2021年07月16日

米中・経済安全保障の総点検-規制に挟撃される半導体産業

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

文字サイズ

1――はじめに

政府方針と貿易との間に矛盾が生じている。政府は、経済安全保障の観点から米国などと連携して、サプライチェーンの脱中国依存の動きを進めているが、貿易面では中国への半導体製造装置の輸出が増加するなど、矛盾した動きとなっている。

そのような中、米国は民主主義など共通の価値観を持つ同盟国との連携を深め、中国に対抗する姿勢を鮮明にしている。6月にバイデン政権が取りまとめた報告書には、半導体や医薬品などの戦略物資の調達における中国依存を減らすため、日米豪印の枠組み(Quad)強化や米欧同盟の再構築など、多国間外交を強化する方針が示されている。対中包囲網とも言える動きが加速する中、中国は輸出管理や資本取引などの規制を強化し、脱中国の動きをけん制する一方、巨大な国内市場という優位性を活用して、むしろ中国依存を深化させようと動いている。トランプ前政権時代に始まった米中対立は、貿易、投資、技術、環境、人権と競争領域を拡大し、バイデン政権になってからも収束の兆しを見せていない。米中対立は、今後しばらく続くと見ることが自然だろう。

ただ、米中対立が激しさを増すほど、日本は貿易面で矛盾を突かれるリスクが高まる。米国の法律には、国境を越えて米国外で効力を発揮する「域外適用」の規定を持つものがあり、貿易や資本取引の関連法規は、その代表例だ。中国も近年、域外適用を視野に入れた法律の改正・新設に着手している。米中双方との関係が深い日本は、規制の股裂きに合うリスクに直面している。

本稿では、域外適用の動きを強める米中両国の規制動向を概観し、政府方針との矛盾が生じている半導体産業について、その影響やリスクを考察する。
 

2――各国の安全保障関連規制

2――各国の安全保障関連規制

1規制構造が複雑な米国、最重要 「輸出管理規則」
米国における輸出管理や投資規制は、規制対象や規制主体の異なる制度が、複雑に組み合わされて運営されている[図表1]。例えば、米国の外交手段の1つである経済制裁は、主に財務省・海外資産管理局が主管し、「国際緊急経済権限法」や「対敵通商法」、その他関連法(包括イラン制裁法等)に基づいて、特定の国や個人などを指定し、資産凍結や取引禁止などの制裁措置が実施される。これらの法律は、米国の管轄外にある外国企業の行為もけん制するため米国外適用される。

グローバルに活動する製造業にとって、とりわけ重要となるのが、商務省・産業安全保障局が所管する「輸出管理改革法(ECRA)」である。ECRA(エクラ)は、Export Control Reform Actの頭文字を取ったものであり、軍民両用のデュアルユース製品を含む、民生品に関する実質的な基本法として、2018年に再立法化された。輸出管理の詳細は、下位規則のEAR(Export Administration Regulationsの頭文字)を中心に規定されており、米国から輸出した米国原産品を第三国に輸出する、いわゆる再輸出も規制される。今回、新たに規制対象に追加された分野は、これまで企業が成長分野として注力してきた領域(バイオテクノロジーや人工知能など)が多く含まれており、オープンイノベーションに取り組む企業ほど注意が必要なものとなっている。
[図表1]輸出管理・投資規制(米国)
2|規制の近代化を図る中国、対米姿勢が鮮明
中国における輸出管理は、これまで大量破壊兵器や通常兵器の不拡散に取り組む「国際輸出管理レジーム」に基づく運営が為されて来た。しかし、締め付けを強める米国の動きに対抗して、国家安全保障の観点から管理項目や法規制の適用範囲を拡大し、規制強化を進める動きが続いている[図表2]。

