2021年06月04日

インド経済の見通し~当面は感染爆発で景気が冷え込むものの、ワクチンの普及加速によって再び回復軌道へ(2021年度+9.4%、2022年度+6.6%)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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経済概況:2期連続のプラス成長

(図表1)インドの実質GDP成長率(需要側) 2021年1-3月期の実質GDP成長率は同+1.6%(前期:同+0.5%)となり、2四半期連続で成長ペースが加速、またBloombergが集計した市場予想(同+1.0%)を上回った1(図表1)。

1-3月期の実質GDPを需要項目別にみると、民間消費が同+2.7%(前期:同▲2.8%)、政府消費が同+28.3%(前期:同▲1.0%)とプラス転じると共に、総固定資本形成が同+10.9%(前期:同+2.6%)と伸長した。

また外需は、輸出が同+8.8%(前期:同▲3.5%)、輸入が同+12.3%(前期:同▲5.0%)と、それぞれ大幅に増加した結果、純輸出の成長率寄与度は▲1.0%ポイント(前期:+0.4%ポイント)と減少した。
 
インドは昨年、新型コロナウイルスの感染が拡大し、政府がウイルス封じ込めを目的に3月下旬に全国的な厳格な都市封鎖を実施すると、4-6月期の成長率が前年同期比▲24.4%に急減して7-9月期が同▲7.4%と2期連続のマイナス成長を記録した。しかし10-12月期の成長率(同+0.4%)が小幅ながらプラスに転じると、今年1-3月期(同+1.6%)と上昇して回復傾向が進んでいることが明らかとなった。

1-3月期の景気の持ち直しは、活動制限措置の緩和と感染状況の改善による経済再開が進んだこと、そして昨年実施した都市封鎖による経済活動停止の反動による影響が大きい。
インドの感染第一波は昨年9月中旬のピーク(1日10万人弱)から順調に改善して、今年2月上旬には1日当たり1万人まで減少した(図表2)。政府は感染状況が深刻な「封じ込めゾーン」の封鎖を継続する一方、2月から映画館や劇場に対する収容人数制限をなくすなど行動制限の更なる緩和を実施している。その後は3月中旬に新規感染者数が1日当たり2万人まで増加すると、英国型の変異株やインド由来の二重変異株による感染爆発が生じて第二波が到来し、5月上旬には1日当たり40万人を突破して深刻な医療崩壊が生じた。もっとも、厳しい行動制限は4月以降に実施されたため、1~3月期は経済の回復傾向が続くこととなった。

実際、1-3月期の感染状況の改善は封じ込め地区の減少や消費者や企業のマインドの改善などを通じて経済活動の正常化に繋がったとみられる。Googleが提供するCOVID-19コミュニティモビリティレポートによると、1-3月期の小売・娯楽関連施設への移動量はコロナ前の2~3割減の低水準で推移したが、持ち直しの動きが続いた(図表3)。

また昨年の厳しい都市封鎖の影響による反動で今年3月は経済指標が大きく増加した。3月は鉱工業生産指数が前年同月比22.4%、乗用車販売台数が同+115.2%、財貨輸出(通関ベース)が同+56.9%と、それぞれ大幅に増加しており、こうしたベース効果の影響も1-3月期の成長率上昇に繋がったとみられる。
(図表2)インドの新規感染者数の推移/(図表3)インドの外出状況
(図表4)インドの実質GVA成長率(産業別) 2021年1-3月期の実質GVA成長率は前年同期比3.7%増(前期:同1.0%増)と上昇した(図表4)。

産業部門別に見ると、第一次産業は同3.1%増(前期:同4.5%増)と順調に拡大した。農業部門は前年同期が豊作(同+6.8%)だったことを踏まえると、1-3月期は力強い成長をみせたといえる。

第二次産業は同7.9%増(前期:同2.9%増)と上昇した。製造業が同6.9%増(前期:同1.7%増)と上昇したほか、建設業(同14.5%増)と電気・ガス(同9.1%増)が大幅に増加した。一方、鉱業は同5.7%減(前期:同4.4%減)と低迷した。

第三次産業は同1.5%増(前期:同1.2%減)と、やや持ち直して4期ぶりのプラス成長となった。引き続き対面型サービス業を中心に行動制限の影響が残り、商業・ホテル・運輸・通信が同2.3%減と回復が遅れているものの、金融・不動産(同5.4%増)が順調に増加、行政・国防(同2.3%増)もプラスに転じた。
 
1 5月31日、インド統計・計画実施省(MOSPI)が2021年1-3月期の国内総生産(GDP)統計を公表した。 2020-21年度の成長率は前年比7.3%減(2019-20年度:同4.0%増)となり、1979年度以来初のマイナス成長となった。
 

