2021年07月21日

ワクチンパスポートの国内利用に向けて-ワクチンパスポートの国内利用には総じて肯定的であるものの、広く受容されるためには優遇措置のバランスが肝要

生活研究部 井上 智紀

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1――はじめに

新型コロナウイルスワクチンの一般接種が進む中、海外との往来時に接種済みであることを公的に証明するものとして、この26日より「新型コロナウイルス感染症 予防接種証明書」の申請受付が開始されることとなっている。申請は海外渡航予定がある方を対象とし、申請時は「接種済証」又は「接種記録書」とともにパスポートを提示する必要があるなど、当面は海外渡航時のみに利用を限定することとする一方で、このような接種済みであることを示す証明書(以下、ワクチンパスポート1)の国内利用の可否や利用方法についての議論も進められている。実際に、先月24日に公表された経団連「新型コロナウイルス会議」の提言書2においても、国内における活用の方向性とロードマップが示されている。ワクチンパスポートの国内利用については、感染防止と経済活動の両立をはかる手段として期待される一方で、前掲の提言書中でも「ワクチンを受けていない方、受けられない方への差別や偏見、不利益な取り扱いに繋がらないよう、合理的な配慮を行うことが不可欠」であり、「あいまいな基準をもとに闇雲に差別や偏見の防止を謳っていても、本来の目的において、望ましい活用を委縮させるだけであるため、どういった活用が合理的かそうではないかを切り分ける必要がある」と指摘されているとおり、国内における社会・経済活動のなかで利用していくのか、利用する場合、どのような方法での利用を認めていくのかについては慎重な議論も必要であるように思われる。

では実際に、消費者側では国内においてワクチンパスポートを利用することについてはどのように考えているのだろうか。本稿では、前掲の提言書において想定されている国内での利用方法について簡単に触れた上で、弊社が実施した「第5回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査3」の個票データを用い、ワクチンパスポートの国内利用の是非および利用方法別の受容度合いについて尋ねた結果の詳細を示す。
 
1 本稿では、特に断りのない限り7月26日より海外渡航者向けの申請受付が始まる「新型コロナウイルスワクチン接種証明書」のほか、「接種済証」や「接種記録書」を含め国内において新型コロナウイルスワクチンの接種履歴を証明できるもの全般を「ワクチンパスポート」と称する。
2 日本経済団体連合会新型コロナウイルス会議「ワクチン接種記録(ワクチンパスポート)の早期活用を求める」(2021年6月24日)
3 調査は全国の20~74歳の男女を対象に2021年7月5日~7日に実施した。有効回答数は2,582サンプル。調査結果の詳細は「2020・2021年度特別調査 「第5回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」 調査結果概要」を参照のこと。
 

2――想定されるワクチンパスポートの国内利用の方法

2――想定されるワクチンパスポートの国内利用の方法

前掲の経団連の提言書は、冬の到来までの集団免疫の獲得を目指したワクチン接種への取り組みを国に求めるとともに、諸外国・地域でも集団免疫の獲得までの間、感染の拡大を防ぎつつ、社会経済活動を早期に回復に導く手段の一つとして導入・活用が進むワクチンパスポートについて、我が国における活用の可能性と課題、解決策について検討した結果として、「活用に関する基本的な考え方」、「出入国時と国内における活用に向けて政府、医療界、経済界が取り組むべきこと」、「コロナ収束後を見据えた項目」として取りまとめたものとされている。

このなかで、国内利用については活用の方向性として以下の4つの分類を示し、ワクチン接種の対象者や進捗に応じて政府や医療界、経済界に求められる取り組みを3段階のロードマップに示している。
図表1 国内における活用の方向性
以降では、弊社が実施した調査より、ワクチンパスポートの国内利用への賛否および図1の4分類の中で示されている利用方法それぞれごとの利用意向について確認する。
 

