2021年06月02日

人流データをもとにした「オフィス出社率指数」の開発について-オルタナティブデータの活用可能性を探る

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1――はじめに

株式会社ニッセイ基礎研究所とクロスロケーションズ株式会社は、スマートフォンの位置情報データをもとにした人流データを用いて「オフィス出社率指数」を共同で開発した(図表1)1
図表1:東京オフィス市場におけるオフィス出社率指数
オフィス出社率指数は、オフィス出社率を定量的に把握する方法が限られるなか、オルタナティブデータである人流データを活用して定量化を試みたものである2,3。オルタナティブデータとは、経済統計や財務情報などこれまで伝統的に活用されてきたデータ以外の非伝統的なデータの総称である。伝統的なデータと比べて、オルタナティブデータは速報性が高く、粒度の細かいデータを取得できることが多い。そのため、コロナ禍によって経済・社会情勢が急激に変化し、また業種や職種などで大きく明暗が分かれる不透明な状況においては、オルタナティブデータへの関心が高まっている。

本稿では、人流データからオフィス出社率を定量化する手法を提示し、オフィス出社率指数の特徴などについて概要を解説するとともに、人流データを利用する上での留意点や今後の活用可能性を示したい。
 
1 オフィス出社率指数の月次データは末尾の【参考資料】「東京オフィス市場(都心部16エリア)のオフィス出社率指数(月中平均)」を参照。
2 日本では、リクルートワークス研究所「コロナショックは日本の働き方を変えるのか コロナ前・2回の緊急事態宣言下・その間の期間、4時点の働き方を比較する 全国就業実態パネル調査2021 臨時追跡調査」(2021年5月12日)やザイマックス不動産総合研究所「働き方とワークプレイスに関する首都圏企業調査 2021年1月」(2021年3月10日)、森ビル「2020年 東京23区オフィスニーズに関する調査」(2020年12月23日)などアンケート調査をもとにしたオフィス出社率のソフトデータはあるが、筆者が調査した範囲ではハードデータは存在しない。オフィス出社率に最も近いデータとして、Google「コミュニティ モビリティ レポート」における「職場」の人流データが挙げられるが、同データの職場はオフィスに限定しているわけではない。
3 米国では、Kastle Systemsが入退管理システムの入館記録をもとに、“Back to Work Barometer”として全米10都市のオフィス出社率の週次データを公表している。新型コロナウイルスの感染拡大前を基準として、全米10都市平均のオフィス出社率は2021年5月12日の週に27.8%と、最も落ち込んだ2020年4月15日の週の14.6%よりは回復したものの、依然として低水準である。また、10都市のなかで、テキサス州オースティンが43.3%と最も高い一方、カリフォルニア州サンフランシスコが15.6%と最も低い。
   Getting America Back to Work <https://www.kastle.com/safety-wellness/getting-america-back-to-work/
 

2――オフィス出社率指数の算出について

2――オフィス出社率指数の算出について

以下では、オフィス出社率指数について、対象エリア、データ出所、データ集計方法、指数算出方法の順に説明する。

1対象エリア
オフィス出社率指数は、東京オフィス市場を対象に算出する。東京オフィス市場は、三幸エステート「オフィスレントデータ2021」における東京都心部の定義に準じて、東京都心5区主要オフィス街および周辺区オフィス集積地域とする4,5。また、東京オフィス市場を構成するサブマーケットは、16エリアとする(図表2)6,7
図表2:東京オフィス市場(16エリア)
 
4 詳細は、三幸エステート「オフィスレントデータ2021」 27ページを参照。
5 周辺区オフィス集積地域は、「五反田・大崎」、「北品川・東品川」、「湯島・本郷・後楽」、「目黒区」。
6 佐久間誠(2021)「成約事例で見る東京都心部のオフィス市場動向(2020年)-「オフィス拡張移転DI」の動向」(不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2021年3月31日) P.7の参考資料2を参照。
7 今後、東京以外の主要都市への拡張を検討している。
2データ出所
オフィス出社率指数は、クロスロケーションズが提供する位置情報データ活用のプラットフォームである「Location AI Platform®(以下「LAP」という)」から取得した推計来訪者数をもとに算出する8。LAPでは、スマートフォンアプリの個人情報を除く許諾を得たGPS(全地球測位システム)情報を独自に統計解析処理して、推計来訪者のデータを作成している。推計来訪者のデータは、任意のエリア及び任意の期間について、性別や年齢、時間帯などの属性別に、集計することができる9
 
8 Location AI Platform® <https://www.x-locations.com/lap/
9 LAPでは、日本の2019年以降のデータが提供されている。
3データ集計方法
オルタナティブデータはノイズやバイアスを含むことがあるため、データの特性や傾向を把握し、目的にあわせて活用することが重要である。オフィス出社率指数の算出にあたっては、人流データから商業施設やホテルなどへの来訪者やその場の通行者(通勤・通学など)といったオフィス以外の来訪者を除外し、オフィスへの来訪者のみを抽出することが求められる。そこで、本指数では、(1)推計来訪者属性、(2)集計ポイント、(3)集計時間帯、について以下の通り設定し、オフィスへの来訪者を集計する。
(1) 推計来訪者属性
推計来訪者の属性を限定することで、通行などの来訪者を可能な限り除外できると考える。LAPでは推計来訪者の属性について、性別や年齢、滞在時間別に集計できることから、「20歳以上69歳以下」で、かつ、「5分以上滞在」した推計来訪者数を集計対象とする10。東京オフィス市場(16エリア)では、「20歳以上69歳以下」の推計来訪者数の割合は約8割、「5分以上滞在」した推計来訪者の割合は約4割であった(図表3)。
図表3:東京オフィス市場における推計来訪者の属性(年齢別、滞在時間別)
 
