2021年07月28日

ワクチン接種意向に利他性は影響を与えるのか

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

文字サイズ

1――はじめに

ワクチン接種の利益には、自分の感染や重症化のリスクを下げるという自分自身の利益と、自分の周りの人の感染を防いだり、さらには、集団免疫の獲得に貢献することで、ワクチン接種を受けることができない人や重症化リスクの高い人の感染を防ぐという他人への利益がある。しかし、ワクチン接種は個人にとって、副反応のリスクがある。そのため、ワクチン接種意向が、副反応について感じるリスクの大きさと、自分が感染/重症化するリスクを下げる効果について感じる利益の大きさを比較して決定されるのは自然なことと言える。一方で、人は完全に自分の利益のみを考慮して行動するわけではなく、利他的な傾向があることが知られている。そうであれば、自分のリスクや利益のみでなく、他人の感染を防ぐことに対して感じる利益の大きさによっても、ワクチン接種意向が変化する可能性がある。つまり、個々人の利他性の程度がワクチン接種意向に影響を与えている可能性が考えられる。

そこで本稿では、利他性がワクチン接種意向に与える影響を、ニッセイ基礎研究所が実施した独自の調査を用いて確認した結果を紹介する。結果を先取りしてお伝えすれば、利他的な傾向が強い人は、新型コロナワクチン接種意向が高い傾向が確認された。また、持病を抱える人や年齢が高い人の接種意向も高いことが確認され、これは、自分にとっての利益が大きい人の接種意向が高いことを示唆する。これらの結果は、個人のワクチン接種意向には、自分にとっての利益に加えて、他人にとっての利益という要因が、利他性の強い個人に含まれている可能性があることを確認するものである。
 

2――調査概要

2――調査概要

本分析には、ニッセイ基礎研究所が行った独自のWEB アンケート調査のデータを用いた1。このアンケート調査の回答は、全国の 18~64 歳の被用者(公務員もしくは会社に雇用されている人)の男女を対象に、全国 6 地区、性別、年齢階層別(10 歳ごと)の分布を、 2015 年の国勢調査の分布に合わせて収集した。回答の回収期間は、2021年2月27日~2021年3月26日で、回答件数は 5,808 件である。
 
1 「2021年被用者の働き方と健康に関する調査」
 

3――ワクチン接種意向

3――ワクチン接種意向

本調査で、ワクチンの接種意向は、「ワクチンは今のところ打つつもりだ(すでに打った)」に「あてはまる」と回答したかどうかで計測した。回答の分布は図1の通りで、回答者のうち、約28%が「当てはまる」と回答した。
図1.ワクチン接種意向

4――利他性の計測

4――利他性の計測

利他性の計測には、独裁者ゲームと呼ばれる実験で使われる以下の質問の回答を用いた。
 
「あなたは、今調査会社から1000円を渡されたとします。この1000円を、日本人全体からランダムに選ばれただれかと、あなたが決めた配分で分けることができるとします。あなたはどのように配分しますか。」
 
回答の分布は図1の通りである。もし回答者が完全に利己的であるならば、日本人の誰かから選ばれた人に1円でも分けてあげることはなく、「自分に1000円、相手に0円」を選ぶはずである。しかし、回答者の分布をみると、「自分に1000円、相手に0円」と選択した人は、回答者の26%程度で、50%に近い人が「自分に500円、相手に500円」という配分を選択した2。さらに、「相手に1000円、自分に0円」という選択も4%程度見られた。
図2. 利他性の分布
 
2 本来であれば、実際に金銭の授受を行い、回答の正確性を担保する必要があるが、本調査では、1000円を受け取った場合を想定して回答頂いたものである。今回の調査では、相手に分ける額の平均は300円~400円であった。先行研究(Camerer, 2003) * によると、これまで行われた多くの独裁者ゲーム実験では、平均的に見て、配分者は自分の持ち分の20%程度を配分することが確認されている。本調査での研究で相手に配分した割合30~40%程度と、20%よりも多い割合となっており、実際に金銭の授受を伴わない仮定の質問であったことが、より利他的な回答傾向を示す要因になっている可能性が考えられる。
*Camerer, C. F.(2003) Behavioral Game Theory, Princeton University Press.
 

