2021年06月04日

円高リスクは後退したか?~あえて円高シナリオを考える

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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2.日銀金融政策(5月):ワクチンへの言及が目立つ

(日銀)現状維持(開催なし)
5月はもともと金融政策決定会合が予定されていない月であったため会合は開催されず、必然的に金融政策は現状維持となった。次回会合は今月17~18日に開催される予定。
 
なお、11日に公表された「金融政策決定会合における主な意見(4月決定会合分)では、「海外でワクチン接種が進む中、わが国での接種が順調に進まないことになれば、経済成長の面でも取り残されていくことが懸念される」など、経済情勢にかかわる16の意見のうち7つでワクチンに関する言及がみられ、日銀の経済見通しにおけるワクチンの重要性の高さがうかがわれた。
 
また、25日に山口県での懇談会後に行われた記者会見において、鈴木審議委員は、3月の会合で債券市場機能を回復すべく決定された「金利変動許容幅の拡大3」後も長期金利が小動きに留まっていることについて、「個人的には残念な思いもするところ」と発言。その理由について、「(米金利変動が抑制された点など)日本の金利に影響を及ぼす外部的な要因があまりなかったこと」と、「3月の政策点検前に憶測によって多少動意づいていたものが、結果を確認できたことで落ち着いたこと」を挙げた。そのうえで、「もう少し動いてほしいような気持ちもあるが、中長期的に動く要因があるときには動くのではないかなと考えている」と付け加えた。

同氏は銀行出身ということも影響しているのか、予想以上に率直な評価が示されたとの印象を受けた。今後も金利変動が小幅に留まる場合、日銀が国債買入れオペの運営を修正する可能性があることから、日銀内でこうした意見が広がるかどうかが注目される。
 
3 長期金利の変動許容幅を従来の「±0.1%の倍程度」から「±0.25%」へと拡大した。ただし、日銀は変動幅の拡大との見方を否定し、「明確化」と表現している。
新型コロナ対応特別オペの結果 (評価と今後の予想)
日銀の金融政策については、今後もしばらく現状維持が続くとみられる。日銀としては、3月に政策の修正を行ってから間もないことから、その効果や影響を引き続き確認する必要があるほか、変異株を中心とする新型コロナの感染動向や緊急事態宣言の行方、ワクチン接種の普及状況を見定める意味でも、しばらく様子見姿勢に徹すると見込まれるためだ。金利の膠着が長期化する場合など、副作用の緩和が十分に見られない場合には、政策をさらに微調整する可能性が出てくるが、判断にはまだ時間を要するだろう。

なお、3月の政策修正の一環として、長短金利引き下げの影響を緩和するための「貸出促進付利制度」が導入されたが、同制度によって金利引き下げ時の副作用(金融機関収益への悪影響)を全て吸収できるわけではないため、長短金利引き下げのハードルは引き続き高い。引き下げは円高が大幅に進む場合などに限られるだろう。
 
一方、9月末が期限となっている新型コロナ対応特別オペに関しては、対面サービス業などで資金繰りの厳しい企業が多く存在することを鑑み、早ければ次回の会合で半年程度の延長が決定される可能性が高い。
 

3.金融市場(5月)の振り返りと予測表

3.金融市場(5月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
5月の動き 月初0.0%台後半でスタートし、月末も0.0%台後半に。
月初には東京などでの緊急事態宣言延長や米ハイテク株下落などを受けて若干低下する場面がみられた。しかし、米量的緩和縮小のタイミングを巡る思惑が交錯し、米長期金利が一進一退の推移となったほか、日銀の政策スタンス変更も当面はほぼ見込まれないことから、月初から月末にかけて0.07%~0.08%台での極めて膠着した推移が継続した。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(5月)
(ドル円レート)
5月の動き 月初109円台前半でスタートし、月末は109円台後半に。
月初、109円台前半で推移した後、低調な米雇用統計結果を受けて10日に108円台後半に下落。一方、予想を大幅に上回る米CPIを受けて量的緩和縮小の前倒し観測が台頭し、13日には109円台後半にドルが上昇した。中旬以降は米経済指標の冴えない結果やFRB高官による緩和縮小に対する慎重姿勢の表明を受けて109円前後に水準を切り下げた推移となったが、月終盤にはECB緩和縮小観測後退に伴う対ユーロでのドル高が対円にも波及、良好な米雇用関連統計結果もあって、28日には110円の節目に肉薄、海外市場で一時110円台に乗せた後、月末は109円台後半で終了した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
(ユーロドルレート)
5月の動き 月初1.20ドル台前半でスタートし、月末は1.22ドル付近に。
月初、1.20ドル台前半で推移した後、ユーロ圏でのワクチン普及期待や低調な米雇用統計結果などを受けて10日には1.21ドル台後半へ上昇。その後は米CPIを受けたドル高圧力に一旦押される形でやや下落したが、中旬にはドル高圧力が和らぐ中でユーロ圏での行動規制緩和を好感する形でユーロ高圧力が高まり、18日には1.22ドル台前半へ。さらに独経済指標の改善を受けて、25日には1.22ドル台後半を付けた。月終盤にはECB高官による緩和縮小に否定的な見解が報じられたことでユーロが売られ、28日には1.22ドル台を割り込み、月末は1.22ドル付近で終了した。
金利・為替予測表(2021年6月4日現在)
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2021年06月04日「Weekly エコノミスト・レター」)

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