10 滞在時間については、すべての来訪者もしくは5分以上の来訪者を集計することができる。
(2) 集計ポイント
推計来訪者を集計するポイントをオフィス所在地に限定することで、商業施設やホテルなどオフィス以外の施設への来訪者を一定程度除外できると考える。まず、Real Capital Analyticsが提供する不動産取引データベースから、東京オフィス市場におけるオフィス取引を抽出し、1996年12月以降で3,362件のオフィス所在地を取得した11。次に、オフィス所在地の中心点から半径30mの円を描き、その円内を集計ポイントとする。例として、図表4は 渋谷・桜丘・恵比寿エリアの集計ポイントを示した。また、東京オフィス市場(都心部16エリア)の集計ポイント数は図表5の通りである。
図表4:渋谷・桜丘・恵比寿エリアの集計ポイント
図表5:東京オフィス市場(16エリア)の集計ポイント数
 
11 2021年4月30日時点、重複を除く。
(3) 集計時間帯
集計時間帯を限定することで、通行(主に通勤)などの来訪者を相当程度除外できると考える。例として、渋谷・桜丘・恵比寿エリアの推計来訪者数を時間帯別にみると、8時台から9時台、17時台から19時台に山が見られ、これは主に通勤者数の増加によるものだと考えられる(図表6)。この傾向は他のエリアでも同様に確認することができる。そこで、10時台から16時台の推計来訪者数を集計対象とする。
図表6:渋谷・桜丘・恵比寿エリアの推計来訪者数(2020年、時間帯別)
4算出方法
オフィス出社率指数は、上記の通り集計した推計来訪者数を新型コロナウイルス感染拡大前の基準値と比較し、基準値を100%とした数値で示す。基準値は、2020年1月20日から2月14日の曜日別平均値とする。当該期間は、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策室のウェブサイトで公表する主要駅や繁華街における人流データの基準値の対象期間と同一である12。当時は、一部の企業が先行してテレワークに移行したものの、多くの企業が在宅勤務や時差出勤の推奨・導入を発表したのは2月後半からだと考えられる13。Google Trendsで、日本における「在宅勤務」の検索トレンドを見ると、2020年2月9日から2月15日の週まで「在宅勤務」への関心は低く、急上昇したのはその翌週以降であった(図表7)。
図表7:「在宅勤務」の検索トレンド
また、オフィス出社率指数の基準値は曜日別平均値とする14。東京オフィス市場の推計来訪者数を曜日別に見ると、概ね月曜日が少ない一方で、木曜日と金曜日が多い傾向にある(図表8)。この曜日バイアスを除外するために、本指数では曜日別平均を基準値とする。曜日別平均を基準値とする人流データとして、米Google「コミュニティ モビリティ レポート」や米国のダラス連邦準備銀行「Mobility and Engagement Index」などの先行例が挙げられる。
図表8:東京オフィス市場の曜日別の推計来訪者数
なお、オフィス出社率指数は、2020年2月17日以降の平日について算出し、オフィスワーカーが休暇を取得することが多い年末年始やゴールデンウイークの中日、お盆の前後(以下、休暇取得日)については算出対象外とする。

人流データを時系列で分析する場合、異常値を除外することが重要である。人流データでは、週末や祝日を問わず公表され、その扱いはユーザーに委ねられるケースがある。例えば、米Google「コミュニティ モビリティ レポート」では、平日や土日、祝日のデータが公表されている。同レポートの職場への訪問者数を時系列に見ると、平日と比べて土日が上振れる傾向にある(図表9)。同社はその理由として、「職場への週末の訪問者数が普段から少ない場合、変化も小さくなる」とし、土日のデータの取り扱いに注意を促している。この土日の影響を除外するため、7日移動平均をとって分析することがある。ただし、7日移動平均は平日と土日の差異を均すことができる一方、平日の水準が押し上げられてしまうデメリットもある。また、7日移動平均では、祝日や休暇取得日に職場への訪問者数が大きく下振れる影響が残る。従って、オフィス出社率を算出するには、土日と祝日、休暇取得日を算出対象外とすることが適切だと考える。
図表9:Googleコミュニティモビリティレポートの「職場」への訪問者数の推移(東京都、2020年)
そして、東京オフィス市場のオフィス出社率指数は、16エリアにおけるオフィス出社率指数を算出したのち、各エリアの従業者数のウェイトで加重平均して算出する(図表10)15
図表 10:東京オフィス出社率指数における16エリアのウェイト
最後に、これまでに述べたオフィス出社率指数の算出方法の概要について、図表11の通り整理した。
図表11:オフィス出社率指数の算出方法の概要
 
12 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策室のウェブサイト<https://corona.go.jp/>で公表されている主要駅や繁華街における人流データの基準日は、2020年1月18日から2月14日までだが、2020年1月18日は土曜日、19日は日曜日のため、オフィス出社率指数の基準日と実質的に同じである。
13 小豆川裕子「新型コロナウイルス感染拡大とテレワーク」(厚生労働省「これからのテレワークでの働き方に関する検討会(第1回)」資料、2020年8月17日)によれば、2020年2月17日以降に、多くの大企業がコロナ禍への対応としてテレワークへ移行した。
14 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策室のウェブサイトで公表されている主要駅や繁華街における人流データは、基準値を平日のデータの場合は平日平均、休日の場合は休日平均としており、曜日別平均とする本指数とは異なる。
15 経済産業省「平成26年経済センサス」。「非農林漁業」の従業者数から「小売業」、「宿泊業,飲食サービス業」を除いた数値。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

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