5――ワクチン接種意向と利他性及び他の要因との関係

5――ワクチン接種意向と利他性及び他の要因との関係

では、ワクチンの接種意向と利他性にはどのような関係があるのか。これを確認するため、利他性を説明変数とし、ワクチン接種意向の有無を被説明変数とした最小二乗法及び、プロビットによる推定を行った。推定結果は表1の通りである(列1が最小二乗法による推定結果で、列2がプロビットによる推定結果)。利他性は、前項で紹介した1000円の配分について、相手に配分する金額が大きいほど値が大きくなる変数とした(自分に1000円の場合は1、相手に1000円の場合は11を取る連続変数)。この結果、最小二乗法による推定でも、プロビットによる推定でも、利他性の変数は正に統計的に有意であることが確認され、利他性が大きいほど、ワクチンの接種意向が高い傾向があることが確認された。

さらに、他の要因との関係についても調べた(同じく表1)。

まず、同居家族がいない人の接種意向が低いことも確認された。これは、同居家族への感染を防ぐという意識がワクチン接種意向に影響を与えている可能性を示唆する。これを利他性と捉えることもできるが、同居家族に感染させることで、自分の生活に影響があるという側面もあるので、一概に利他的な要因と捉えることはできない点に注意が必要である。

また、新型コロナの重症化リスクが高いと言われている、肥満、心臓病、喫煙者において、ワクチンの接種意向が高い傾向が見られた。さらに、年齢が高いほど、ワクチンの接種意向が高い傾向も見られた。これらは、自分にとってワクチン接種の利益が大きい人の方が接種意向が高いことを確認する結果と捉えることができるだろう。

加えて、身近な友人・知人や会社の同僚が新型コロナウイルスに感染した人は、ワクチンの接種意向が高い傾向があることが示された。この傾向は、周りの人が感染すると、自分の感染リスクを大きく感じる可能性があることを表している可能性がある。さらに、新型コロナの感染者は収束しておらず、周りの人が感染したという人は増え続けており、その影響を受けて、ワクチン接種意向は今後さらに高まる可能性も示唆される。
表1_1. ワクチン接種意向と利他性及び他の要因との関係
表1_2. ワクチン接種意向と利他性及び他の要因との関係(続き)

6――おわりに

6――おわりに

コロナワクチンの接種が進む事が、社会的な利益につながることは、すでに多くの人々の間で認識されているのではないだろうか。しかし、ワクチンを接種するかどうかを最終的に判断する個々人の副反応のリスクがゼロではない状況の中で、その個人が社会的な利益を重視する程度は、その人の利他性の程度によって異なると考えられる。本稿では、ニッセイ基礎研究所が実施した独自のWEBアンケート調査を用いた分析で、実際に、利他性が高い個人のワクチン接種意向が高い傾向があることが確認された、という結果を紹介した。さらに、ワクチン接種のメリットが個人的に大きい人のワクチン接種の意向が高い傾向も確認された。これは、利他性の強い個人は、ワクチン接種の社会的なメリットが要因となっている可能性があることを示す一方で、自分自身のメリットを感じない限りは打たない、という判断をする人も当然いることを示していると考えられる。

そうした中で、社会としてワクチン接種を進めていくためには、現在政府をはじめ様々な団体等によって行われているように、ワクチンを打つことによるメリットと副反応のリスクについて、正確な情報を発信していくことがまずは重要だろう。さらに、個々人がワクチンを接種することのメリットにつながるような政策が有効な可能性も考えられる。例えば、米国のオハイオ州で、1億円超が当たる宝くじが発行されて、接種者が増えたという取り組みは記憶に新しい3。また、2021年7月26日から申請が始まる「ワクチンパスポート」が取り入れられることで4、それが差別につながらないような検討がされた上で、様々な優遇を得られることになった場合は、個人のワクチン接種のメリットが高まることで、接種意向が高まる可能性も考えられるだろう。
 
3 日本経済新聞 (2021年5月21日)「米でワクチン特典競争「1億円くじ」に接種促進効果も」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN21E980R20C21A5000000/ (2021年7月16日アクセス)
4 時事ドットコムニュース(2021年7月11日)「接種証明申請、26日から 加藤官房長官」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071100172&g=soc(2021/7/16アクセス)
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

保険研究部

村松 容子 (むらまつ ようこ)

(2021年07月28日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ワクチン接種意向に利他性は影響を与えるのか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ワクチン接種意向に利他性は影響を与えるのかのレポート Topへ