2021年08月06日

MaaSは超高齢社会の移動問題を解決するか~バス会社「みちのりホールディングス」の取り組みから考える~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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高齢者への説明、説得に、地域の小売店に協力してもらう

坊: 日本では、MaaSが先行している欧州と違って、もともと交通事業者が小売も展開しているケースが多いこともあり、交通と小売が連携したMaaSの取り組みが期待されています。みちのりホールディングスさんの実証実験でも、地域の店舗と連携し、店舗の商品と交通のチケットをセットにした販売を2019年度から開始されました。成果はどうでしたか。

浅井氏: これを企画した理由は二つあります。第一は、移動は手段であって、買物や通院など、必ずその目的があります。我々は交通事業者ですが、交通サービスのチケットだけをどんどん作っても、移動の目的が無ければ売れません。逆に、お客さんから見ても、目的と手段のチケットをセットで買えれば、買いやすいのではないかと。だから、交通とお店の商品をセットにして販売しました。第二の理由は、デマンドサービスなどの新しい取り組みをしても、利用者に認知してもらうのがすごく難しい。だから、地域のお店からお客さんに「バスのチケットとお店の商品を一緒に買える」と周知してもらったり、お客さんがお店のHPを見てバスチケットとのセット商品があると知ったりすれば、購入するきっかけになるので、ちょうど良いだろうと。

坊: 高齢者に新しいサービスを利用してもらうには、最初のきっかけが難しい。80歳近くなってくると、普段使い慣れている交通手段を変更することは、若い人が想像する以上に大変です。他の自治体で、新しい交通サービスが高齢者の移動手段として定着している成功事例をみると、導入する際に、役場の職員さんたちがすべての自治会を回って、直接高齢者に利用方法を説明し、登録を呼びかけるなど、大変地道な努力をされてている。しかし、民間の交通事業者が単独でそれをするのは難しいので、地域に密着した小売に協力してもらう、というアイディアは面白いですね。

浅井氏: おっしゃる通り。おじいさん、おばあさんになると、一歩を踏み出すことが大変で、イノベーター理論で言うと「ラガード」、最も保守的で行動パターンを変えることが難しい、または行動を変えない層だと考えられます。本当は、我々の社員が現地のお宅を一軒一軒回って、「おじいちゃん、おばあちゃん、これを使うと便利ですよ、使ってみると簡単ですよ」と説明する作業が必要なんでしょう。でもそれをするには人手が要るし、我々だけではできないので、小売店の方々にその部分を協力して頂ければ、双方のメリットになると考えたのです。

坊:実際にセット商品を販売した店では、売り上げも増えたのですか。

浅井氏: 正確な推計は出していませんが、店舗側にとってもプラスにはなりました。1年目は約10店に協力してもらい、一緒に消費を販売する仕組み作りができたので、今年度は協力店を300店に増やしたいと思っています。仕組みとしては、ナビタイムジャパン(以下、ナビタイム)が作るMaaSアプリの中に、店舗の情報を掲載する。そこに店舗の情報を登録すると、交通チケットと一緒に買える。登録システムの利用は有料ですが、参加する店舗が多ければ多いほど、一店当たりの費用をすごく低く抑えられるという訳です。
 

乗客からはいずれ、既存交通と…

乗客からはいずれ、既存交通と競合するサービスへの要望が出てくる。事業者はコストバランスで判断する

坊: デマンドサービスが本格運行されるようになったら、乗客から、現在の限定された運行範囲ではなく、例えば「JRの次の駅まで行ってほしい」など、広域移動のリクエストも出てくるかもしれない。そうすると、鉄道や路線バスなど、既存の幹線交通と競合する恐れが出てくるのではないでしょうか。

浅井氏: そういうリクエストも出てくると思います。それに対する我々の考え方はシンプルで、コストバランスが成り立つかどうかです。例えば、ある地点から「JR水戸駅まで行きたい」というニーズがたくさんあるなら、水戸行きのシャトルバスを多頻度で運行すれば良い。ところが、「あの山の向こうにお墓詣りに行きたい」というように少数で特殊なニーズであれば、「そのルートでは乗合のサービスは行っていないので、タクシーを利用してください」となる。ただ、現在のタクシー料金のままで今後もサービス提供するかどうかというのは、検討の余地があるでしょう。もしかしたら、サブスクリプションで「月に一度だけ、希望の目的地までタクシーで行ける」という内容の定額サービスを用意する方法もあるでしょう。基本的には、お客さんがある程度リーズナブルに移動したいとなると、複数で移動する乗合サービスが前提になると思います。「乗合は嫌だ、パーソナルな移動が良い」と言う人には、そこは付加的なサービスになるので、プレミアムを払ってもらうことになるという整理です。

