2021年07月30日

“DXの勝者”が次に目指しているもの~「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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4D&IからDEIへ
「ダイバーシティとインクルージョン(D&I)」は、すでに米国を中心に多くの企業がコーポレートバリューとして据え、それを採用や組織編成、商品・サービスの開発、さらには戦略策定などに活用している。例えば、マイクロソフト、ウォルマート、ジョンソン&ジョンソン、P&GなどがD&Iをコーポレートバリューとして掲げている。
 
ここで、改めてD&Iの考え方を押さえておきたい。
 
ダイバーシティは「多様性」を意味する。多様性とは、人種、ジェンダー・性別、性的指向、民族、国籍、居住地、社会経済上の地位、社会的起源、言語、文化、障害の有無、精神的・身体的能力、健康レベル、性格、年齢・世代、宗教、政治的思考や信条、外見、価値観やライフスタイルなどを含む1人ひとりの違いの存在のことである。
 
一方、インクルージョンは「包摂」の意味合いを持つ。包摂とは、多様な人々が歓迎され、尊重され、支援され、評価され、参加できることが保証された環境が作られることである。
 
そうすると、D&Iとは、社会や組織において多様な人々がその違いを活かしながら能力を発揮する、社会・組織としてもその多様性を高めながら活力を増したり新しい価値を創り出したりする考え方と理解することができる。
 
例えば従業員や取締役会の構成、女性や外国人、マイノリティの登用に企業がD&Iを取り入れることで、人材獲得力の強化、リスク管理能力の向上、イノベーション促進などの効果が期待できたり、組織改革、人事制度の整備、従業員のスキル向上といった施策に打って出たりすることができる。実際に、D&Iをアドバンテージにして人材募集や人材配置を行う企業、D&Iを商品・サービスそのものへ組み込むことで競争優位を維持する企業などが多く存在する。D&Iはもはや戦略の一部としても機能するのである。
 
さらに最近は、D&Iにエクイティを加えた「ダイバーシティ、エクイティ、及びインクルージョン(DEI)」を採用する企業が出てきている。2020年6月には世界経済フォーラムが『Diversity, Equity and Inclusion 4.0: A toolkit for leaders to accelerate social progress in the future of work(ダイバーシティ、エクイティ、およびインクルージョン4.0:仕事の未来において社会進歩を加速させるリーダーのためのツールキット)』を発行。世界経済フォーラムもこの3つの価値観を重視している。
 
繰り返してきたように、エクイティは、単独としては「公正」「公平」を意味する。DEIの文脈でエクイティを理解するポイントは、格差の根本原因を考慮した上で公平性を担保するということである。全員に等しく同じリソースを与えるのではなく、全員が等しく機会を享受できることを意識する。出発点から構造的な不平等が存在している状態では、いくら同じリソースを等しく提供しても構造的な不平等は解決されないということである。
 
DEIを組織に当てはめてみよう。先に私は、D&Iとは「組織において多様な人々がその違いを活かしながら能力を発揮する、組織としてもその多様性を高めながら活力を増したり新しい価値を創り出したりする考え方」とした。そしてエクイティが加わることで、より不利な状態にある人に対しては、結果的に機会が平等に提供されるように、より多くのリソースを投入する。つまり、公平性が担保された多様性と包摂、より公平な組織づくりが意識されることになる。
 
DEIを採用する企業が出てきているのは、エクイティとイコーリティの意義の違いが認識され、エクイティがダイバーシティとインクルージョンと一体となって、ますます重要な概念となってきているからであろう。
 
もっとも、真にDEIを自らの組織で定着させるには、人事考課や労働条件、異動・昇給、設備の使用、仕事の進め方など様々な場面で配慮が求められる。さらには、どのように構造的な不平等を測るのかといった、より本質的な難しさも伴ってくる。そうした点をクリアできるかが、企業がDEIを採用するにあたっての課題となる。
5「多様性と個性を受け入れ、活かす」時代へ
ここで、エクイティについてあらためて強調したい。「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)」と並べて語られることからもわかるように、エクイティの前提には「多様性と個性を受け入れ、活かす」価値観が欠かせない。「多様性と個性を受け入れ、活かす」世界は、確実に実現へと近づきつつある。
 
しかし同時に、まだまだ長い道のりが続いていくであろうことも、私たちは理解している。そもそも私たちは「多様な個性、多様な価値観に気づいてすらいない」「不公平・不公正に苦しむ人々が、見えてもいない」そんな段階にあるからである。
 
筆者に、そのことを端的に教えてくれた本に、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』がある。この本の中で、著者の伊藤亜紗さんは、目が見える人と目が見えない人とでは、同じ「富士山」でも、頭の中に思い浮かべるものが違う、と指摘している。
 
「見えない人にとって富士山は、『上がちょっと欠けた円すい形』をしています。いや、実際に富士山は上がちょっと欠けた円すい形をしているわけですが、見える人はたいていそのようにとらえてはいないはずです。
 