3――ワクチンパスポートの国内利用に対する消費者意識

3――ワクチンパスポートの国内利用に対する消費者意識

1国内利用についての考え
ワクチンパスポートの国内利用についてどのように考えているかを尋ねた結果をみると、全体では「国内でも利用していくとよいが、活用対象については慎重に検討したほうがよい(以下、活用対象については慎重に検討したほうがよい)」が30.8%で最も多く、「国内でも積極的に活用していくとよい」(25.4%)を含めた『賛成』が56.2%と半数を超えている。
図表2 国内利用についての考え
属性別にみると、性別では男性で「国内でも積極的に利用していくとよい」が女性に比べ高く、女性では「あまり国内利用には賛成できない」が男性に比べ高い。また、年齢別では60~69歳で「活用対象については慎重に検討したほうがよい」が、70~74歳で「国内でも積極的に活用していくとよい」が高くなっている。本人職業別では学生で「活用対象については慎重に検討したほうがよい」が全体に比べ高く、『賛成』も6割を超えて高くなっている。
図表3 国内利用に対する考え(属性別)
ワクチンの接種状況別にみると、接種済み・意向ありで『賛成』が、接種意向なしで『反対』が高く、特に絶対に接種したくない層では「国内利用は認めるべきではない」が54.0%と突出して高くなっている。
図表4 国内利用に対する考え(接種状況・意向別)
このように、ワクチンパスポートの国内利用については、活用対象について慎重な検討を求めつつも、総じて賛同する声が多くなっているようである。ただし、ワクチン接種意向のない層ではむしろ反対が多くなっていることは、ワクチンの安全性や効果への疑問、副反応への懸念が十分に払拭できていないことや、ワクチン接種そのものが任意であり、体質や疾患から接種できない方もいる中で、差別や偏見の助長に繋がることへの懸念や、配慮への疑念があることを示しているものと思われる。
2利用方法別の利用意向
図表 1に示した4分類の想定される国内利用の方法に基づき、7種類の利用方法をあげ、利用意向をたずねた結果をみると、「ワクチンを接種して、ぜひ利用したい」と「ワクチン接種して、機会があれば利用したい」を合わせた利用積極層は“店頭や申込み時にパスポートを提示することで飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる(以下、飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる)”が50.5%で最も多く、“介護施設や医療機関での面会制限が緩和され、直接会えるようになる(以下、面会制限が緩和され、直接会えるようになる)”(44.7%)が4割を超えて続く。その他の項目についても3割台であり、利用消極・反対層は最も多い“パスポートの保有者は緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の期間中・対象地域でも国内旅行などのツアーに参加できるようになる(以下、緊急事態宣言等の期間中・対象地域でも国内旅行などのツアーに参加できるようになる)”でも27.4%と3割に満たず、いずれも利用積極層が利用消極・反対層を上回る。「こうした利用方法は認めるべきではない」についてみても、最も多い“パスポート保有者限定のキャンペーンに参加できる”でも12.7%と1割程度に留まっている。
図表5 利用方法別の利用意向
利用積極層について性別にみると、女性で「面会制限が緩和され、直接会えるようになる」が男性に比べ高い以外は大きな差異はみられない。利用消極・反対層では「緊急事態宣言等の期間中・対象地域でも国内旅行などのツアーに参加できるようになる」「パスポートの保有者には緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象地域との移動制限や隔離(待機)措置が緩和される(以下、緊急事態宣言等の期間中・対象地域でも移動制限や隔離(待機)措置が緩和される)」で女性が男性を5ポイント以上上回って高くなっている。年齢別では70~74歳ですべての利用方法の利用積極層が高く、「面会制限が緩和され、直接会えるようになる」「飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる」では6割を超える。利用消極・反対層についてみてもほとんどの利用方法で70~74歳が低い以外は大きな差異はみられない。

利用積極層の本人職業別では「飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる」は公務員、学生で、「面会制限が緩和され、直接会えるようになる」は専業主婦、学生でそれぞれ5割を超えて高く、学生では「緊急事態宣言等の期間中・対象地域でも移動制限や隔離(待機)措置が緩和される」も5割を超えて高くなっている。一方、利用消極・反対層では、「緊急事態宣言等の期間中・対象地域でも国内旅行などのツアーに参加できるようになる」は専業主婦・主夫、無職、学生で、「イベント会場、施設等への入場時には、パスポート保有者向けの専用レーンが開設される(以下、パスポート保有者向けの専用レーンが開設される)」は学生で、「会場や施設等の入場者数の制限が緩和されたパスポート保有者限定のイベントが開催される(以下、パスポート保有者限定のイベントが開催される)」は無職でそれぞれ3割台と高くなっている。

