2021年06月14日

欧州2021年保険ストレステスト(2)-ストレステストのシナリオ、ショック及びその適用の概要-

中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局:European Insurance and Occupational Pensions Authority)が、5月7日に「2021年の保険のストレステスト」の実施内容を公表1した。

保険ストレステストは、不利な財政的及び経済的状況における欧州保険市場の耐性力を評価し、市場の脆弱性を特定する。今回はあくまでも実施内容の公表であり、その結果の公表については2021年12月に行われることが予定されている。

今回のストレステストの全体的な概要については、前回のレポート「欧州保険ストレステスト2021(1)-EIOPAが第5回目のEU全体の保険のストレステストの実施内容を公表-」(2021.6.9)で報告した。

そのレポートの中で述べたように、2021年の保険ストレステストは、「より長期のより低い」金利環境での長期化するCOVID-19シナリオに焦点を当てている。欧州システミック・リスク理事会(ESRB)と協力して開発されたシナリオでは、世界中の信頼に影響を与え、経済的縮小を長引かせるCOVID-19パンデミックの経済的影響を評価する。ストレステストは、対象会社の資本への影響と流動性ポジションの両方を評価する。

今回のレポートでは、2021年の保険ストレステストのストレスシナリオの具体的内容について、EIOPAによる技術仕様書(Insurance Stress Test 2021 Technical Specifications)2に基づいて報告する。

以下の図表は全て、技術仕様書からの抜粋及びその筆者による翻訳である。  

2―ストレステストのシナリオ

2―ストレステストのシナリオ、ショック及びその適用の概要

前回のレポートで報告した「ナラティブ(narrative)(物語)」における説明で述べられているように、今回のシナリオは、資産が価格の低下によってマイナスの影響を受け、負債がリスクフリーレート及び潜在的に規定された保険固有のショックによって増加する、いわゆる「ダブルヒット」シナリオを特定する一連の市場及び保険固有のショックとして、翻訳されている。

市場リスクと保険固有のリスクを組み合わせたシナリオは、金融システムに対する一般的なシステミック・リスクに関するEIOPA/ESRBの現在の評価を反映している。

シナリオの重要な要素とその暗黙のショックは次の通りである。

・経済見通しの悪化は、長期リスクフリーレートがすでに歴史的な低水準からグローバルに低下していることに反映されており、EUでは名目短期及び長期リスクフリーレートがゼロを下回っている。これは、全ての主要通貨の全期間にわたるスワップレートの削減に反映されている。

・景気後退は、各国の財政ポジションを弱める。リスクフリーレートの水準が低いにもかかわらず、内需が弱まる中、公的債務の持続可能性に対する懸念が再び表面化したことで、特にスプレッドの広い国において、ソブリン債の信用リスク・プレミアムが大幅に上昇することになった。EU諸国全体で、10年物ソブリン債の利回りは28bps上昇している。

・企業の収益性は景気後退によって著しく損なわれ、債務の持続可能性への懸念と非金融会社の広範な倒産につながる。その結果、EUの社債の利回りは、セクターや発行者の信用格付けに応じて、平均で71bps~269bps上昇する。

・低金利にもかかわらず、不利なシナリオの下で世界とEUの両方の経済活動の深刻な縮小は、株式の大幅な再評価につながる。株価は、EUでは平均45%、他の先進国では平均43%、新興国では50%急落する。同様に、他の資産も厳しい再評価の対象となる。EU市場全体で、プライベートエクイティ、ヘッジファンド、不動産投資ファンド及び商品の価格は、平均してそれぞれ45%、45%、51%、40%下落する。

-住宅用不動産市場の活動の鈍化は、大幅な価格修正につながる。金融環境の引き締まり、経済活動の落ち込み、イールドカーブの反転を特徴とするマイナス経済見通しは、最初のショックの影響を増幅させる。その結果、住宅用不動産価格はEUレベルで8.4%下落する。

・COVID-19によって悪化した商業用不動産需要の構造変化は、商業用不動産の急激な価格改定を引き起こす。商業用不動産市場では大幅な価格改定が行われ、EUレベルで17.4%下落する。
 

3―市場ショック

3―市場ショック

市場のショックは、2020年末のレベルと比較した、資産価格の1回限りの瞬間的かつ同時のシフトを表すと想定されている。

市場ストレスパラメータの詳細な概要は、仕様書に付随する技術情報ファイルに含まれている。市場ストレスパラメータは、次のリスクドライバーを参照している。

・スワップレート(特定の通貨と満期による)
・ソブリン債の利回り
・社債及びカバードボンドの利回り
・株価
・不動産価格(住宅、オフィス、商業)
・住宅ローン担保証券(RMBS)利回り
・その他の資産価格(プライベートエクイティ、ヘッジファンド、不動産投資信託(REIT)、コモディティ)

