2021年08月02日

カナダの生命保険会社に対する資本規制を巡る動向-OSFI(金融機関監督庁)の対応-

中村 亮一

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1―はじめに

カナダの保険監督当局であるOSFI(Office of the Superintendent of Financial Institutions:金融機関監督庁)は、カナダの連邦制によって規制された金融機関と年金制度の健全性規制及び監督に対して責任を負うカナダ政府の独立機関だが、昨今の国際的な保険資本規制であるICS(保険資本基準)策定の動きや国際的な保険会計基準であるIFRS第17号(保険契約)の策定を受けて、カナダの資本規制の見直しを検討している。

今回のレポートでは、OSFIによる最近のカナダにおける資本規制見直しを巡る動きについて報告する。
 

2―カナダの資本規制の現状

2―カナダの資本規制の現状

カナダの資本規制は、LICAT(Life Insurance Capital Adequacy Test:生命保険自己資本比率テスト)と呼ばれるテストに基づいて評価されるCARLI(Capital Adequacy Requirements for Life and Health Insurance )である。LICATは、それまでのMCCSR(Minimum Continuing Capital and Surplus Requirements:最低継続資本剰余規制)にとって代わって、2018年1月1日に発効している。
1|LICATについて
MCCSRは、基本的にファクター・ベースのアプローチであり、リスク間の分散効果の概念がないが、LICATは多様なストレス状態、多様なレベルの分散効果を考慮した総資産要件(TAR)を規定しており、原則主義によるリスクベースのアプローチに従っている。

LICATガイドラインは、生命保険会社が生命保険事業に固有のリスクをサポートするのに十分な資本又は十分なマージンを維持しているかどうかを評価するためにOSFIが使用する基準を確立している。

会社は、少なくとも55%の「コア比率(Core Ratio」と90%の「総資本比率(Total Ratio」を維持する必要がある。OSFIは、コア比率について70%、総資本比率について100%の監督目標レベルを設定している。
2|LICATの概要
LICATに関しては、OSFIがガイドラインを発行し、CIA(Canadian Institute of Actuaries:カナダアクチュアリー会)が、LICATとCARLIの要件の解釈等を支援し、これらに携わるアクチュアリーのために、実務基準(Standards of Practice)や教育ノート(educational note)等を発行している。

ここでは、現行のLICATの概要を報告する。

(1)LICAT比率
LICATは、保険会社の自己資本の充実度を測定するもので、OSFIが保険会社の財務状況を評価するために使用するいくつかの指標の一つである。LICAT比率は、保険会社のランク付けや格付けに単独で用いるべきではない。

資本考察には、保険者がストレスを受けている期間を通じて財務の健全性に寄与する要素と、清算期間中の保険契約者と債権者の保護に寄与する要素が含まれる。

「総資本比率」は、保険契約者と債権者の保護に焦点を当てている。総資本比率の計算に使用される式は次の通りである。

総資本比率=(利用可能資本+サープラス引当金+適格預金)/基本ソルベンシーバッファ

「コア比率」は財務体質に重点を置いている。

コア比率
=(Tier 1資本+サープラス引当金の70%+適格預金の70%)/基本ソルベンシーバッファ

(2)利用可能資本
Tier 1及びTier 2の自己資本で構成され、一定の控除項目、限度額及び制約がある。この定義には、基本ソルベンシーバッファの計算のために連結される全ての子会社内の利用可能資本が含まれる。

(3)サープラス引当金
総資本及びコア比率の分子に含まれるサープラス引当金の金額は、カナダ資産負債法(CALM)又は保険会社の財務諸表で報告される保険契約負債を決定するために使用されるカナダアクチュアリー会の実務基準に規定されているその他の方法に基づいて計算された不利な偏差に対する準備金(provisions for adverse deviations:PfADs)に基づいている。

特定のリスクに備えるためにサープラス引当金に含まれるPfADsは、財務諸表で報告される負債合計に含まれるPfADsに対応する必要がある。LICAT比率の計算に使用されるサープラス引当金に含まれる特定のPfADsは次の通りである。

1)分離型ファンド契約以外の保険契約に係るリスクフリーレートのシナリオ前提に関するPfADs(全ての再保険を控除して計算)

