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治験の実務-臨床試験の現状 (後編)
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
0――はじめに
本稿では、治験の実務運営をテーマとする。治験を支えるさまざまなスタッフの役割、被験者への配慮、医師主導治験、安全性対策などをみていく。
これらを通じて、読者に、治験への理解と関心を深めていただければ、幸いである。
1――治験の実際
治験は、参加する患者等の被験者に対する倫理的な配慮を最優先し、科学的に適正な方法で行われなくてはならない。また、結果を評価するために、実施条件や手続きを明確化することも必要となる。そのため、治験は、「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(Good Clinical Practice, GCP省令)等のルールを遵守して行われる。
ルールには、診察手順や診療記録の内容などが厳密に定められている。たとえば、一般診療の場合、検査や点滴投与に用いる注射針やシリンジの種類は、原則として医師が自由に決める。一方、治験の場合は、使用する注射針やシリンジの種類が、あらかじめ詳細に定められており、医師の裁量の余地はほとんどない。これは、注射針・シリンジの違いによる被験薬1の投与速度や、注射針・シリンジとの接触に伴う化学変化など、治験結果に影響を与え得る要素をできるだけ排除するためとされる。
治験を担当するスタッフは、こうした細かいルールを十分に理解しておくことが必要となる。
1 本稿では、「被験薬」は、治験の対象とされる薬物をいう。また、「治験薬」は、被験薬と対照薬を表す。
治験を円滑に進めるためには、治験依頼者である医薬品メーカー、治験を行う実施医療機関、治験に参加する被験者の協力が欠かせない。近年、治験の内容が複雑化していることもあり、これらをサポートしたり、治験業務の一部を受託したりする機関の役割も重要となっている。このうち、開発業務受託機関(Contract Research Organization, CRO)は、治験依頼者を支援する。一方、治験施設支援機関(Site Management Organization, SMO)は、実施医療機関や被験者をサポートする。
治験依頼者、実施医療機関、CRO、SMOには、多くのスタッフが存在する。治験がスムーズに進むか否かは、これらのスタッフの活躍しだいといえる。各機関の関係を図示すると、つぎのとおりとなる。
2――治験を支えるスタッフ (治験依頼者側)
1|治験依頼者側では、臨床開発企画担当者(CRS) と 臨床開発モニター(CRA) が中心的
一般に、1つの新薬の開発を企画してから、非臨床試験、臨床試験を行い、厚生労働省への承認申請、承認取得を経て、製造・販売に至るまでには、9~17年もの長期間を要し、開発成功の確率は、3万分の1などと小さい。一連の開発プロセスには、数十億~数百億円に及ぶ費用が必要となることもある。このうち、最も費用がかかるのが治験であり、その成否は新薬成功のカギともいえる。
治験依頼者側では、治験を企画・実行して承認申請・取得まで進める臨床開発企画担当者(Clinical Research Scientist, CRS)と、治験データをルールに従って正確かつ完全な形で確保する臨床開発モニター(Clinical Research Associate, CRA)が中心的な役割を担う。通常、CRSとCRAは、医薬品メーカー内の治験実施部門に所属している。
2 本稿では、「治験使用薬」は、被験薬並びに被験薬の有効性及び安全性の評価のために使用する薬物をいう。具体的には、被験薬、対照薬、併用薬、レスキュー薬、前投与薬等が該当する。
CRAはモニタリングを通じて、治験を支える。モニタリングとは、治験の品質を保持するために、実施医療機関で、治験がGCPやPCにしたがって適正に行われていることを監視する業務を指す。モニタリングは、実施医療機関が設置している標準業務手順書(Standard Operating Procedure, SOP)に従って行われる。CRAは、情報提供や確認作業のために、医師や治験コーディネーター(CRC)のもとを頻繁に訪れる必要があり、医療機関に出向くことが多い。
モニタリングにおいては、被験者の組入れや治験薬の交付量・投与用量の確認、医師が作成した症例報告書(CRF)とカルテなどの原資料の照合・検証(Source Data Verification, SDV)などが行われる。CRAは、実施したモニタリングの結果をモニタリング報告書にまとめて、治験依頼者に提出する。
CRAは、薬剤に関する知識が豊富な薬剤師資格の取得者が就くケースが多い。なお、治験依頼者がCROにモニタリングの業務を委託した場合、CROに所属するCRAがモニタリングを行うこととなる。
一般に、治験依頼者(医薬品メーカー)には、治験実施部門の他に、治験薬の製造を担う治験薬製造部門、薬事部門や、治験データを処理して報告書を作成し、その品質を保証する、データマネジメント部門、統計部門、メディカルライティング部門、品質管理部門、監査部門などの部門がある。なお、治験依頼者がCROに治験データの処理等の業務を委託した場合、CROに所属する専門職が、その業務を行うこととなる。以下、それぞれ簡単にみていこう。
(1) データマネージャー(Data Manager, DM)
データマネジメント部門に所属して、治験データを正確に反映した解析用のデータベースを構築する。そのためには、まず、症例報告書(Case Report Form, CRF)のフォームの作成がポイントとなる。
CRFのフォームは、治験で得ようとする評価項目をもとにCRSがデザインする。DMは、評価項目に関する種々のデータを記録するために、CRFの具体的な記載項目を定め、CRFのフォームを作成する。