特に注目されるのは、2020年10月に成立した「輸出管理法」である。これまで民生品に関する実質的な基本法として機能してきた「対外貿易法」には、安全保障的要素は含まれていなかったが、「国家の安全と利益」という広範な法目的を有する「輸出管理法」には、(米国のECRと同じく)中国の独自品目や再輸出に関する規制が追加されるなど、安全保障的要素が盛り込まれている。また、同法に先行して8月に実施された「輸出禁止・輸出制限技術リスト」は、対外貿易法の下位規則「技術輸出入管理条例」に基づくものであり、宇宙船技術や暗号化技術など新たな技術分野を規制対象に追加している。さらに、9月に即日施行された「信頼できないエンティティリスト」は、国家安全法や対外貿易法などに基づくものであり、指定された外国企業や個人などに対する貿易取引や資本取引、出入国を制限あるいは禁止し、その他必要な措置を講じる内容となっている。ただ、いずれも抽象的な規定が多く、定義や運用方針が曖昧であり、恣意的な運用が為される余地が残されている。

足元では、2021年6月に外国からの経済制裁等に対抗する「反外国制裁法」が成立し、対中包囲網に加わる国をけん制し始めている。中国政府は今後、米国の出方を見ながら制度運用を柔軟に変化させていく方針と見られるが、当局がフリーハンドを得るほどに企業の予見可能性は低下して行く。中国の法規制は複雑さを増しており、相互のつながりや意図を押さえることが重要になっている。
[図表2]輸出管理・投資規制(中国)
<ご参考>――「国際輸出管理レジーム」 重視の日本、分野別に枠組みを整理
日本の輸出管理は、国際輸出管理レジームを踏まえた必要最小限の貿易管理であり、「外国為替及び外国貿易法(外為法)」に基づいて実施されている。外為法に基づく輸出管理は、リストで規制される「リスト規制」と、それ以外で一定の要件を満たした場合に許可が必要となる「キャッチオール規制」から構成されており、キャッチオール規制は、さらに「大量破壊兵器キャッチオール規制」「通常兵器キャッチオール規制」の2つがある[図表3]。

また、外為法は、対内投資を規制する根拠法としても機能している。輸出管理によって安全保障上重要な技術の国外流出を防ぐ努力をしても、懸念のある外国企業が投資を通じて、当該企業の重要技術を入手してしまえば、輸出管理の努力は意味のないものとなってしまう。安全保障における輸出管理と対内投資規制は、まさに車の両輪であり、日本の外為法は、その連携を重視した立て付けとなっている。なお、直近2019年11月に改正(2020年6月から施行)された外為法は、安全保障上重要な日本企業に対する外国企業の出資規制を強化し、従来10%以上の出資としてきた事前審査基準を1%以上に厳格化している。また、事前届出が必要となる行為も大幅に拡大されており、外国投資家が役員選任の提案をする場合や事業売却などで経営に大きく関与する場合には、新たに事前届出が必要となった。
[図表3]輸出管理・投資規制(日本)

3――米中の狭間で揺れる日本企業

3――米中の狭間で揺れる日本企業

1政府方針と貿易の 「矛盾」
国際的な規制の股裂きに合うリスクへの警戒が、特に必要なのが半導体産業だ。半導体は、社会のグリーン化やデジタル化を進めるために不可欠なだけでなく、今後10年・20年先の安全保障環境を変え得る、人工知能や量子コンピュータといった新技術の開発に欠かせない中核製品である。

各国は、将来にわたる産業・軍事両面の優位性を確保するため、半導体関連の技術管理を強化し、サプライチェーンの再構築に乗り出しており、対立する国家間の規制の網が重なる領域は、急速に拡大しつつある。日本の貿易は、安全保障面で米国など同盟国との連携を重視する政府方針と矛盾した動きとなっており、とりわけ問題視されやすい状況にある。