2)分離型ファンド契約以外の保険契約に関連する以下の非経済的仮定に対するPfADs (登録再保険のみを控除して計算):被保険者死亡率、年金死亡率、罹患率、脱退及び一部脱退、逆選択的失効、費用及び保険契約者オプション。これらのPfADsは、カナダアクチュアリー会の実務基準に記載されている。

リスクフリーレート以外の経済的仮定(信用スプレッド、外貨、投資費用等)のPfADs、上記以外の非経済的仮定(オペレーショナル・リスク等)のPfADs、及び分離型ファンド契約に関連するPfADsを含むその他全てのPfADsは、サープラス引当金から除外される。

(4)適格預金
制限付きで、規制対象外の再保険者から預け入れた超過預金及び請求変動準備金は、総資産比率及びコア比率の計算において、適格預金として認識することができる。これらの金額の認識は、別途記載されているリスク移転の基準に従う。

(5)基本ソルベンシーバッファ
保険会社の資本要件は、専門家の判断に基づき、最終準備金を含む1年後の条件付きテール期待値(CTE)が99%となることを目指す監督上の目標レベルに設定される。ガイドラインにおけるリスク資本要件が、目標レベルでの資本要件を算出するために用いられる。

保険会社の基本ソルベンシーバッファは、6つの地域(カナダ、米国、英国、英国以外の欧州、日本、その他)のそれぞれについて、クレジット差引後の総資本要件の合計に1.05を乗じたものに等しい。

地域内の総資本要件は、5つのリスク要素(信用リスク、市場リスク、保険リスク、分離ファンド保証リスク、オペレーショナルリスク)のそれぞれに対する要件から構成される。ここで、「保険リスク」は、トレンド、ボラティリティ、ベースラインのレベル、巨大災害(それぞれ単独で算定)等について、「市場リスク」は、ベース・シナリオと(OSFI所定による4つの中で)ワーストシナリオのキャッシュフローの差の現在価値等として、また「信用リスク」はファクター・ベースで算出される。

集計要件は、適格保有有配当及び調整可能商品及びリスク分散のクレジットによって削減される。また、以下のリスク削減措置を講じている場合には、(特定のリスク要素又は適格預金として認識される金額を削減することにより)クレジットを取得することができる。

・再保険(保険リスク要素、再保険が明示的に認識されているその他の要素)
・担保、保証及びクレジット・デリバティブ(確定利付資産及び再保険資産の信用リスク部分)
・ヘッジとして機能するその他のデリバティブ(市場リスク要素)
・資産証券化(信用リスク部分)
3|最低及び監督上の目標比率
OSFIは、監督上の目標比率を、100%の総資本比率と70%のコア比率としている。監督目標は、最低要件を上回るクッションを提供し、その他のリスクに対するマージンを提供し、OSFIの早期介入プロセスを促進する。監督当局は、保険会社と協議の上、当該保険会社の個別のリスク・プロファイルに基づき、ケースバイケースで代替目標を設定することができる。

保険会社は、最低でも、90%の総資本比率と55%のコア比率を維持することが求められる。最低及び監督上の目標比率に関するOSFIの定義と期待、及び内部資本目標と資本管理政策に関する期待については、ガイドラインA 4 「規制資本と内部資本目標」 を参照しなければならない。
 

3―OSFIによる今回の提案

3―OSFIによる今回の提案

OSFIは、保険契約に関する新しい国際会計基準であるIFRS第17号の発効に併せて、これまでLICATの改訂についての検討を進めてきていた。今回、IFRS第17号が2023年1月1日以降に開始する事業年度から適用されることに伴い、過去3年間に収集された業界の参加者やその他の利害関係者からの意見や対話を踏まえて、6月21日に、2023年の保険資本ガイドラインのドラフトとして、Life Insurance Capital Adequacy Test (LICAT) 2023ドラフト、Minimum Capital Test(MCT)2023ドラフト及びMortgage Insurer Capital Adequacy Test (MICAT) 2023ドラフトに関するPC(Public Consultation:市中協議)を公表した1

ここでは、生命保険会社に対するLICATと損害保険会社に対するMCTの提案内容の概要について報告する。
1|LICATに対する提案の概要
LICAT 2023ガイドライン、報告様式及び指示の改訂草案を公表しているが、その概要は以下の通りである。