坊: 新しい交通サービスを導入しようとすると、どの地域でも問題になるのが、既存の公共交通との関係です。既存の鉄道や路線バスを、地域の幹線を運行する「基幹交通」と位置付けた上で、それらと各地区を結ぶ支線の運行をデマンドサービスが行うなど、交通手段ごとの役割分担を明確にして、共存を図る自治体もあります。みちのりホールディングスさんの公表資料では、デマンドサービスについて「地域の移動の基幹となるバスなどの公共交通サービスを補完する末端交通」という表現もありました。浅井さんは、公共交通とデマンドサービスとの役割分担をどう考えていますか。

浅井氏: 我々交通事業者にとってのサービス区分は、末端部分の移動は、より自由で移動できる乗り物にし、基幹部分の移動は、一定程度乗る人を集めてまとめて効率的に運ぶ、ということです。でも使う人から見ると、乗り物ごとの役割の違いなんて無い。乗り物に関係なく、自分が乗りたいタイミングで快適に移動できれば良い。でも、自分で行きたいところに自由に行ける乗り物って結局、自家用車なんですよね。その世界観を交通システムで実現しようとすると、将来、自動運転が可能になったとしても、一人用の自動運転の乗り物がそこら中をたくさん走っている社会になる。それって変じゃないですか。やっぱり、複数の人が乗り合せるサービスと、小回りが利くデマンドサービスを組み合わせた交通システムの方が、効率が良い。それがMaaSです。MaaSの考え方は、いろんな交通手段をシームレスにつなぐもの。一つの乗り物だけ見ると、移動範囲が限定されて、一見不便かもしれないが、いろんな乗り物と組み合わせて自由に使えれば、便利になる。そのためにも、我々が今やっている実証実験で言えば、将来的には乗り継ぎの待ち時間をなくしたり、乗り継ぎのたびにお金を払っていくのは面倒だから定額制に変えていったり、といったことを実現するのが次のステップだと思います。
 

MaaS実現に、他社のオープンデータ化の壁

MaaS実現に、他社のオープンデータ化の壁。将来のために、交通事業者自身がIT投資をして公開すべき

:次に、MaaSの肝である、複数の交通サービスを束ねて提供するアプリについてお聞きしたい。みちのりホールディングスさんが1年目の実証実験で作ったナビタイムのMaaSアプリでは、JR東日本の運行情報も検索できたが、2年目に作ったアプリは、みちのりホールディングスグループ内の事業者の運行情報のみになっていました。JRの情報が一緒に検索できないと、地域を移動したい人には使いづらいのではないですか。

浅井氏: 1年目は、我々以外の運行データを買ってアプリを作ったが、結構高額なんです。だから、費用の問題で、2年目には買わなかったという訳です。バス業界ではこれまでデータ化が遅れていましたが、各社が次々と、国土交通省が標準フォーマットと定めた「GTFS」という形式でデータを作って、オープンにしています。それに比べて、鉄道業界は従来から先行して、一定のお金を掛けて運行情報などをデータ化し、販売してきました。彼らのフォーマットの方が、バスのGTFSよりもデータの量が充実しているので、わざわざバス業界に揃えてグレードの低いデータを生成する必要が無い。それよりも、彼らの既存のデータを購入して使用してほしい、という訳です。

坊: MaaSの先進事例であるフィンランドでは、行政主導でMaaSを一気に実現しましたが、日本では民間がMaaSの実施主体になっているので、どうやって他の交通事業者の協力を得るかはネックになりますね。まずは各交通サービスの運行情報等が公開されないとMaaSができないので、国土交通省でも、ガイドラインを策定してオープンデータ化を推奨していますが、現実に、大手鉄道事業者がデータを公開して他社に無償提供するのではなく、一定の金額で販売するとなると、各地域で行われているMaaSの取り組みにとって、大きな壁になるのではないでしょうか。

浅井氏: おっしゃる通りだと思います。オープンデータ化とは具体的に何をするのかというと、自社のソフトで作ったり、手書きしたりしていたデータを、他の人にも読み取れる標準的なフォーマットに変換し、提供するということです。もともとITリテラシーが高く、データを所有している会社であれば、変換作業自体はそんなに難しいことではありません。MaaSに取り組めば、お客さんを増やせる可能性があるのですから、基本的には交通事業者自身が、人手やお金をつけて、オープンデータ化すべきだと思います。もしも「資金に余裕が無いので、IT化にはびた一文出せない」と言うなら、その経営体質や状況が問題なのであって、まずは収益力を強化しないといけないでしょう。そうでなければ、オープンデータ化を見送ったとしても、また別の問題が生じるのではないでしょうか。みちのりホールディングスではそこを意識していて、個々の事業者が行ったベストプラクティスをグループ内で共有したり、グループ全体で車両を調達してコスト削減したりと、筋肉質で、収益を上げられる会社を目指しています。