見える人にとって、富士山とはまずもって『八の字の末広がり』です。つまり『上が欠けた円すい形』ではなく『上が欠けた三角形』としてイメージしている。平面的なのです」
 
筆者は山梨出身なので富士山には馴染みがあるが、これは思いも寄らない指摘であった。しかし、本当に感銘を受けたのは、その後のくだりである。
 
「見える人は三次元のものを二次元化してとらえ、見えない人は三次元のままとらえている。つまり、前者は平面的なイメージとして、後者は空間の中でとらえている。
 
だとすると、そもそも空間を空間として理解しているのは、見えない人だけなのではないか、という気さえしてきます。見えない人は、厳密な意味で、見える人が見ているような『二次元的なイメージ』を持っていない。でもだからこそ、空間を空間として理解することができるのではないか。
 
なぜそう思えるかというと、視覚を使う限り、『視点』というものが存在するからです。視点、つまり『どこから空間や物を見るか』です。『自分がいる場所』と言ってもいい」
 
「要するに、見えない人には『死角』がないのです。これに対して見える人は、見ようとする限り、必ず見えない場所が生まれてしまう。そして見えない死角になっている場所については『たぶんこうなっているんだろう』という想像によって補足するしかない」
 
見える人には必ず死角がある。筆者が見ていた富士山も、山梨県側から見えた富士山でしかなかった。静岡県側から見れば、また違う富士山の姿があるはずで、正確には、視点の数だけ、富士山の姿がある、というべきであろう。しかし、筆者はそのことを想像しようともせず、自分の視点から見た富士山の姿を、当たり前のものとして生きてきた。すべての人が自分と同じ富士山を見ているものと思っていた。
 

3――日本に必要な「国家としてのグランドデザイン

3――日本に必要な「国家としてのグランドデザイン

「デジタル×グリーン×エクイティ」をそれぞれの企業が個別に努力するだけでは、実現にも時間を要し、大きなムーブメントにはなり得ない。例えば、トヨタ自動車の豊田社長が指摘するように、「カーボンニュートラルは国家のエネルギー政策の大変革なしに達成は難しい」のも事実である。
 
冒頭で触れたように、伝統的な製造業であるボッシュが2020の時点でカーボンニュートラルを世界400カ所で達成したのは驚くべきことである。それはボッシュ自身のビジョンや企業努力の賜物でもあるが、その背景にあるドイツのエネルギー政策×産業政策を見逃すわけにはいかない。
 
ドイツは数年前から「インダストリー4.0」を掲げ、デジタルを用いた製造業の革新を目指すとともに、自然エネルギーの拡大・脱炭素にも力を入れてきた。すでにドイツでは石炭火力よりも自然エネルギーのコストのほうが安くなってもいる。ドイツが目指すのは「エネルギー限界費用ゼロ社会」、すなわち国全体としてエネルギーコストを低減させ、製造業や国全体の競争力を高めるという超長期的な戦略が進行しているのである。そしてボッシュこそはインダストリー4.0の代名詞的な企業である。
 
ボッシュという伝統的製造業の会社がいち早くカーボンニュートラルを達成できたのは、このように、国としてのグランドデザインと、超長期的なエネルギー政策×産業政策に支えられてきたからである。ボッシュ1社の企業努力のみでは到底実現できなかったことであろう。付け加えるなら、ドイツを含む欧州が「環境正義」の名の下に気候変動対策を推進していることも、ボッシュには追い風であった。
 
同様に、今の日本に必要なのは、国家としてのグランドデザインだということになる。グランドデザインとは、 世界観や歴史観にもとづく大局的で壮大な視点から、 国家・社会・ビジネス・企業のあり方を描いていくことであり、それらの全体像と構成要素を明快に指し示していくことであると考える。
 
「今、世界はどのような状況にあり、自分たちが置かれている国家や社会や業界はどのような立場にあるのか?」「自分たちが求められている役割/果たすべき役割とは何であるのか?」「その役割にしたがって自分たちは何をしていくのか?」を徹底的に考え、それらを産業政策やエネルギー政策などとして明快に提示していくのである。
 
人口が減少し、人口構造が大きく変化し、閉塞感が強まっている日本において、ミクロレベルにおいて組織や人が長期的に繁栄を続け社会に貢献していくためには、小手先の戦術や施策の再構築程度では不十分である。戦略やビジョンのみならず、それらをすべて包含したグランドデザインから問い直し、真のイノベーションを通じて新たな価値を創造していくことが求められている。
 
日本では菅政権が、米国ではバイデン政権が誕生した。どちらもデジタル×グリーン政策を打ち出し、エクイティにも目が向いている。これを短期的なトレンドとして終わらせてはいけない。各企業においても、今こそ、これから超長期にわたって自社が属する産業がどうあるべきか、どんな企業として何のために生き残っていくべきかを示すグランドデザインを描く必要がある。日本からも「デジタル×グリーン×エクイティ」で世界をリードしていくような先鋭的な企業が誕生することを願ってやまない。
 
 

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立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授

田中 道昭

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(2021年07月30日「基礎研レポート」)

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