2021年07月07日

所有者不明土地への諸対策 (6)-不動産相続登記申請の義務化

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

所有者不明土地問題発生の主要な原因のひとつとして、相続が発生したにもかかわらず遺産分割が行われず、そしてそのまま登記もされず土地が放置されてきたということがある。

このことは(1)相続登記申請が法的義務ではないとされていること、(2)登記は権利関係の公示にすぎないため、相続人は登記がなくとも自己の権利をいつでも主張することができることなどにあるといわれている。また、相続による登記申請を行うにあたっては、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本・除籍謄本を登記申請書に添付する必要があり、登記申請者の負担がかなり重いという点も指摘される。特に、山林や耕作放棄地などは収益が上がる土地ではなく、多大なコストを払ってまで登記申請を行うインセンティブがないといわれる。

相続以外でも、個人であれば住所・氏名の変更、法人であれば合併や清算などが、本人からの申請がない限り登記情報に反映されないため、登記簿上の所有権者が住所等不明となることも多かった。

この問題が強く意識されたのは東日本大震災である。多くの方が亡くなったが、登記が整備されていないために、土地の権利関係を明確にする手掛かりがなく、登記申請の義務化が強く意識されるようになった。

今回、不動産登記法が改正され、(1)相続登記申請の義務化(登記方法の一部簡易化含む)、(2)登記名義人の住所・氏名等の変動を反映するための仕組みの導入、(3)所有不動産記録証明書制度の導入などが行われた1

特に(1)の相続登記申請の義務化においては、登記申請を懈怠すると過料が課せられる制度であるため、相続財産に不動産が含まれることとなる人(すでに相続が始まっている人を含む)は、十分に注意が必要である。また(2)の住所・氏名等の変動の登記申請についても、正当な理由なく行わないときには過料が課せられる可能性があるのでこれも留意が必要である。
 
1 2018年に一部施行された「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」により、登記官が,所有権の登記名義人の死亡後長期間にわたり相続登記がされていない土地について,亡くなった方の法定相続人等を探索した上で,職権で,長期間相続登記未了である旨等を登記に付記し,法定相続人等に登記手続を直接促すなどの不動産登記法の特例が設けられた。2021年1月末現在で登記名義人5万3千人、14万2千筆の時について対応がなされたとのことである。また、表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化に関する法律に基づいて、所有者不明土地の探索が法務局により行われている。
 

2――不動産相続登記申請の義務化と相続人申告登記

2――不動産相続登記申請の義務化と相続人申告登記

1不動産相続登記申請の義務化
本改正は相続により不動産を取得した相続人に、登記申請義務を課すものである。本改正により、所有権の変動に係る登記のうちでも、登記申請義務であるものとそうでないものが発生することになる。たとえば、売買などによる所有権移転登記申請は引き続き義務ではない一方で、相続による所有権移転登記申請は義務化される。相続による登記申請に限り義務化するのは、死者という権利能力のない(=法的に所有者となりえない)者が登記名義人となっているというイレギュラー状態を解消することが実質的な根拠とされている。

具体的に、改正法では不動産の所有権の名義人に相続が開始したときに、自己のために相続が開始されたことを知り、かつ自分が所有権を取得したことを知ったときから3年以内に所有権移転の登記申請をしなければならないとされた(改正不動産登記法第76条の2)2,3

この申請義務を満たすためには三つの手段がある。第一の手段、これが現行法の想定する本来の手続であるが、3年以内に相続人間で協議あるいは調停等により遺産分割を行って、所有権を取得した相続人を登記名義人とする移転登記申請を行うものである(図表1)。
【図表1】遺産分割後に登記
上記のような遺産分割が間に合わない場合には、第二の手段として、分割前に法定相続分割合で登記を行う。これは現行法でも可能である。この場合、その後、遺産分割した結果として法定相続分より多く相続した相続人は、分割の日から3年以内に所有権移転の登記申請を行わなければならない(改正不動産登記法第76条の2第2項、図表2)とされた。ここで分割後3年以内の登記申請義務は本改正により新設されたものである。
【図表2】遺産分割前に登記
なお、この手段において、相続発生時の法定相続分の登記申請については、相続人のうちだれか一人が申請を行えばよいとされている。ただし、相続人全員の戸籍謄本・住民票などが申請にあたっての必要書類となる。
 