坊: 一方で、地域で運行されている自家用有償旅客運送4などは、1年目のアプリでも検索対象にも入っていません。高齢者等が自由に移動できるようにするには、将来的には、地域のすべての交通サービスがMaaSアプリに入っていることが望ましいと思いますが、自家用有償旅客運送を運行しているのは地域の団体などで、それこそ人手や資金に余裕はありません。そのような交通サービスについては、行政がオープンデータ化を支援するということが考えられるのではないでしょうか。

浅井氏: そうですね。原理的には自家用有償旅客運送のデータもアプリに入れることができるので、検索用のデータをどう作るかですね。
 
4 白ナンバーのマイカーを用いて、他人を有償で輸送することを、公共交通の利用が困難な過疎地等において、例外的に認める制度。全国で、自治体やNPO、社会福祉協議会などが実施主体となって運行している。
 

観光客やインバウンドも取り入れて

観光客やインバウンドも取り入れて、数年のうちにMaaSの取り組みで黒字化を目指す

坊: 最後にMaaSの収益性についてです。MaaSに取り組むには、アプリのシステム利用料など、短期的には費用がかかり、いまチャレンジする事業者にとっては持ち出しになる。また、MaaSアプリが定着し、MaaSを使って交通サービスの利用が増えた、という点まで到達するには、時間がかかる。何をクリアすれば、中長期的に黒字転換していけると思われますか。

浅井: 実は、そんなに時間がかかると思っている訳ではなく、数年のうちに黒字化したいと考えています。交通事業者の立場で言うと、MaaSアプリでチケットを販売し、かつデジタル決済に代わると、システム利用料や手数料の負担が増えるので、収益が10%ぐらい目減りします。それを上回ろうとすると、単純な話で、利用者を10%増やせば良いので、いかに今公共交通を使っていない人に使ってもらい、こういう便利なサービスがあるという認識が浸透するかだと思います。地方ではバスを毎日利用している人は3%ぐらいなので、逆に、新規獲得のパイは大きい。今、自家用車で移動している人も、別に皆が好きで運転している訳ではないと思うので、一人でも公共交通に移行してもらうことが大事だと思います。また、インバウンドや観光客もいずれ戻ってきます。当面、スマホの壁によって、高齢者の利用が増えなかったとしても、観光客に使ってもらえれば黒字にはできる。地域住民だけに依存するとなかなか収益化は難しいですが、例えば会津若松市でいうと、人口は約12万人ですが、観光客は年間約300万人以上が訪れるので、その人たちに使ってもらうだけでも効果があります。

坊: しかし、現在のマイカー利用者や観光客に使ってもらうためは、リアルの交通サービス自体がしっかりと提供されていないといけない。MaaSが始まった時に、スマホで一括検索・予約・決済できたとしても、交通サービスが少なかったり、乗り継ぎが不便だったりすると、結局、「公共交通は使いづらいからタクシーで」になってしまいます。新しい交通サービスに取り組むと同時に、既存の交通サービスを見直して、利便性を向上することも重要ではないでしょうか。

浅井氏: 我々は、路線バスの再編にも取り組んでいます。私が描く将来の移動は、ブドウの房のイメージです。一粒のブドウの実が地域交通です。一粒ずつ、地域交通のクラスターがあり、それが連なることで、広域の移動ができるようになる。粒の内側である地域内は、デマンドサービス等によって細かく移動できる。粒と粒の間は、路線バスや鉄道、BRTなどの基幹交通で結ぶ。しかし現状はどうかと言うと、これまでの長い時間の中でバス停が増えすぎたために、バスの運行ルートが冗長、複雑で、地域内の移動が不便になってしまった。その結果、待ち時間が長くなったり、本数が少なくなったりしているんです。今後はバス停の数を減らして運行頻度を上げ、その代わり、バス停にデマンドサービスを接続させてその先も移動できるようにしていきたいと思っています。
 

MaaSの成果と課題

MaaSの成果と課題

浅井氏との対談を通じて、MaaSについて、以下の成果と課題が見えてきた。今後、他の事業者の事例もみながら、これらへの対応について検討していきたい。

(1) 地方では、MaaSによって交通手段をつなぐ前に、増やすことが前提。
(2) 高齢者にとっては、MaaSの土台であるアプリを使用することはハードルが高く、工夫が必要。
(3) 新たな交通サービスを事業として成立させるためには、従業員の通勤で大きな移動ニーズを持つ地元企業との連携が必要。
(4) 地域住民と顔馴染みである商店等と連携すれば、双方にメリットがあり、地域活性化につながる。
(5) 他の交通事業者のオープンデータ化やデータ提供には壁がある。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2021年08月06日「ジェロントロジーレポート」)

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【MaaSは超高齢社会の移動問題を解決するか~バス会社「みちのりホールディングス」の取り組みから考える~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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