(1)スワップレート
スワップへのショックは、以下のパラメータに従って、EIOPA方法論に従って、スミス・ウィルソンモデルを介してEIOPAのリスクフリーレート曲線を導き出すために利用される。

a.EIOPAのリスクフリーレート期間構造の定義に使用されるLLP(最終流動性点)と整合的に定義されたLLP(例:EUR=20年、GBP=50年、CHF=25年)

b.現在のソルベンシーII規制に従って、ユーロのUFR(終局フォワードレート)は3.60%に設定される。2021年のUFRレベルを使用して曲線が作成される他の通貨にも同じアプローチが使用される。NCAs(各国監督当局)がショックを受けたUFRの影響のシミュレーションを求める場合、これはユーロに対して0.61%に設定される。

c.信用リスク調整は、ベースラインに関して変更なしに維持される。

ストレスシナリオで使用される殆どの通貨のリスクフリーレート期間構造は、技術情報に記載されている。リストに含まれていない通貨はストレスを受けることは想定されていないため、これらの通貨については、ベースラインの数値を使用して、ストレス後の状況での技術的準備金を再評価する必要がある。

技術情報に記載されているストレス後のスワップレートは、以下への入力として使用されるものとする。

・債券資産及びその他の金利に敏感なポジションのストレス後のポジションを再評価する。

・他の資産クラス(デリバティブなど)を再評価する。流動性要素に特に言及すると、ネットIRS(金利スワップ)ポジションから生じる流動性の必要性は、リスクフリーレート曲線への所定のショックに基づいて推定する必要がある。

-スワップに対するショックは、委任規制2015/35の規定に従ってSCR(ソルベンシー資本要件)で使用される金利のリスクフリーレート曲線を導出するためにも使用される。

(2)ソブリン債
ソブリン債へのショックは、ベースラインに対する利回りの変化を指す。したがって、スプレッドの変化を導き出すために、スワップレートに適用されるショックは以下のように考慮されなければならない。

a.ユーロスワップ曲線のショック後のレベルは、次の式で与えられる。
𝑆𝑊𝐴𝑃𝑆ℎ𝑜𝑐𝑘 =𝑆𝑊𝐴𝑃+𝑆ℎ𝑜𝑐k

b.債券の利回りレベルには、通常、スワップ曲線の上にクレジットスプレッドが含まれる。したがって、特定の満期の債券の利回りは、次のように表すことができる。
𝑌𝐵𝑜𝑛𝑑=𝑆𝑊𝐴𝑃+ 𝐶𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡𝑆𝑝𝑟𝑒𝑎𝑑𝐵𝑜𝑛𝑑 (ここで、スワップ期間は債券の満期に等しい)

c.技術情報ファイルに規定されているソブリン又はコーポレート・イールドのショック・レベルは、それぞれのイールドの変化に言及している(信用スプレッドの変化ではない)。クレジットスプレッドの変更は、技術情報ファイルからも導き出すことができる。
Δ𝐶𝑟𝑒𝑑𝑖𝑡𝑆𝑝𝑟𝑒𝑎𝑑𝐵𝑜𝑛𝑑=Δ𝑌𝐵𝑜𝑛𝑑−Δ𝑆𝑊𝐴𝑃

d.実例を示すために、10年スワップレートのストレス前レベル1.0%と、10bpsのクレジットスプレッドで価格設定されたベルギーの10年ソブリン債が想定されていると仮定する。したがって、ショック前のこの債券の利回りは1.1%になる。規定のストレスによると、10年スワップレートへのショックは、63bpsの減少(即ち、𝑆𝑊𝐴𝑃𝑆ℎ𝑜𝑐𝑘=0.37%)とソブリン債の利回りの31bpsの増加(つまり、1.1%+0.31=1.41%)を意味する。c)で指定された式を使用すると、ストレスシナリオでのこの債券のクレジットスプレッドは104bps(=141bps-37bps)であり、ベースラインに対して94bps(104bps-10bps)増加する。

