイツにおける疾病管理・予防の取組み」『健保連海外医療保障』No.117、松田晋哉(2017)『欧州医療制度改革から何を学ぶか』勁草書房、加藤智章(2012)「フランスにおけるかかりつけ医制度と医療提供体制」『健保連海外医療保障』No.93などを参照。
3国内の既存制度との対比
次に、国内の既存制度との対比も試みる。繰り返し触れている通り、かかりつけ医を全般的に位置付ける仕組みは整備されていないが、「かかりつけ」の名前を冠した仕組みが存在する。それは2016年度診療報酬改定で創設された「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」であり、かかりつけ医の制度化を考える上でも参考になると思われる。以下、それぞれの加算要件などを考察する。

まず、かかりつけ薬剤師・薬局は2016年度診療報酬改定で創設された。この時には、医師と薬剤師の仕事を分離する「医薬分業」に関して、政府の規制改革会議が2015年6月の答申で、「患者本位の医薬分業になっていない」と批判。これを受けて、厚生労働省は2015年10月、「患者のための薬局ビジョン」を公表し、「対物業務から対人業務へ」などの方針を掲げた。さらに、ビジョンでは調剤に偏っている薬剤師の業務を見直すことで、患者・住民とのコミュニケーションにシフトさせることが企図され、その一環として、かかりつけ薬剤師・薬局が制度化された。

その要件としては、「患者1人に対して、1人の薬剤師だけが算定可」「使用している薬の情報に関する一元的・継続的な把握」「24時間相談対応」などが課せられており、いくつかの細かい要件・基準を満たせば、「かかりつけ薬剤師指導料」や「かかりつけ薬剤師包括管理科」といった診療報酬上の加算を取得できる。これらの加算は2年に一度の診療報酬改定でも重視されており、2018年度、2020年度報酬改定で加算の充実や要件の見直しなどが図られている。

ここでのポイントとしては、患者1人に対して1人の薬剤師だけが算定可能としている点と、服薬情報の一元的かつ継続的な管理が期待されている点である。つまり、この制度を通じて、患者にとって服薬管理の窓口を一元化することで、患者の利便性向上とか、多剤投与や副作用のリスク軽減などが目指されており、「お薬の入口」を1カ所に絞っている点で、登録制度に近い側面を持っているという見方が可能である。

小児かかりつけ医についても、かかりつけ薬剤師・薬局と同様の特徴を持っている。こちらも2016年度改定で創設された仕組みであり、継続的に受診している3歳未満の患者について、原則として最初に受診することについて同意を得ていること、1 か所の医療機関だけが算定できることなどが定められている。ここでも小児に対する継続的かつ一元的な医療を提供することが企図されており、小児にとっての「医療の入口」が1カ所に絞られていることになる。

ただ、歯周病の継続的なケアなどを通じて、かかりつけ歯科医の機能を評価する「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」に関しては、かかりつけ薬剤師・薬局や小児かかりつけ医のような形で、入口を1カ所に絞るような算定要件は見受けられない。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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