財務省貿易統計によると2020年の日本の輸出額は、68.4兆円(対前年比▲11.1%)と全体では減少したものの、中国向け輸出額は15.1兆円(同+2.7%)と増加し、輸出額に占める中国の比率(22.1%)は過去最高を記録している[図表4]。これは、自動車関連消費が冷え込み、輸出額が12.6兆円(同▲17.3%)と大きく減少した米国とは、正反対の動きとなっている。また、中国向け輸出の内訳を見ると、コロナ禍による巣ごもり需要や5G関連の需要が増大し、半導体需要が拡大したことに伴い、「半導体デバイス又は集積回路製造用の機器」の輸出が前年比33.1%と増加するなど、半導体関連の輸出が拡大してきた。この動きは2021年に入って、経済安全保障への関心が高まる中でも続いている[図表5]。
[図表4]日本の輸出額推移/[図表5]中国向け・半導体製造装置の輸出額
2半導体関連産業の高い「中国依存度」
日本の半導体関連産業は、中国市場に依存する度合が、他の産業よりも大きい。
[図表6]日本の産業別生産額の中国の最終需要への依存度 経済協力開発機構(OECD)の「Inter-Country Input-Output Tables」に基づいて、2015年時点における日本の産業別生産額の中国の最終需要への依存度(生産誘発依存度)を求めると、製造業ではコンピュータや電子製品などの「精密機械製造業」が14.4%と最も高く、集積回路など半導体等電子部品を含む「電気機械製造業」は10.2%、半導体製造装置や工作機械などの「一般機械製造業」は9.7%となっており、日本全体の「全産業計」(3.6%)より高くなっている[図表6]。

なお、生産誘発依存度は、各産業の生産額が、どの最終需要に誘発されたものであるか、その割合を示したものであり、ここでは中国の最終需要が誘発した生産額の割合を示している。従って、この数字は、米国の対中規制強化などの措置が発動された場合に失われる、中国ビジネスの(生産)額と見ることもできる。足元では、中国向け輸出が拡大していることから、実際に中国市場を失うことになれば、これ以上に大きな影響が及ぶ可能性も高いと見るべきだろう。

なお、半導体関連の製品および技術は、従来から外為法のリスト規制の対象品目であり、今のところ大きな影響は見られない。ただ、米国が中国のファーウェイを、エンティティ―リストに追加した際には、半導体の出荷停止を余儀なくされた日本企業もある。また、米国では現在、ECRAの「新興技術」および「基盤的技術」の指定作業が進行中であり、募集期間が終了したパブリックコメントの中には、半導体製造装置やその関連ソフトが挙げられている。さらに、米国議員の中には、日本から輸出される半導体製造装置について問題視1する向きもあり、米国の規制動向には引き続き、細心の注意を払う必要があるだろう。
 
1 THE WALLSTREET JOURNAL「日本を悩ますバイデン氏の対中強硬姿勢」(2021年4月15日)
 

4――おわりに

4――おわりに~米中「デカップリング」に備える経営~

米中が覇権争いに突入する中、経済安全保障は経営の重要課題に浮上しつつある。国家が安全保障の観点から、機微技術や製品の管理を強化する中では、これまで利潤追求を優先してきた企業も、政治的なリスクを意識せざるを得ない。逆に言えば、経済安全保障への感度が低い企業は、突然サプライチェーンから外されたり、制裁対象に指定されたりするリスクを抱えることになりかねない。

日本企業が米中の間で二者択一を迫られた場合、国家として日本が共通の価値観を重視している以上、米国市場が優先されると見るべきだろう。ただ、日本企業にとって、中国の巨大市場は魅力的であり、収益面においても重要度の高い市場になっていることは間違いない。中国市場から撤退してしまえば、経済安全保障上のリスクをゼロにすることは可能だが、それは同時に成長機会を失うことでもあり、企業として容易に取り得る選択肢ではない。現実的には、明確な規制が適用されるまでは、個別に対応していくことが基本戦略となるだろう。

しかし、それでも米中の「デカップリング」という最悪を想定した対策は進めておく必要がある。少なくとも、当局から疑いの眼を向けられた際に十分な説明ができるよう、情報や人材の管理を徹底しておくことは必要だろう。経営リスク管理の観点からも、経済安全保障を意識した体制への転換を、進めておくに越したことはない。また、目まぐるしい国際情勢の変化に機敏に対応するためには、各国の法規制に対する造形を深め、その意図や適用範囲を正確に見極めることが重要になる。そのうえで、リスクとなり得るポイントを洗い出し、取引先の多角化や事業構造の見直し等に着手して行くことが求められる。地政学と言うファクターの比重が高まる経営は、これまで以上に難しさを増して来たと言えそうだ。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2021年07月16日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【米中・経済安全保障の総点検-規制に挟撃される半導体産業】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

米中・経済安全保障の総点検-規制に挟撃される半導体産業のレポート Topへ