ソブリン債及びスワップへのショックは、選択された満期に対して提供される。欠落している満期に対するショックは以下により導出する必要がある。

・明示的に提供されておらず、明示的なショックで提供された最後の満期を超えていない満期に対しては、補間(スプラインなど)による。

・明示的なショックが与えられた最後の満期を超える全ての満期に対しては、ショックを一定に保つ。

発行国の通貨以外の通貨建てのソブリン債は、最初にカントリーショックに従ってショックを受け、その後、基準日に登録された為替レートを適用して、結果として得られた金額を報告通貨に変換する必要がある。例:「A国」の通貨はユーロであり、2つの債券を発行している。ユーロ建ての「bond1」と米ドル建ての「bond2」である。両方の債券は、「A国」に規定されたショックに従って処理され、必要に応じてグループの報告通貨に変換される。

地方自治体債の分類とストレスは、ソルベンシーII標準式ガイダンスの下でそれらがどのように扱われるかと一致している必要がある。

EU又は非EUの超国家機関によって発行された債券には、利回りへの特定のショックは提供されない。これらの証券のストレス後価値は、リスクフリーレートの変化のみを考慮して計算する必要がある。

(3)社債
社債利回りへのショックは技術情報に記載されている。社債の保有は、種類、信用度、発行者の所在地に応じてショックを受ける必要がある。つまり、金融/非金融、格付け(AAAからCCC)、地理的領域で区別する。

利回りへのショックは、全ての満期に均等に適用されるべきである。社債へのショックは、国債に準ずる。

追加の仕様は、以下のとおりである。

・対象外の地理的地域に拠点を置く企業が発行した債券は、より広い地理的地域に提供される平均的なショックに応じてショックを受けるものとする。

・CCC格付クラスへのショックは、格付の低い社債にも適用される。

・BBB格付社債に規定するショックに準じて、無格付社債にショックを与える。

・カバードボンドは、特定の資産クラスに提供されるショックで処理される。

仕組債及び担保証券へのショックは、社債へのショックと同様に適用されるものとする。

(4)株価
株式のショックは、地域毎の株価の変化率の観点から提供され、参照日における株式のソルベンシーII値に適用されるべきである。

ショックが規定されていない地理的地域に上場されている株式は、EU、他の先進国、新興市場など、より広い地理的地域に提供される平均ショックに従ってショックを受けるものとする。複数の証券取引所に上場している企業の株式の場合、株式が上場されている全ての地域の平均ショックが適用される(シナリオの説明の一部としてショックが指定されている地域のみが考慮に入れられる)。このシナリオの対称調整は▲10%に設定されている。

株価指数は地理的基準に従って扱われるべきである。

基準日における非上場株式のソルベンシーII値は、発行体の親会社が所在する地理的地域に応じて、地理的地域毎の上場株式価格の変化率を適用することによって再計算されるべきである。上場会社と同様の取扱いが適用される。

自己株式(直接保有)及び関連会社の保有(参加を含む)は、上場株式として扱われるべきである。

技術情報は、様々な国のオフィス、商業用及び住宅用不動産に対するショックを提供する。リストに記載されていない国にある不動産への投資は、EU、EA(ユーロ地域)、その他の先進国及び新興市場等の最も近い地理的地域に提供される平均ショックに従ってショックを受けるものとする。

(5)不動産
不動産へのショックは、貸借対照表の項目「自己使用のために所有する工場及び設備」にも部分的に適用されるべきである。具体的には、不動産物件は投資目的で保有するオフィス及び商業用不動産に合わせて処理する必要があるが、設備はベースラインに対して一定に保つ必要がある。

自己使用以外の不動産は、それらが置かれている地域に与えられるショックに応じて、十分にショックを与えなければならない。

(6)ローン、住宅ローン担保証券(RMBS)
ローン及びモーゲージ・ポートフォリオ(即ち、個人向けモーゲージ及びその他のローン及びモーゲージの貸付)は、住宅及びモーゲージ担保証券(RMBS)に提供されるショックに従って再評価されるべきである。技術情報は、地理的地域と信用格付けのショックを提供する。参加企業は、ポートフォリオに適切な利回り上昇(bps単位)を適用することが期待されている。(異なる)ポートフォリオの格付けの質を判断できない場合は、BBBの格付けの質を想定する必要がある。

保険契約貸付については、ショックを与えてはならない。

RMBSへのショックは、MPST、CLO(ローン担保証券)、CMBS(商業不動産担保証券)、ABS(資産担保証券)エクスポージャーのストレス後値を推定するために使用されるべきである。

(7)その他の資産
参加企業は、資産(プライベートエクイティ、ヘッジファンド、コモディティ)及び地理的領域(EU、グローバル)に応じたベースラインソルベンシーII価値の変化のパーセンテージとして、ショックを他の資産に適用するものとする。
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【欧州2021年保険ストレステスト(2)-ストレステストのシナリオ、ショック及びその適用の概要-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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