治験が進み、実施医療機関からCRFが送られてきたら、それをもとにデータ入力を行う。入力したデータには、ロジカルチェック(機械的に不合理なデータの検出)や、マニュアルチェック(チェックシートを用いた目視による異常データの検出)により、データクリーニング(データの点検・修正)が行われる3。そのうえで、データベース仕様書を作成して、データベースを設計することとなる。
3 データチェックの結果、問い合わせや確認が生じた場合、CRAに対して、クエリという質問用紙を用いた照会が行われる。CRAは、治験責任医師や治験コーディネーター(CRC)に確認が必要な場合、実施医療機関を訪問して照会対応を行う。
統計部門に所属して、データベースを解析したうえで、解析報告書を作成する。そのためには、CRSによるPC作成段階で、解析方法や目標症例数を設定して、解析計画書に記載しておく必要がある。
なお、解析開始後に、被験薬に有利な部分だけを後付けで解析するような事象を防ぐために、解析計画書を改訂する場合には、解析開始の前に行ったか、後に行ったかを明確にすることが必要となる。
解析報告書は、ICH E9ガイドライン「臨床試験のための統計的原則」に基づいて作成することが求められる。
(3) メディカルライター
メディカルライティング部門に所属して、治験の最終成果物である「総括報告書」や、承認申請書類となる「コモン・テクニカル・ドキュメント」(Common Technical Document, CTD)を作成する。総括報告書は、ICH E3ガイドライン「治験の総括報告書の構成と内容」に、またCTDは、ICH M4ガイドライン「コモン・テクニカル・ドキュメント」に、それぞれ従って作成される。
総括報告書は、治験に関与したすべての部門でレビューされることが一般的である。通常、本文は100~300ページ、付録部分は数百~数千ページにも及ぶ長大な報告書となる。一方、CTDは、承認申請文書構成の国際的共通化を図るべく、2001年より新薬の承認申請に用いられるようになった1,5。
4 CTDは5つのモジュールから構成される。モジュールⅠ(申請書等行政情報及び添付文書に関する情報)は、申請する国により特異。モジュール2~5(CTDの概要(サマリー)、品質に関する文書、非臨床試験報告書、臨床試験報告書)は、外国の申請で共通とされている。(「医師主導治験START BOOK」内田英二編, 須崎友紀・川村芳江著(南山堂, 2016年)より)
5 日本では2005年に、XMLファイルやPDFファイルなどからなる電磁ファイル形式のCTD(eCTD)による承認申請が導入されている。現在は、ほぼすべての申請が、eCTDの形式で行われている。PMDAは、2020年4月以降、原則として、eCTDの形式での申請を求めている。海外でも、欧米をはじめ、各国で、eCTDの形式での承認申請の動きが進められている。
品質管理部門に所属して、各文書の記載内容や治験の手順がSOPに従っているか、チェックを行う。原則として、全数調査を行う。たとえば、治験依頼者と実施医療機関の間で締結された、治験の契約締結日と、治験薬受領日の記録を参照して、契約締結前に治験薬が交付されていないか。被験者の同意日と登録日の記録をチェックして、同意取得前に被験者登録をしていないか、といった確認を行う。
(5) 監査担当者(Quality Assurance, QA)
監査部門に所属し、治験システムの監査や、個々の治験の監査を担う。治験システムの監査では、治験薬保管、資料保管、会議運営などの治験組織体制が正しく機能していることなどが確認される。個々の治験の監査では、治験がGCP、SOP、PCなどを遵守しているか等が確認される。監査は、抽出調査で行われることが一般的であり、監査結果は、監査報告書にまとめられる。監査を実施したことの証明書として監査証明書が総括報告書に添付されて、承認申請時にPMDAに提出される。
5|登録センターは無作為化二重マスク試験の、ランダム化とブラインド化を担う
治験依頼者は、被験者を登録するために、登録センターを設置することが一般的となっている。登録センターは、被験者として組み入れる患者等が、PCに規定された選択・除外基準に適合しているかを、治験実施関係者から独立した第三者の目で確認する。
通常、治験では、「無作為化二重マスク試験」が行われる。被験者を実薬群と対照群(プラセボ群、標準治療群等)に分ける際、被験者自身や治験関係者が割り付けの内容を知ってしまうと、治験結果そのものや、その分析・評価に偏り(バイアス)が生じてしまう恐れがある。こうしたバイアスを避けるために、被験者の無作為な割り付け(ランダム化)と、どちらに割り付けられたかを二重マスク6すること(ブラインド化)が必要となる。
登録センターは、実施医療機関の治験責任医師や治験分担医師から送付された症例登録用紙を確認して、適格であれば症例登録する。この症例登録によって治験薬の割付が行われる。登録センターから医療機関に、適格性の判定結果とともに、被験者の登録番号と薬剤番号が通知される。それらの番号をもとに、治験が実施される。
なお、重篤な有害事象(SAE)が発生した場合には、対象の被験者について、ブラインド化を解除(「緊急開錠」という)して、被験薬の投与の有無を確認するかどうか、治験依頼者が審議する。緊急開錠の判断がなされるまでの間は、登録センターで、割り付けの情報が管理される。
6 被験者と治験関係者のいずれにも割付内容がわからないよう、二重にマスクをかける意味合いから、このように呼ばれる。
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
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