LICAT2023ガイドラインの主な改訂は次のとおりである。

・現在の資本政策と一致する資本の枠組みを維持する方法で、IFRS第17号(保険契約)にLICATを適合させる。

・2020年11月に発行された有配当保険の取り扱いに関するOSFIアドバイザリー補足ガイダンスを組み込む。

・IFRS第9号(金融商品)に対するLICATの更新

LICATの四半期及び年次様式及び付随する指示も、LICAT 2023ガイドラインの改訂案を反映するように改訂される。

IFRS第17号に対するLICATを更新するにあたり、実施の負担を軽減するために、資本の枠組みに対する方針の変更を制限することを約束した。また、LICATをIFRS第17号に適合させることによる業界全体の資本への影響を最小限に抑えるという目標に向けて引き続き取り組んでいる。この目的を達成するために、PCと並行して、全ての生命保険会社を対象に、3回目の定量的影響調査(QIS)と感応度テストも実施する。この結果に基づいて、最終的な較正や段階的導入、さらには移行調整の必要性の有無等が検討されていくことになる。

分離型ファンド保証事業を行う生命保険会社の場合、OSFIは、規制上の自己資本要件を決定するための新しい標準アプローチの実施日を2025年1月1日まで延長(つまり、2年間延長)する。これにより、当初計画されていた2021年9月の協議が延期され、保険会社はIFRS 第17号の堅牢な実装により多くの時間とリソースを費やすことができるようになる。LICAT 2023ガイドライン、様式及び指示のドラフトは、それに応じて改訂される。
2|MCTに対する提案の概要
MCT 2023ガイドラインの主な改訂は、次のことを目的としている。

・保険負債の概念と測定の使用を含む、IFRS 第17号(保険契約)に対して、MCTを適応させる。例えば、新しいガイドラインでは、「未払請求」と「保険料負債」の代わりに、それぞれ「発生請求負債」と「残余補償負債」を使用する。

・資本目的で使用される配分方法の原則を確立する。

・IFRS第9号(金融商品)の用語と一致する方法で信用リスク要件を指定する。

なお、IFRS第17号に基づくMCT計算の報告様式は、PC4という名前の新しい単独報告書になる。新しい様式と指示は、MCTガイドラインの改訂案を反映している。

OSFIはまた、このPCと並行して、損害保険会社との定量的影響調査を実施する。
(参考)OSFIのこれまでの取組
OSFIは、保険会社向けの資本ガイドラインの適応に向けて、これまで以下のように取り組んできている。

・2018年、OSFIは、LICAT、MCT及びMICATガイドラインの暫定ドラフトを配布し、IFRS 第17号用に更新し、アンケート/データ収集の演習を実施した。

・2019年、OSFIは、定量的影響調査(QIS)及び様式と指示のドラフトと併せて、更新されたLICAT、MCT及びMICATガイドラインのドラフトに関する協議を開始した。

分離型ファンド保証(SFG)事業を行う生命保険会社の場合、関連する自己資本要件を決定するための新しい標準アプローチの開発作業は、別のプロジェクト計画に従っている。
3|今後のスケジュール
今回のPCに対する協議は9月30日まで行われる。

OSFIは、2020年9月30日にIFRS第17号のためのLICAT、MCT及びMICATのレビューのスケジュールを公開している2。これによれば、今回の(1)LICAT、MCT及びMICATの改訂ドラフト、(2)規制資本様式のドラフト、(3)第3回定量的影響調査と感応度テスト、の公開に続く、主要なマイルストーンは以下の通りとなっており、最終的なガイドラインは2022年8月に予定されている。

・2021年11月~2022年3月
較正及び移行目的での潜在的な指示された協議及びデータ請求

・2022年8月
(1)最終的なLICAT / MCT / MICAT2023ガイドライン、(2)最終的な規制資本様式 の公開

なお、OSFIは、今回のPCプロセスに関する情報を共有し、質問に答えるために、6月22日に説明会を開催するとともに、7月12日と8月23日の週に、保険会社向けの説明会を開催するとしている。
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中村 亮一

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