2 遺贈を受けた相続人も同様に義務を負う。相続人以外への遺贈は該当せず、また死因贈与による所有権取得も登記申請義務を負わない。なお、相続人の遺贈の場合においては、遺贈を受けた相続人は単独で登記申請できるとされた(改正不動産登記法第63条、現在は他の相続人と共同申請が必要)。
3 施行日前に相続が発生しているケースでは施行日から3年経過後までに登録する義務がある。
2相続人申告登記
登記申請を義務付けるにあたっては、簡易に相続登記申請義務を満たすことのできる手続の新設が必要との指摘があった。この観点から第三の手段として、相続人申告登記という新たな制度が設けられることとなった。相続人申告登記とは、相続により所有権を取得した者が、登記官に対して、登記名義人に相続が発生した旨、および自己が登記名義人の相続人であることを申し出るというものである(改正不動産登記法第76条の3第1項、図表3)。申告により、登記官は付記登記(新たに所有権移転の項目を立てるのではなく、現在の登記名義人(=被相続人)の欄に付記するだけの登記)を行う(同条第3項)。この申し出を行った者は、登記申請義務を履行したとみなされる(同条第2項)。
【図表3】相続人申告登記
この登記のメリットは、相続人申告登記が、所有権の移転の登記ではないことから、相続人の範囲を明らかにする必要がないことである。そのため、申告にあたって、相続人自身の戸籍謄本を提出するだけで足り、被相続人の出生からの戸籍謄本・除籍謄本がいらない。また、数次相続が発生しているようなケースで、相続人が一部不明である場合にも利用できる。

なお、この申し出を行うのは相続人の誰かがやればよいというものではなく、登記申請義務を負う相続人全員がそれぞれ行うべきものとされている。

以上の選択肢があるが、正当な理由がないのに、これら手段のいずれも行わない者に対しては、10万円以下の過料が課される(改正不動産登記法第164条)。
3|登記官による死亡の表示
登記官は、住民基本台帳からの情報を取得し、登記名義人が権利能力を失った(=死亡した)と認められる場合には、職権で死亡したことを示す符号を登記に表示ができることとされた(改正不動産登記法第76条の4)。
 

3――所有者名義人情報の最新化の取り組み

3――所有者名義人情報の最新化の取り組み

本項は、登記簿に記載されている所有者に生じた異動(氏名・住所変更)の変更登記申請等が放置されることによって、登記簿の権利者の現状が正しく表示されないといった問題などへの対処方策を導入するものを解説する。
1所有者登記名義人氏名・住所変更
所有権の登記名義人の氏名・住所に変更があった場合には、変更があった日から2年以内に変更登記申請をしなければならない(改正不動産登記法第76条の5)。正当な理由がないのに、変更登記申請を行わない場合は5万円以下の過料が課される(改正不動産登記法第164条第2項)。

あわせて、登記官は住民基本台帳ネットワークシステム(マイナンバー)や商業・法人システムから登記名義人の氏名・住所の情報を得て、所定の場合は職権で変更の登記を行うことができるとされた(改正不動産登記法第76条の6)。

なお、このように住所・氏名が最新化されるようになった場合に考えられる弊害として、DV被害者などの住所が相手側に知られてしまうというものがある。そのため、「人の生命もしくは身体に危害を及ぼすおそれがある場合又はこれに準ずる程度に心身に有害な影響を及ぼすおそれがある」として法務省令で定める場合に、登記名義人から申し出があったときには住所に変わり、省令で定めるところに従って所定の表示を行うこととされた(改正不動産登記法第119条第6項)。
2|外国に住所を有する登記名義人の所在把握のための方策
所有権の登記名義人が国内に住所を有しないときは、国内における連絡先となる者の氏名・住所その他の連絡先情報を登記するものとされた(改正不動産登記法第73条の2第1項第2号)。また、外国に住所を有する外国人については、所有権の登記名義人になろうとする場合の住所証明情報として、外国政府等の発行した住民証明情報又は住所を証明する公証人の作成に係る書面が求められる予定である。
3|所有不動産記録証明書
相続にかかる登記申請を促進する方策として、所有不動産記録証明書制度が導入される。何人も、自己が登記名義人として記載されている不動産登記記録の記載事項を証明する書面の交付を請求することができる(改正不動産登記法第119条の2第1項)。また、相続人は上記の所有不動産記録証明書の交付を、手数料を納付して請求することができる(同条第2項)。
 

4――おわりに

4――おわりに

相続登記申請を履行するかどうかは、私的自治の原則に属する問題なのではないかとの指摘もあったところである。ただ、不動産登記簿は権利関係を明示し、都市計画や公共事業などの基礎となり、また固定資産税課税のベースともなる。さらに所有者不在者土地問題が発生・深刻化するに伴って、土地所有には責任が伴うとの認識が一般になった。このことの法的根拠となったのが、土地基本法第6条であり、土地の取引・管理を適正に行う義務とともに、権利関係の明確化のための措置をとるよう努めることとされている。

本文で述べた通り、相続時の登記申請および氏名・住所変更時の変更登記申請は過料をもって義務化されることとなった。このことは、不動産の所有権というのは単なる権利として主張するだけのものではなく、地域社会に対する責務であるという考えの一つの形として具現化されたものと言える。

本シリーズは、本稿をもって終了することとしたい。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2021年07月07日「基礎研レター」)

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