経済見通し

経済見通し:第二波発生で再び失速、ワクチンの普及に従って回復へ

インド経済は20年度後半に回復したが、足元では新型コロナの感染第二波の深刻化と各地で実施された都市封鎖の影響で再び冷え込んでいる。インド経済監視センター(CMIE)によると、今年5月の失業率は11.9%と、直近2カ月で+5.4%ポイント上昇し(図表5)、1-3月期の小売・娯楽関連施設への移動量はコロナ前の6割減の水準まで低下している(図表3)。このように4~5月は各地で厳しい都市封鎖が続いために各種経済指標が悪化したが、足元では新規感染者数が1日当たり13万人台まで減少しており、6月から各地で実施される規制が緩和され始めている。4-6月期の景気の落ち込みは避けられないが、このまま感染第三波を回避できれば、7-9月期は活動制限措置の緩和が進んで景気回復に向かうものとみられる。

インド国内では、今年1月16日から新型コロナウイルスワクチンの接種が段階的に開始しており、6月2日時点では1回以上接種済みが約1億7,000万人(人口の12.5%)となっている。ワクチン接種ペースは欧米と比べて遅れており、引き続き感染再拡大の恐れがある。もっとも、足元では英アストラゼネカ開発ワクチンのほかに地場メーカーやロシア、米国が開発したワクチンの緊急使用が次々に認められるようになってきている。またインド政府は今年8月から12月にかけて国内で20億回分を超えるワクチンを製造すると約束しており、年内には全ての成人にワクチンを接種することを目標に掲げている。年内の目標達成は難しいかもしれないが、今後ワクチン接種は一段と加速するものと見込まれ、第三波の発生リスクは徐々に低下していくと予想される。

こうして21年度後半はワクチン接種率の拡大により、これまで回復が遅れていた対面型サービス業が持ち直し、景気回復は安定感が増していくだろう。国内外の需要拡大を受けて製造業が経済成長の牽引役となりそうだ。また政府は財政再建より経済再生を優先して、道路や鉄道、農村開発などのインフラ整備を拡大させているほか、緩和的な金融政策の継続も景気の下支えとなるだろう。もっとも、感染第二波では農村部にまで感染が広がり、雇用環境が悪化して消費が落ち込んでいるため、前回の経済見通しと比べて景気の回復ペースは鈍化しそうだ。

実質GDPは、前年度が低水準だったことによる反動増やワクチン普及による経済正常化などから成長率が前年比+9.4%(20年度の同▲7.3%)に上昇するが、前回見通しの同+10.1%を下回る伸びを予想する(図表6)。
(図表5)失業率の推移/(図表6)経済予測表

物価の動向

(物価の動向)商品価格上昇と食品価格の安定化により横ばい圏の推移

(図表7)消費者物価上昇率 インフレ率(CPI上昇率)は昨年、野菜などの食品インフレが続いて+7%前後の高めの水準で推移(図表7)、インド経済は高インフレ下の経済収縮が続いてスタグフレーションに似た状況にあった。しかし、農業生産の拡大や都市封鎖で滞っていた物流の改善などにより食料品の価格上昇が一服すると、インフレ率は昨年12月以降5カ月連続でインド準備銀行(中央銀行、RBI)の中期的な物価目標の上限である+6%を下回って推移している。

先行きは、国際商品価格の上昇やワクチン接種による経済回復がインフレ押し上げ要因となる一方、足元の活動制限解除によるサプライチェーンの混乱の緩和や今年の南西モンスーンの降雨量予測が平年並み(長期平均の96~104%)で食品価格の安定が見込まれることはインフレ抑制に繋がるだろう。インフレ率は高水準の続いた20年度の+6.2%から21年度が+4.5%に和らぐものの、物価目標の中央値(+4%)を上回って推移、22年度は景気回復の加速やルピー安によって+4.8%まで上向くと予想する。
 

金融政策の動向

(金融政策の動向)年内は金利据え置きを予想

(図表8)政策金利と銀行間金利 RBIは昨年、新型コロナの大打撃を受けた経済状況を踏まえ、3月と5月に緊急利下げを実施、政策金利をそれぞれ0.75%、0.40%ずつ引き下げた(図表8)。インフレ率は+7%の高めの水準で推移していたものの、RBIは市場機能の改善や輸出入支援、金融ストレスの緩和などを目的とした大規模な流動性供給や規制緩和を打ち出すなど経済の下支えを図ってきた。

先行きについては、RBIは年内まで政策金利を据え置くと予想する。足元ではインフレ率が目標内に収まると予想され、当面は現行の緩和的な金融政策を維持するだろう。しかし、来年以降は景気回復の加速やルピー安によってインフレ率が再び上向くと予想され、調整的な利上げを実施する展開を予想する。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

(2021年06月04日「基礎研レター」)

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