利用積極層のワクチンの接種状況別では、「飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる」で接種済み・意向ありが58.3%と高く、接種意向なしではすべての利用方法で2割に満たない。利用消極・反対層では逆に、すべての利用方法で接種意向なしが高い。

利用積極層についてワクチンパスポートの国内利用に対する考え別にみると、賛成派では「飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる」をはじめすべての利用方法で半数を超えて高くなっている。一方、利用消極・反対層ではすべての利用方法で反対派が高く、「パスポート保有者限定のキャンペーンに参加できる」では64.8%、「パスポート保有者限定のイベントが開催される」では63.9%と特に多くなっている。これを「こうした利用方法は認めるべきではない」とする反対層に限定しても同様にすべての利用方法で反対派が高く、「パスポート保有者限定のキャンペーンに参加できる」(46.1%)、「パスポート保有者向けの専用レーンが開設される」(45.1%)などほとんどの利用方法で4割を超えている。
図表6 利用方法別の利用意向(属性別、接種状況・意向別、国内利用に対する考え別)

4――ワクチンパスポートの国内利用の実現に向けて

4――ワクチンパスポートの国内利用の実現に向けて

これまでみてきたように、ワクチンパスポートの国内利用については、活用対象について慎重な検討を求めつつも、総じて賛同する声が多く、特に60歳以上の高齢層および学生で賛成派が多くなっていた。一方でワクチン接種意向のない層で反対が多くなっていたことは、ワクチン接種に対する疑問や懸念が払拭できていないことや、ワクチンパスポートの導入が差別や偏見の助長に繋がることへの懸念や、配慮への疑念があることを示しているものと思われる。

また、利用方法別の利用意向では、いずれの利用方法についても利用積極層が利用消極・反対層を上回っていた。属性別では「飲食代金や利用料の割引、ポイントの割増が受けられる」や「面会制限が緩和され、直接会えるようになる」の利用積極層は、70~74歳では6割を超えて、学生では5割台と他層に比べ高く、他の利用方法よりも多くなっている一方で、「国内旅行などのツアーに参加できるようになる」の利用消極・反対層では専業主婦・主夫、無職、学生で、「パスポート保有者限定のイベントが開催される」の利用消極・反対層では無職で、「パスポート保有者向けの専用レーンが開設される」の利用消極・反対層では学生で、それぞれ高くなっているもののいずれも3割台と、利用積極層と拮抗する結果となっていた。このほかワクチンの接種状況・意向別では総じて接種済み・意向あり層で、ワクチンパスポートの国内利用に対する考え方別では賛成派で、利用方法を問わず利用積極層が高くなっていたことから、属性によりそれぞれ若干の差はあるものの、総じて介護施設や医療機関での面会制限の緩和のほか、飲食代金の割引きやポイントの割り増しなどの優待措置では概ね前向きに捉えられる一方、パスポート保有者に限定したイベントやキャンペーンの実施については否定的な見方が比較的多くなっていた。

これらの結果は、ワクチン接種そのものや副反応に対する考え方、感染拡大の懸念が残る中、ワクチンパスポートを利用することで得られる効用の捉え方などが影響したものと思われる。国内利用に対する反対派や利用方法によらず利用消極・反対派が接種意向のない層で多くなっていたことから、ワクチンの安全性や効果、感染のリスクとワクチンの副反応についての情報提供など、ワクチン接種を促進するためのリスクコミュニケーションを図ることで、間接的ではあるもののワクチンパスポートの受容性も高まることが期待できよう。また、利用方法について少額の割引や割増ポイントの付与などの優遇措置に比べパスポート保有者に限定したイベント、キャンペーンが否定的にみられていたことは、接種の環境整備がまだ十分ではなく、現状では希望したからといってもすぐに接種できる状況にはないことや、接種そのものが任意とされる中では、多少の優遇を受けることは受容できるものの、パスポート保有者であることを条件とするような過度に優遇されているととられかねない方法までは望まれておらず、広く受容されるためにはこうした優遇措置のバランスが肝要であることを意味している。ただし、先行して接種が進んでいる70歳代など高齢層では利用方法によらず利用積極層が多くなっていたことから、受容の程度はワクチン接種の進捗状況に応じて変わる可能性もあろう。まずは少額の割引や割増ポイントの付与などの優遇措置から導入し、段階的に拡げることも一案といえるだろう。
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